第174話 大廊下の戦い② 父親たちの戦い

〈クルケアン百層大廊下にて〉

 

 ヤムは権能杖を振り下ろし、大気を変化させ稲妻をその身に纏った。その様子を見たタファトがイグアルとサリーヌに指示を出す。


「サリーヌ、権能杖の投擲とうてきと同時に鉄槍に変化させ、三アスク(約二十一メートル)向こうに突き刺して。イグアル、その周囲に大気中の水分と床に散っている血を集めて内膜を、そして不純物を除いた水分で外膜を展開、できるわね」


 サリーヌが権能杖に力を込めて投擲する。彼女の手から放たれた杖は空に大きな弧を描く。その先端が床に向いた瞬間、魔獣石の杖は鉄槍へと変わり床に突き刺さった。同時にイグアルが水の祝福を用いて槍と自分たちの間に二重の膜を展開した。


「小癪な。だが衝撃までは防ぎきれまい」


 ヤムの体から稲妻がほとばしり出て、内外の水幕に誘導され鉄槍に直撃する。雷導を防いだものの膜の厚さはその衝撃を吸収できず、轟音と共に兵達を弾き飛ばした。その衝撃に神獣の肉壁で耐えた騎士団がサリーヌ達に突撃をするが、させじとばかりにラバン達の部隊が進み出て前衛に位置どった。


「サリーヌだね、バルアダンの父親のラバンという。ガドやエラム、ゼノビアから君のことはよく聞いているよ」

「バルのお父様!」


 サリーヌは戦場にもかかわらず、上官の父との対面に緊張する。あるいは上官と部下とは違う立ち位置を思ったのかもしれない。


「こちらこそ、バルアダン隊長からはよくご家族のことを伺っております。……以後、よしなに」

「勿論だとも。この戦いが終われば妻のユディと共に食事をしたい。いいかね」

「は、はい。了解で、す」


 緊張の為か奇妙な返事をしたサリーヌを見て、ラバンは軽く笑った。何にせよ、この場面を生き抜いてからだ。その先に楽しみがあるとすれば、ここで戦うのも悪くはない。クルケアンの未来と、家族のための戦いなのだから。妻からエラムとトゥイの婚姻式を聞いて少し羨ましく思っているラバンは、戦場にもかかわらずに笑いながら友人たちに指示を出していく。


「メシェク、後方で時機を見て遊撃隊の突入をしてくれ、ガムドは最前列で短筒槍アルケビュス隊を展開、私は中衛で火槍マドファを敵に打ち込む。……故シャムガル将軍の精鋭たちよ、将軍の遺志を守るのは今! クルケアンに仇なす魔人を打ち払うぞ!」


 ラバンは十門の火槍マドファを並べて一斉に斉射した。弾丸が神獣に命中し、その進撃速度を落としていく。そして上空からタファトの炎の壁が、そしてサリーヌが変化させた魔獣石の槍が更に神獣の進撃を更に遅らせる。神獣とラバン達の距離が指呼の間となった時、火槍マドファの第二撃が放たれた。神獣騎士団は火砲にさらされても動揺しなかった。彼らにしてみれば神獣の再生力を頼みに敵を押しつぶせばいいのである。しかし、ラバン達はそんな騎士達を見て皮肉気に笑う。


「普通の砲弾ではない、太陽の祝福者が込められた魔弾だ。その効果のほど見させてもらおうか」


 タファトの太陽の祝福が込められた魔弾は神獣の内部から臓腑を焼き、損傷させた。剣創であれば神獣はその傷を癒すことができたはずだが、内臓を焼かれては生存できる生物などいるはずもない。

 十体の神獣たちが呻き声を上げて大廊下に倒れこんだ。そのおぞましい力にラバンも、神獣騎士団も恐怖を抱く。ラバンは戦いの前の準備の時に、タファトの言ったことが正しかったと今更ながらに思い知った。


「ラバン様、私の祝福を込めることについてお願いがございます」

「勿論だ。貴女の協力なくしては、魔人狩り部隊は敵に太刀打ちできないのだからね」

「私は自分の祝福を常々恐ろしいと思っていました。太陽の祝福は生命を育てる熱であると同時に、殺しつくす熱でもあります。魔獣や魔人はともかく、これを必ず人には用いないようにして欲しいのです」

「当然だ。このような武器が人と人の争いに用いられば世界は地獄となろう」

「ラバン様を信用しないわけではありません。後世に他の誰かが利用する場合もあるでしょう。よって私は……」


 タファトはその場合、自死をするとその決意を告げたのだ。

 女は強い。改めてラバンはそう思った。子供達を守るために魔弾を作り、子供達が未来で暮らせるよう魔弾の生産手段である自分の命を断つ。戦うことしか知らない自分達にはそこまでの考えはなかった。妻のユディもそうだが覚悟を決めた女性はこうも男性を奮い立たせるのか。


「あなた、私は糸の宝石ポワン・クペの製品を以ってハドルメの女性達の支持を得てきます。バルアダンがハドルメと戦いをしなくても済むようにね。あなたはサリーヌと共に魔人との戦いを生き抜いて。ほら、私達にも先の楽しみができたでしょう。あの可愛い、そして朴念仁のバルアダンを肴にしてサリーヌさんと食事ができるなんて。そしてその先の楽しみも……」


 そうだ、この戦いは勝利が目的ではない。この戦場で生き抜き、そして未来へ続く生活を勝ち取ることこそ勝利なのだ。三度目の斉射のため、魔弾を込める指示をしながらラバンはそう考えていた。


「火槍《マドファ」、斉射」


 ラバンの指示に十門の火砲が三度目の弾を射出し、その同数の神獣が倒れ伏した。苦しみもがく神獣は乗り手の騎士をその体で押しつぶしていく。それでもフェルネスの命令の下、戦力を半減させた神獣騎士団はその犠牲を超えて遂に前衛のガムドに到達した。


短筒槍アルケビュス隊、出番が来たぞ。ぎりぎりまで引きつけろ!」


 ガムドの指示の下、五人が片膝をついて神獣を狙い、五人が立ち射ちで騎士を狙う。号令一下、近距離用の短筒槍アルケビュスが神獣の口中に打ち込まれ、神獣は血を吐いて絶命していく。そして騎士団は中央のガムドの部隊に抗しきれず、両翼に逃げるようにその流れを分けたのだ。


「敵に側面を見せるとは、騎士としての恥を知れ」


 ラバンがそう呟いた。両翼に五門ずつの火槍マドファを整列し終えたラバンの部隊が騎士の横腹を狙う。次々と騎士達が落下する中、それを突破した左翼の一団が包囲撃滅をすべく、ラバンの後方から襲い掛かっていく。


「ラバンを殺せ。ここを突破し、背後に回れば火器なぞ恐れるに足りん!」 

「包囲を許すほどうちの将軍は甘くはないよ」


 後方で状況を見ていたメシェクの部隊がその一団の前に現れ、短筒槍アルケビュスを構えて待ち受けていたのだ。


「さぁ、撃ってしまいなさい」


 十丁の短筒槍アルケビュスから魔弾が放たれ、後背を襲撃しようとした神獣騎士団の目論見はここに崩れ去った。


 大廊下での戦況がアスタルトの家に有利に傾く中で、その中央では二人の戦士が剣を交えていた。既に二十合を撃ち合っており、その激烈な斬撃の応酬は余人が介入する隙も無い。


「フェルネスよ、お前の部下も存外だらしない。ほとんど討ち果たされのではないかな?」

「べリア、神獣騎士団の力はこれから発揮されるのだ」


 フェルネスの不敵な笑みにべリアは気配を探った。


「何!」


 倒れた騎士の内、二十名ほどが再び立ち上がっているのだ。そしてその魂の色は黒く、嵐のようにざわめきを立てている。


「貴様、神獣騎士団の幾人かを魔人化したな!」

「力を得られるのだ。躊躇ちゅうちょする必要が何処にある?」


 魔人となり、魂の力と獣の力を手に入れた騎士たちは、膨れ上がる肉をもって鎧を弾き飛ばし、人の倍近くあるその異様をラバン達に見せつけた。


 ラバンは全員に短筒槍アルケビュスを持つよう下知をする。獣なればその進路を予想するのも容易いが、俊敏な魔人に火槍マドファでは対応できないのだ。


「しかし想定より多いな。これでは抗しきれんぞ」


 ラバンは内心では焦っていた。そして部下達の絶叫で、焦りが悲観へと転じる。部下は敵の増援が来た、と口々に叫んでいるのだ。空を見上げると別の神獣騎士団がラバンの背後の上空に展開しており、地上の魔人と空の神獣騎士団と挟まれる形になった。しかし空の騎士は突撃の号令ではなく、ラバンに戸惑ったような声を投げかけたのだ。


「そこの士官よ! なぜ神獣騎士団が魔人と化し、お主らやサリーヌ、エラムらを襲撃しているのだ?」

「私は飛竜騎士団長ラバン、魔人の襲撃から子供達を守るべく此処に在る!」

「おお、バルアダンの父君ではないか。私はアナト、神獣騎士団第三連隊長だ。ならばラバン殿、貴殿が戦っている相手は誰だ?」

「神獣騎士団第一連隊長フェルネス、そして設計者オグドアドの賢者ヤムだ。このクルケアンに災いをもたらす者共よ!」


 アナトはフェルネスの姿を認めた。同僚の凶行に衝撃を受け、めまいを感じつつも直感ではこの事実を受け入れていた。自分やバルアダンも認めたフェルネスがただの連隊長のはずがない。そしてフェルネスにはクルケアンと神殿、ハドルメの全てにつながる素振りを感じていたのだから。


「神獣騎士団アナト、そして我が連隊は子供達を守るぞ!」


 アナトの薫陶を受けた第三連隊が喊声かんせいを上げて魔人に向けて突撃していった。

 上空では祝福者たちの超常の戦いが、大廊下ではべリアとフェルネスの決闘が、そしてその後方では神殿に所属する部隊同士の戦いが凶熱を帯びて繰り広げられていく。その様子を月が静かに見守り、平等に照らしていた。

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