第225話 一つ目の願い

〈イグアル、奥の院の大空洞にて〉


 なぁ、フェルネス。

 なぜ、そんなにも力を求める。

 イルモートの力を利用して世界をやり直すだって?

 馬鹿も休み休みいえ!

 なら聞くが、世界のいつからやり直すつもりだ。

 四百年前だと、それこそ馬鹿だ。

 そうしてしまえば、この四百年の人々はどうなる。

 家族と笑ったり、好きな人と愛を語ったり、喧嘩をしたり、

 子供を怒ったり、抱きしめたり、大切な人との別れをしたり、

 生きてきた時間、その全てを否定することになるのだぞ!


 それにな、そうなれば私やタファトはお前に会えないじゃないか。

 歴史をやり直すってことはそういうことだろう。


 私はお前がいない世界は嫌だ。

 だって楽しかったじゃないか、私とお前とアバカスで遊びまわってな。

 いつの間にか歳をとって、私はエルシャを、お前はバルアダンを教え育てた。

 セトも見守っていてくれたじゃないか。

 それはな、新しい未来を次の世代に託したということだ。

 それを否定してどうする。


 確かにハドルメの民の時間は四百年前から止まってしまった。

 でも、あの子たちなら、なんとかしてくれるとは思わないか?

 私たちが見守り、育てたあの子たちなら。


 フェルネス、認めるんだ。

 お前は弱い。

 そんな男が一人で何ができる。

 世界を変えるだと?

 それは追い詰められて逃げ場を失った奴の言い訳だ。

 子供たちの為にも世界を見守ってくれ。

 私やタファト、アバカスも側にいてやるから。


 こんな暗い地下から私が連れ出してやる。

 弱いお前は陽の当たる場所でせいぜい子供に剣を教えていればいいんだ。

 甘すぎるお前は子供に馬鹿にされるかもしれんがな。


 私のいいたいことはこれだけだ。

 さぁ、歯を食いしばれ、思いっきり殴ってやる。


 どうした、避けないのか。

 なら遠慮なくいくぞ。

 …どうした、なぜ避けない、ならもう一発だ。

 ‥‥‥どうした、なぜ避けない。


 フェルネス、泣いているのか?

 あぁ、やっぱりお前は弱虫じゃないか。




 神殿の奥の院の大空洞にて、フェルネスはもたれかかった男から長剣を引き抜いた。手枷を嵌められたタファトの叫びが大空洞に響き渡る。フェルネスは男を抱きかかえたまま、ゆっくりと大穴の縁に向かった。打ち倒されたべリアとティドアルが剣を杖に立ち上がるも、間に合わないことは明らかだった。


「やめて、やめて、フェルネス、また私から愛する人を奪うの!」


 フェルネスの手が一瞬その動きを止める。


「おや、フェルネス殿。敵に情けをかけるのですか?」


 暗闇からタダイが現れ、嘲るようにフェルネスを挑発する。フェルネスは虚空を見るような暗い双眸をタダイに向けた。バルアダンら強者の力を脅威と感じても恐怖することはなかった彼である。しかし今、タダイは目の前の男に恐怖を感じたのだ。


「……これは失礼をしました。さぁ、早く止めを刺すのです。水の祝福は世界から失われ、ただエルシードの転生者のみにその力は向かうでしょう」


 フェルネスは穴の底を眺めた。大空洞の大穴は全てを吸い込むようにその口を開けている。そして抱え込むように男の体を支えた。


「さらば、友よ」


 男は神からの大切な授かりものを還すかのように、親友をやさしく穴へ投げ入れた。

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