第164話 トゥイの覚悟
〈エラム、トゥイと共に糸の宝石のギルドにて〉
「あなた、トゥイ達まで巻き込んで! 用もないのに来るんじゃありません。嫌でも家で会うんですからね」
「い、嫌なのか……。あぁ、ツェルア、違うんだ。今日はちゃんと用事があってきたんだ、ほら、この子たちが相談に来たもので」
「何の相談?」
「……これから聞こうと」
ツェルアさんは僕とトゥイが心配するくらい眉間に皺を寄せてため息をついた。同じ工房に努めるセトのお母さんのハンナ、そしてバルアダンさんのお母さんのユディさんが出てきて休憩室の食卓へ誘う。ハンナさんが笑いながらメシェクさんの肩を叩いた。本人は軽くたたいたつもりだったようだけど、大きくメシェクさんはよろめいた。
「ごめんね、エラム、トゥイ。ああいいながらもツェルアはメシェクさんに心底惚れているから心配しないで。来ない日があると逆に心配するんだから」
「ハンナ!」
少し顔を赤らめたツェルアさんはハンナさんの背を押して慌てて椅子に腰かけさせた。ユディさんは苦笑しながらお茶とお菓子を出してくれる。
「えへん、ではアスタルトの家が
「実はメシェクさんの広い人脈を頼って、ハドルメのアバカス大使と面会をしたいのです。目的は魔人の魂の観測についてです」
全員が凍り付く。やはり親たちもある程度の情報は持っているらしい。
「皆さん、魔人についてある程度知っているようですね。サラ導師もガド達もそうだが、そんなに僕たちが信頼できませんか?」
「……エラム、言い過ぎよ」
トゥイに袖を引っ張られて僕は椅子に座った。興奮して立ち上がっていたらしい。母親たちが慌てたようにその場を取り繕うとする。メシェクさんがそれを目で制して立ち上がった。
「私達が持っている知識はサラ導師に比べれば些細なものだ。おそらく君よりも知識は持っていないだろう。しかし私達は大人として、親としてこのクルケアンを息子や君達のために変えていきたい。その為には命を投げ出すことも厭わん」
「それは僕らアスタルトの家も一緒です!」
「エラム、君はトゥイを守れるのかい。君がしようとしているのは開発でも設計でもない危険な現場だ。戦闘もあるかもしれない。兵でもない君を巻き込むわけにはいかない」
「……いつになれば僕達を巻き込んでくれるのですか?」
メシェクさんはふっと息をつくと椅子に座りなおして手を組んで僕に優しく語った。
「結婚して子供ができたら、いつだって巻き込むとも。私達は親なのだ」
トゥイが僕の耳元で、ごめんね、と呟いた。
「私達には時間がありません。いえ、エラムに時間がないのです。今はザハの実とリドの葉、つまり
普段物静かなトゥイからは想像できない剣幕に、大人たちは只驚いて状況を見守っている。
「ちょ、ちょっとまってくれ、
「いいえ、はっきりとわかってもらいます。私達はその薬草をもって友人を救いたい。魔人となった友人を救いたい! ……エラムに保証されたのは一年、私はエラムの為になら命を失っても構いません。人生で一番大事な時間をただ座って待つなど、どうしてできましょうか! こ、子供は流石に待っていただくとしても、私はエラムの為にできることはしておきたいのです」
今度はツェルアさん達が食い下がろうとするメシェクさんを手で制した。先ほどとは違って穏やかな目でトゥイを見る。トゥイの発言で僕も彼女の耳まで真っ赤になっているはずだ。そんな恥ずかしい顔をしばらく見つめられていた。ぼそっとした声で、うちのエルもこうなら、いやいやセトが、バルもねぇ、という声が聞こえてくる。
「メシェク、私達の負けよ。彼らを子供扱いするのは失礼だわ」
「……分かった。ならばエラム、トゥイ。君たちは私達の同志だ。エルやセトを助けるためにも手伝ってほしい。ラバンとガムドは軍事物資の確保と魔人部隊の編制、私はいずれ開かれる総評議会の準備をしている。そしてツェルア達はハドルメと商品を通じて交流していくつもりだ。その交流の式典と商品の展示会が明日のクルケアンの評議会で行われる。その時にアバカス大使も来るのでつなぎをしてやってもいい」
「ありがとうございます。対等な立場として対価を払わせてください」
ここでメシェクさんはいつもの調子に戻って、にやり、と笑った。
「
ハンナさん達が目を輝かせて僕とトゥイを見ていた。特にトゥイを凝視している。……対価は一体何だろう?
「商品の紹介ぐらいなら問題はありません。しかし対価としては安くないですか?」
「失敗して商談がご破算となったらそれ相応の請求はさせてもらおう」
「了解です。では具体的に何を?」
「エラム、女性は、戦争にお金を使う愚かな男共と違って、家具や食器、服装に至るまでいろいろなものを買ってくれるんだ。その女性が一番欲しいものはなんだ? 私やツェルア達はそこからハドルメの市場に食い込もうと考えている」
あ、と声を上げてトゥイは顔を両手で覆った。僕は困ったようにハンナさんを見つめる。苦笑した彼女が持ってきた服でようやく事態を理解する。それは男女の婚礼用の衣装だった。
「衣服などの商品を売るためには、実際に誰かに着てもらうのが一番だ。大人でもいいんだが、それだと嫉妬する場合もある。万人受けするためには、誰からも祝福されるような可愛らしい子達に着てもらうのが一番だろう? 大丈夫、寸法はすぐに直せる」
いたずらな目をしたメシェクさんの提案を受けて、僕とトゥイは顔を赤らめ、
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