第279話 ウェルとザハグリム⑤ 愛しい人へ

〈ザハグリム、ピエリアス家にて〉

 

 私とウェルは浮遊床を降りるや即座に連行され、ピエリアス家の屋敷に放り込まれた。その家の二百人は入れる巨大な広間では簡易の裁判所が作られていた。

 クルケアン創設に関わったという始まりの八家には私刑の権利が与えられている。ただそれも一応法に則った形で行われるのだが、告発者も弁護人も、裁判官すらも貴族では公平とはいえないだろう。傍聴席にいるのは私の親を初め、ほとんどがぼろもうけ団の親たちだ。情けないことに彼らは侮蔑の感情をウェルに向けている。そして裁判官長として中央に座っているのはアジルの父親であるピエリアス家の当主だった。そしてあろうことか、告発者はピエリアス家の奥方ではないか。彼らは怒りの目を私達に向けていた。息子を死なせ、貴族の在り方を変えようとする私達だ。親として、貴族として許せるものではないだろう。それでも、それでも私達は……。

 

「被告人、貧民街のウェル、中央に立て。あぁ、椅子を持ち出して座るんじゃない! それはザハグリム殿が座るものだ。まったく、貴様は裁かれる身なんだぞ」

 

 大貴族の腰巾着であろう、中級貴族の裁判官が忠誠を見せつけるかのように怒鳴りつける。アジルの父であるエパドゥン裁判長が片手を上げて騒ぐ裁判官を制し、ため息をつきながら裁判の進行を促す。

 

「それでは、ピエリアス家の家名において裁判を行う。告発状を読み上げよ」

「は、はい。貧民街のウェルが当主である若い貴族を扇動し、私兵となし、神殿や貴族、つまりはクルケアンの秩序に対し挑戦的な言動をとったとの由」

「挑戦的な言動とは何か?」

「貴族を平民と同じと言ったことです。これは先の、ウェルを主犯とする娯楽場での喧嘩騒ぎにおいて耳にした者が大勢います。また、貴族達をあろうことか「ぼろもうけ団」と称して訓練し、魔獣との戦いに引き連れていきました。そこでピエアリス家の当主アジル殿が命を落としたのです。そして愛する我が子のために、多くの前当主様が若様方から家長権を取り上げ隠退生活を捨てることになりました」

「告発者、ピエアリス家のサテトよ。その告発に間違いはないな」

「はい、エパドゥン裁判長、間違いありません。私は愛する息子を失いました。そしてこれから子を失うであろう、貴族の親を代表してウェルを告発します」

 

 アジルの両親の気持ちは分からぬでもないが、クルケアンの法の公平さを平然と踏みにじる貴族の傲慢さが鼻につく。

 

「エパドゥン裁判長、その告発状の内容に異議があります!」

「却下する。ザハグリム、おとなしく席に座っておれ」

「何を言うのですか! ぼろもうけ団の副団長は私だ。仲間の貴族を扇動したのも私なのだ。ウェルだけでなくこのザハグリムも当事者として訴えられてしかるべきだ!」

「却下、お主の処置についてはカフ家が判断する。そこに座らせているのは情けだと思え」

「情けだと?」

 

 傍聴席の背後でカチャリ、と金属が触れ合う音がした。正面にいる警備の兵ではない。となれば、刑の執行人か。首切りを一種の娯楽ととらえ、貴族共は共同で犯罪者の生を終わらせるために専門の職人を雇っている。怒りで目の前が真っ白になり、広間にはウェルと、私、そしてエパドゥンとサテトのだけがいるかのようだ。知らず、手が柄を求めて腰に伸びる。

  

「ザハグリム、落ち着けって。こうなることも台本通りだったでしょう。このあたしに任せなさいって」

 

 深い緑の瞳が私をからかうように諫める。とうとうあの芝居をせざるを得ないのか。いや芝居どころではない、あれは、あれは……。

 ウェルが大きく咳払いをして、エパドゥン裁判長を見据えた。ウェル原作、ユディ様編集のその台本の名は『クルケアン、愛の物語』というのだ。売れない劇作家でももっとましな題名をつけただろうに。ぼろもうけ団と名付けたことで彼女の才を推して知るべしであった。

 

 その愛の物語の第一段は貴族への弾劾から始まる。このまっとうな一段だけで終わってくれ、と神に祈る。

 ウェルが厳かに、そして唇をかみしめて言葉を紡ぎ出す。何もしない老貴族への弾劾であるが、それはアジルを守れなかった彼女自身の悲鳴でもあるのだ。

 

 美しいが苦み走った声が広間に響き渡る。

 

 

 貴族よ、一体いつまでその優位が保てると思っているのか。先の内戦では神殿、軍、ハドルメ、そしてぼろもうけ団の四つ巴での戦いが起きたのだ。神殿は市民を拐かし魔人としてその走狗にした。その結果何が起きたか!

 あなた達であれば知っているはずだ。そう、イルモートが復活したのだ。

 神殿の思惑通りにティムガの草原に多くの人血が流された。神殿はその血を地下のイルモートに流し込んだのだというのに、あなた達は何をしたのか。

 

 私の友、アジルは戦ったぞ!

 私のために、仲間のために、そしてクルケアンに住む市民を守るために。

 そして、親のためにだ。

 子が親を守ろうとして戦った。そしてその戦いはまだ続いているのだ。

 あなた達は何をしたのか!

 

 アジルはその魂をイルモートの器として吸収されてしまった。

 でも彼は言ったのだ。ひと月は魂の全てをかけてイルモートを地下に封じ込めてみせると。その間に私達が体勢を作るのだと。

 

 あなた達も気付いているはずだ、知っているはずだ!

 すべての元凶は元老のトゥグラトだと。まったく、何という時代に生まれてしまったのか。

 クルケアン建国で勇名をはせた八家族の末裔が、神殿に与し、身の安全を図るとは!

 クルケアンの貴族には勇気があるのだ!

 エパドゥン殿、サテト様、息子のアジルの勇気を知っているか。

 飛竜を操り、魔人に槍を突き刺して、剣を振るった。

 その結果、敵であったハドルメを守り、市民を守り抜いたのだ。

 

 確かに死は恐ろしい。そして悔しい。

 団長としてアジルの死は私に責任がある。

 だが、アジルの想いも引き継ぐ義務が私にはある!

 そしてそれは親であるあなた達も引き継いで欲しい。

 

 あなた達は何をするのか!

 全てを知っていながら、まさか自分たちだけは助かると思っているのか。

 神殿は甘言をもって身の安全を保証したかもしれないが、

 復活したイルモートがそれを忖度するとでも?

 アジルの魂を無駄にするな!

 アジルが押さえつけているうちにイルモートを封印し、

 そしてハドルメとの戦いを回避するのだ。

 まさか、平和より戦争がいいという者はいまい。

 

 さぁ、貴族よ、私の仲間の親たちよ。

 あなた達は何をするのか。

 

 私の首でクルケアンが救われるなら喜んで差し出そう。

 その代わり、次はあなた達が剣をとり、魔人と魔獣に、

 そしてイルモートに立ち向かうのだ。

 子を守ろうとするのであれば、当然でしょうに。

 

 アジル……。

 

 

 ウェルは自らの弁護ではなく、無気力に座っている貴族達をそう弾劾した。アジルの名を口に出すたびに手をきつく握り、血がにじんでいるのを私だけが見ていた。

 想いは伝えた。目の前のウェルは演者ではなく、ただのウェルだ。だが、ここからの第二段は違う。ここからウェルは演者となり、私は演者ではなく、ただのザハグリムとなるのだ。

 台本に目をやり、ユディ様の書き込みを再度見る。そこには簡単にこう書いてあった。

 

“台本を無視しなさい。下手な劇作家が書いた筋書きと下手な演者では貴族を丸め込ませられません。あなたがすべきはウェルの演技を引きずり下ろしてただのウェルにすることです。ただ、君もこの言葉だけは必ず言うようにね”

 

 ユディ様が赤く記した箇所の言葉を見て、めまいがしてきた。そこには愛を告げ、貴族と平民が結ばれる場面が示されている。ウェルに演技をさせるな、そして心の底から愛を誓い合えというユディ様の据わった目が見えるようだ。

 

 さぁ、ウェル女史作『クルケアン、愛の物語』の第二段だ。

 大きく息を吸って、私はウェルの横に並び立った。






注記

ウェルの演説はカティリナ弾劾演説からです。

弾劾演説から本格的に動き出す、国が亡ぶ前の雰囲気や保守と革新、老人と青年の対立、カエサルの死。あの時代、共和制末期のローマが一番面白いですね。

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