第185話 親の心②
〈ウェル、大森林へ進軍しながら〉
「バルアダン、しばらく見ないうちに大きくなったなぁ!」
「もう、私達では年長者面して偉そうなことは言えないねぇ」
「そんなに変わっていませんよ。ガムドさん、メシェクさん」
「いや、何というか、雰囲気が分厚くなったという感じだ。…大人になったな、バルアダン」
あたし達、平隊員の前で隊長とガムドさん、メシェクさんが固い握手を交わす。セトの父であるガムドさん、エルの父であるメシェクさんには自分の子供が行方不明になったことに動じた様子がない。
……アスタルトの家に所属している自分としてはそれが不満だった。孤児だったあたしとミキトには親がいない。孤児として神殿に保護され、魔獣の実験に供される直前に隊長達に助けられたのだ。隊長はガドの件で取り乱したように、あたし達にとても関心を持ってくれている。人には言えないけれど兄や父のような思いを寄せているのだ。だからこそガムドさんとメシェクさんの平静さに苛立つのだ。不満顔で意見をしようとした時、サリーヌがあたしの手を引いて、城壁横に連れていった。
「ウェル、もしかしてガムドさん達に怒っていた?」
「そうさ、子供の事を考えない親なんざ、あたしは大っ嫌いだよ! ごめん、サリーヌにあたってもどうにもならないのにさ」
「クルケアンを離れる時に、隊長のお父様、お母様と話す機会があったんだ」
「わお、外堀から埋めたね。この策士!」
「下心なんてないわよ! 向こうのお誘いでね、食事をしただけ。その時にガムドさん達の話を聞いたの。行方不明になる奥の院の調査の前日、既に別れを覚悟していたらしいわ。だからガムドさんはセトを肩車して走り回って、メシェクさんはエルと踊りを踊ったんだって」
「何のために?」
「セト達はもう大人になったから、おじさんたちが子離れするために、最後に子供に甘えたかったんだって」
「子離れ……」
「うん。セト達はクルケアンを救うために歩いている。呪いともいえる祝福を受けているにも関わらずにね。だから寂しくて、辛いけれど送り出したということよ。でもそれは縁を切ったわけではないの。セト達が帰ってくるための場所を残すことこそがおじさんたちの戦いなんだって。自分達には特別な力がないから、せめてそれだけはしておこう。きっと帰ってくると信じて」
「……信じる、か。ありがとう、サリーヌ。まだ、もやもやとするけれど、肉親がそう考えるのならきっと正しいんだろうね」
親か、あたしもいつか親になるのだろうか。その時にここまで子供を信じて送り出せるのだろうか。あたしは空元気をだすために、隊長とガムドさん達、そして仲間に向かって大声を上げる。
「みんなー! とうとうサリーヌが隊長の両親と食事をしたってさ。これはいよいよだぞ!」
口を魚みたいにぱくぱくさせて固まったサリーヌを放置して、皆の許に駆け寄る。隊長はガムドさん達の抱擁と激励を受けていた。隊員がその周りを囲み囃し立てる。やっと硬直状態から脱したサリーヌが、何か言葉みたいなものを発しながら真っ赤な顔をして飛び込んできた。
「ウェル先輩、何か嫌なことがあったのでしょうか?」
「え、ザハグリム、そう見えるの?」
「はい。私の勘違いであればいいのです。気にしないでください」
「……ありがとう」
貴族のくせに意外と気が付く奴だ。少しだけ彼の評価を上向きに修正をして、彼の背を叩いてあたしは皆の輪に飛び込んだ。
慌てる二人をしばしからかい、また落ち着けた後、あたしは地図を広げて今回の作戦の補給計画を説明する。
「補給計画を報告します。
「ご苦労だった、ウェル。今回の遠征は聞いての通り、
そして、あたし達は新しい武器の使い方と訓練のために城外の高台に登った。荷台に乗せられていた、布で厳重に包まれた武器を取り出していく。見たこともないその異様な武器に隊員は驚きの声を上げる。
「
ガムドさんの説明の後、誰かの唾を飲み込む音が聞こえる。これを武器と言えるのだろうか、そして、人に向ければどうなるのか、そう皆は考えているに違いない。しかし自分達が使わざるを得ないことも知っている。
「これを預けるのは君達だけだ。これが人との戦争に使われたら悲惨を通り越して地獄だ。決して人に使わないと誓ってほしい。間違った使い方をすればタファト殿は自死して弾丸に込められた祝福を消し去るそうだ。故に一番信頼するバルアダン中隊にこれを託す」
ガムド、メシェクさんによる訓練が始まった。通常弾を使用して隊員たちが冷や汗をかいて操作を学んでいる。あたしは操作を聞く振りをしてメシェクさんに話しかけた。
「卒爾ながら失礼します。バルアダン中隊第二小隊のウェルと申します。質問よろしいでしょうか?」
「あぁ、結構だとも。少し腰が痛いのであの岩場で聞こうじゃないか」
みんなから少し隠れるようにして、彼と共に岩場に腰かけた。
「エルを止めようとは思わなかったので?」
「そうか、エルの友人だね。うん、君には聞く権利があるとも。だからそうかしこまらないでおくれ。私はね、エルがこーんなに小さいときに一緒に踊ったことがあるんだ。背丈が合わないからね、私のつま先に足を重ねて楽しく踊ったとも。あの子が調査に向かう前日の晩も踊ったよ。もう私が教えることもないくらい優雅に、そして美しく踊っていた……」
「だからこそ、大事なのでしょう。憎まれても留めておくべきだったとは思わないのですか」
ごめん、サリーヌ。やっぱり直接聞きたかった。あたしを捨てた両親と何が違うのか。捨てられた子の気持ちを親は分かっているのかを。
「留めたいさ! この手でずっと抱きしめて守り続けていたいとも。でも、エルはね、どんどん成長していった。あの子はね、恋をしてとても綺麗になったんだ。そして多くの友人と守るものができて、危険だと分かっているのに自分の道を歩いていった。こっちを心配させないように笑顔でね。泣いて助けを求められたら、どんなに楽だったろう。留めることもできたろう! でも、エル達はそうしなかったんだよ」
あぁ、男の人でも泣くことがあるのか。爪が折れるかのように胸を掻きむしることがあるのか。
「ウェル、私にも正しい答えは分からないんだ。できることがあるとすれば、帰る家を守り続けることだけだ。もうすぐ妻たちもここにくる。ギルドが両国の鎹(かすがい)となって争いを起こさせないために、あの子達が帰るべき家を残すために。それが、いつか泣きべそをかいて戻ってくるかもしれない、巣立っていった子らに対して親が唯一できることなんだ」
これが親か。わずかばかりの嫉妬と共にその温かさがとても美しく感じられた。
「ウェル先輩!」
「うわっ、ザハグリム、急にどうしたのさ」
「やっぱり様子がおかしいので見に来たのですが、さっぱりとしたご様子。何をお話しされていたので?」
「何でもないよ。あたしはメシェクさんやガムドさんのように、いい親になれるかな、ってこと」
「ウェル……」
「え、先輩、いつの間に家庭を持っていたのですか? これは一大事だ。み、皆に知らせなければ!」
「ちょ、違う、馬鹿グリム、何でもないったら!」
慌ててメシェクさんにお礼を言って皆の許へ駆け寄った。隊長とサリーヌをからかったことに対する罰だろう、誤解を解くのにしばらくかかってしまった。
親とか子供とか、愛情とかは未来に取っておこう。少なくともここでは情愛に事欠かない。
……ここにいればきっと、自分を捨てた親への恨みを捨てて、未来の自分の子に対する愛情を持てるようになると思うのだ。
ザハグリムの尻を蹴飛し、何やら気分が落ち着いた私は笑いながらそう考えた。
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