第173話 大廊下の戦い① フェルネスとべリア

〈クルケアン百層大廊下にて〉


「エラム、トゥイ、大塔まで走って!」


 サリーヌはフェルネス隊のテトス、サウルに対し槍を振るって防戦に徹していた。飛竜を駆って空から戦えば神獣より優位に立てるのだが、そうすれば大廊下に残されたエラムとトゥイに神獣の牙が向かうだろう。飛竜であるタニンとハノンを両翼に配置し、サリーヌが突出する形で中央後方のエラム達を守っていく。


「エラム、エラム! アバカスさんが!」


 トゥイが前方のアバカスを見て叫ぶ。その時まさにアバカスは神獣騎士団によって串刺しにされようとしていた。


「アバカスさん!」


 エラムの叫び声と同時に、アバカスから閃光と爆発音が大廊下に響き渡る。敵も味方も眩しさのため視力を一時的に失い、音と光が静まるまでの数秒、誰も動くことはできなかった。彼らが再び目を開けた時、床には無数の騎士たちが折り重なって倒れていた。

 エラムの膝が折れ、トゥイは地に伏せて咽び泣く。サリーヌはアバカスへ祈りを捧げ、兵として自らの義務を果たそうとした。アバカスの後は次は自分が盾とならなければならないのだ。


「タニン、エラム達の護りをお願い。……大塔まで間に合わない場合は、幸運を信じて彼らを咥えて飛び去って」


 サリーヌは大廊下の中央を前進し、生き残った神獣騎士団が彼女に迫る。巨大な神獣の突進に耐えられる人間はいないはずだが、サリーヌは怯えの色もなく、静かに名乗りを上げる。


「サラ導師の弟子、月の祝福者、バルアダン中隊第一小隊長サリーヌ、参る」


 サリーヌは神獣に向かって槍を構えた。その槍は穂先の下に円環がついており、知る者が見ればダレトの権能杖であることに気づくだろう。だが獣と騎士は相手が只の兵士だと思い、勢いのままに押しつぶそうとした。


「魔獣石よ、槍となりて獣を穿て!」


 サリーヌの力を受けて床が変形し、神獣に向けて石槍が発生する。速度を殺しきれぬ神獣は空に飛んで逃げようとするが間に合わず、下半身を串刺しにされてサリーヌの前に転がった。


「流石はナンナ神の眷属よ。これほどの力を瞬時に発動するとは。だが、その力、ヤム様に捧げてもらおう」


 テトスとサウルが神獣を乗り捨て、槍を剣に持ち替えてサリーヌに迫る。いかに祝福者と雖も近距離からの連撃を行えばその能力の発動は難しかろうと踏んだのである。テトスの剣をサリーヌは受け止めず、槍でその軌道をそらして、反対側から斬りかかったサウルを石突きで牽制をする。明らかな時間稼ぎにサウルは冷笑を浮かべ、衝撃を受けることを覚悟で石突きにぶつかっていった。槍はサウルの腹をしたたかに打ったものの、脇に挟まれその動きを封じられた。


「テトス、この女を斬り捨てろ!」

「舐めないで!」


 サリーヌは小刀をテトスに投げ、よろめいたその隙に剣を抜き放った。相手が長物を捨て、更に優位に立ったと感じた騎士達はその距離を縮めてくる。しかし彼らはその刀身が月光の光を帯びていることに気づかなかった。権能杖を以ってその力を広範囲に示し、剣で以ってその祝福の力を眼前の敵に叩き込むのがサリーヌの狙いだった。

 サリーヌが振り下ろした剣はテトスの肩口を襲った。月の祝福が鎧を紙のように割き、骨を切断する。激痛で叫び声をあげるテトスを横目に、サウルが慌てて距離を取ろうとした瞬間、サリーヌは返す刀で相手の足を斬った。健を切断され、大廊下を這いずり回るサウルは恐怖で助けを求めた。それは主人のフェルネスではなく、別の老人達の名だった。


「ヤム様、トゥグラト様、お助けを!」


 槍がサリーヌとサウルの間に突き刺さる。後退り、夜空を見上げたサリーヌは、神獣の乗った老人の姿をそこに認めた。


「賢者ヤム!」

「サラの弟子、サリーヌよ、そしてアスタルトの家よ。ここでお主らには退場してもらおう」


 ヤムと神獣騎士団がサリーヌ達を包囲する。五十騎に数を減らされたとはいえ、兵士一人と市民二人、竜二体を屠るのには過剰な戦力であった。フェルネスが前に出て、サリーヌの足元に短剣を投げ自死を勧める。


「バルアダンの副官よ、せめてもの慈悲だ、それで首を斬れ」


 フェルネスの冷酷な物言いに、サリーヌは激情を以って返す。


「フェルネス、飛竜騎士団の英雄よ! なぜここまで落ちぶれたのですか。あのバルアダン隊長が認めた高潔な騎士は何処へいったのか!」

「俺が変わったわけではない。余分なものをすでにこの身から捨てただけのこと。……世界を変えるためには力がいるのだ。人知を超えた力がな。そのためには身を軽くせねばならん。安心しろ、バルアダンもすぐにお前の後を追わせよう」

「バルに勝てるとでも?」

「……あぁ、勿論だ」


 フェルネスはそうサリーヌに吐き捨てたが、心臓の鼓動がわずかに早くなるのを感じ、不安を押し殺すかのように剣を抜く。バルアダンが入隊した時には勝てる自信があった。べリアが敗北した時には自分と互角だとも思った、しかし北伐のバルアダンの活躍を見て、彼の自信は揺らいでいたのである。何よりあの時は多くのクルケアンの兵が彼ではなくバルアダンを見ていたのだ。そして、自分さえ……。


 不安を怒りで誤魔化すかのように、フェルネスは長剣をサリーヌに叩きつける。しかし彼の剣は相手の頭蓋を割る直前に大剣によって跳ね上げられたのだ。


「フェルネスよ、その感情が忌々しいか」

「誰だ!」

「誰だとは情けない。元部下のバルアダンの名は心中に刻んでおるのに、上官の名を忘れるとは」


 義足の軋むような足音を立てて隻腕の騎士が現れた。その背後には自らの騎獣である竜と、武装した一団が控えている。飛竜騎士団長のラバン、彼と共に魔人狩り部隊を率いるガムドとその部下、彼らの後ろで震えているメシェク、そしてイグアルとタファトが武装して神獣騎士団に対峙していた。


「べリア? 飛竜騎士団長のべリアだと!」

「あぁ、地獄から蘇ってきたぞ、フェルネス。そして私は飛竜騎士団長ではない、アスタルトの家のべリアだ。間違いのないようにな」


 べリアは大剣の切っ先を向けてフェルネスとヤムに向かってそう断言する。


「フェルネス、お前がバルアダンに抱いている感情はな、嫉妬というものだ。怖いのだろうよ、自分が最強ではないという事実が」

「何を馬鹿な! 貴様こそ最強を目指していたはずだ、負けてやつらに尻尾を振るとは情けない」

「あぁ、最強の称号なぞ、バルアダンにくれてやったわ。いざ捨ててみるとこれほど身が軽くなるとは思わなかった。お主も身軽になりたいのならそうすればいい」

「力を求めるその姿勢だけは、貴様を尊敬していたのだがな」

「フェルネス、お前はバルアダンの力に嫉妬しているのではない。仲間と正道を歩む姿を見て、そしてその心の強さを知って嫉妬しているのだ」

「……」

「武技だけ追い求めて何になる。それで世界を作り替えるとでもいうのか。それは強さではない、破壊だ。バルアダンの束ねる力こそ最強。私はな、フェルネス。あの男こそが世界を変えると今になって思うのだ」

「黙れ、黙れ、黙れ!」


 激烈な感情を抑えようともせず、フェルネスはべリアに向かっていく。


「ラバン、ガムド、メシェク、お主らの部隊で神獣騎士団を撃退せよ! サリーヌ、イグアル、タファトはタニン達に乗って上空のヤムを抑えろ。フェルネスは私が相手をする」


 べリアの指示によって後ろに控えていた魔人狩りの部隊が戦列を展開していった。ラバンが編成しガムドが率いるその部隊は故シャムガル将軍の騎士団を再編成したものである。速成ゆえ装備も不十分だが、それでも三十人ほどの人数を揃え、新造武器の訓練を終えてここに駆け付けたのだ。


 べリアは正気を失った元部下を叩きなおすために、

 ラバン、ガムド、メシェクの三人の父親たちは子供の未来を守るために、

 サリーヌ、イグアル、タファトは、同じ祝福者の陰謀を阻止するために、

 彼らはそれぞれの敵に向かって一歩を踏み出した。

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