第315話 イルモート討伐戦② 大人達の戦い

 イルモート討伐のために下層にある時計塔で結集している軍の指導者達は、百層から聞こえるウェルらガド小隊の叫びを聞いて俯いていた。これまでクルケアン、ハドルメ、そして神獣騎士団、王が率いてきたアスタルト国の兵が混じり合った混成軍において、それぞれが指揮権や配置でもめていたのである。それぞれが主導権を譲りたくなく、またバルアダンに関係の深い集団である。口論が闘争に変わる寸前、少年少女たちの叫びを聞いたのであった。

 クルケアンの将軍でもあり、バルアダンの父であることから座長的な立場にいたラバンは頭を叩いて呟いた。


「上官に格好いいところを見せたい、か。あの子達が一番バルアダンを思っているようだ。争う我々大人達のなんと情けないことか」


 そしてラバンは一同に頭を下げ、改めて団結を依頼した。オシールは恥じ入り、フェルネスは不愛想に協力を誓う。そして残り少なくなった飛竜騎士団とアスタルト軍の指揮をベリアに任せることになり、ここにラバンを総指揮官とするハドルメ、神獣騎士団、クルケアンの三軍の編成と配置が決まったのである。ベリアは指揮権を受け継ぐ際、本気か皮肉ともとられない口調で部下にこう宣言した。


「さて、飛竜騎士団長に復帰し、アスタルトの軍をバルアダン王より受け継いだ自分だが、この身はぼろもうけ団の新入りでもある。となれば私に何かあれば一同の指揮権は団長のウェル、もしくは副団長のザハグリムに移ること、覚えておけ」


 飛竜騎士団の幾人かがは軽く騒めいた。もともとウェルらは彼ら飛竜騎士団に所属するひら隊員に過ぎない。彼らに従うということは自分達はそのひら隊員以下ということなのだろうか。部下達の様子を見てベリアは大剣を抜き、一刀で石机を両断した。服従を求める直接的な脅しに、往時のベリアを思い出した隊員が震えあがる。


「イルモートを倒した後は、その力で復活した魔獣が避難地へ押し寄せていくだろう。飛竜を擁しているとはいえ、守っているのはまだ幼いひよっこ共だ。我らはイルモート討伐後、速やかにウェルらが築いた防衛線へ駈け込んで戦う。その時に指揮を混乱させないための措置だと思え」


 そして危機に陥った後輩たちを格好よく救うことだ、さもないと一生頭が上がらないぞ、と冗談めかして言うのであった。将官達に納得した表情が浮かび、その光景を想像して笑いながらそれぞれの配置に戻っていく。だがそのうちの幾人かは疑問に思う。そもそもベリア団長が生きていれば、指揮権の問題なぞ出ようはずもないのだから。やがて静まり返った作戦室でベリアは大きくため息をついた。


「もはや一生といえるほどの長さもないが、ウェル、お前達には頭が上がらないな。そう、私も恰好をつけねばならん。バルアダンにも、フェルネスにも……」

「ベリア、それはこちらも同じこと」

「ラバン殿、まだおいでだったとは! いや独り言ゆえ、気に召されるな」

「イルモートとの戦いの後、統治のための力をウェルとザハグリム、そして彼らが仕えるであろう新評議会に託すつもりだな」

「……我らは組織というものにこだわりすぎた。軍も神殿も国もな。兵達もたまにはああいう若い奴らを見て思い出せばいいのだ。一生懸命に生きている、あの純粋さとひたむきさをな」

「だからと言って若者達だけに任せるのは心配というものだぞ。それにまだあいつらは子育ての苦労を知らない。都市も子育ても近いものがある。そうだな、都市が反抗期を迎えたらあいつらではどうしようもないだろう」

「その時に小言を言って煙たがられるのは我らの世代ということか」

「然り」

 

 ラバンはあたら命を散すなと言外に想いを乗せて、ベリアの目をじっと見つめた。豪胆なはずの騎士団長は目を逸らし、動きにくくなった体を労わるように体をさすりながら立ち上がる。


「私には子がいなかった。いや、愛する人を助けることすらできなかった」

「遠慮せずに言うぞ。故シャムガル将軍の孫娘、エステル殿とのことは聞いておる。縁談を断ったと言って将軍が怒っていたわ」

「魔獣を倒し尽くせば所帯を持つはずだった。それが今や魔獣を助けるために剣を振るうとは人生とはおかしなものだ」

「エステル殿は貧民街に孤児院と学校を作ろうとしていたほどの仁者と聞く。嬉しく思うことはあっても咎めることはないと思うが?」

「そうだな。だが、彼女の願いはまだ果たされていない。ラバン殿、一つ頼まれてくれないか?」

「もちろんだ、可能な限り便宜を図ることで報いよう」

「厳しく装ってはいても、結局はシャヘルやサラでは若い奴に甘すぎる。小言を言う役割はお主に任せたぞ」

「おい、可能ではあるが、私一人にそれを押し付けるな」

「……そして、貧民街の立て直しを頼む。それさえ約束してくれたのなら、やりたいことに全てを出し切ることができる」

「私だけでは若い者とやり合うには体力が足りん。もし抜け駆けして死のうものなら――」


 新しい街に作る学校を、勇ましき騎士ベリア記念学校とするぞ、とラバンは脅す。ベリアは眉間に皺をよせ、苦笑をしてから両手を上げて降参した。そんな恥ずかしい名前が後世に残るのは勘弁してほしいところだ。まったく権力というものは恐ろしい。誠実で知られたこのクルケアンの将軍でさえこのように悪辣な脅迫をするのだから。


「善処しよう。では配置につくが、ラバン殿はアバカスと共にこの時計塔で指示をくれるのだったな」

「あぁ、クルケアン中に張り廻らせた水管とアバカスの水の祝福を使って適時指示をする。だが深追いはするなよ?」

「分かっておる。ベリア記念学校にさせぬためにもな。覚悟しておけよ? 意趣返しでラバン記念学校としてやるわ」


 脅迫が自身に振り返ってきたラバンが、学校の名前をイグアルか、それともシャヘルかにしようと考えた時、物見の兵が作戦室に入り込んできた。慌てて報告が言葉にならない兵を座らせ、呼吸を落ち着かせる。だがその報告を聞く前にラバンもベリアも内容を悟ることになる。地下から衝撃が突き上げるように一同を跳ね上げ、そして恐ろしい唸り声を聞いたのだ。兵士が悲鳴のように声を上げて報告する。


「大神殿の地下が崩れ、真っ赤な巨人の手が出現しました。手の大きさから推測すると巨人は十五アスク(約百八メートル)に相当します!」


 ラバンは呻き、拳を握り締めた。想定外もいいところだ。人の数倍どころではない大きさの巨人と戦えば、どれほどの被害が出るのか、いや生き残ることができるのかも分からない。だが、彼はあきらめてはいけないのだ。バルアダンの父として、三軍をまとめる将軍として、彼らに恰好をつけなければならない。


「全軍に伝達! 巨人の頭が出た段階で十層までの砲は一斉発射せよ。そこからは作戦通り、百層の大廊下まで順次後退しながら打撃を与え続けろ!」


 伝声管の声に弾き飛ばされるように兵達が砲撃の準備を始める。待つ不安よりも戦う緊張感を欲するのは三軍共に兵としての資質であり悪弊だった。百層にも及ぶクルケアン内部の空洞の、その中心に位置する大神殿に向けて下層の砲は照準を定めていく。そして振動によってついに大神殿が崩壊した時、兵達は巨大な赤い目を見たのだ。自分以外の全てを憎み、喰らいつくそうとする浅ましい獣の目を。戦意が恐慌に変わる寸前、ラバンは公人として、そして私人として戦いの始まりを宣言した。


「聞け、三軍の兵達よ。我が子バルアダンは世界の未来を選択し、イルモートの中に入った。ならば我らは子供達の未来ためにこそ戦おう! そして帰ってきた子供達に武勇伝を聞かせるのだ。どうだ、この父や母は恰好いいだろうとな!」


 兵達はラバンの激励を受けて、戦意高く獣のような叫び声を発した。やがてその声は熱を帯びて空洞を圧していく。狂熱とも評していいその雰囲気の中、ついにイルモートの頭が地表に現れたのであった。

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