第165話 エラムとトゥイの婚礼① 国交樹立式典
〈クルケアン上層評議会にて〉
クルケアンとハドルメの国交樹立及び技術提携の式典が二百五十層の評議会で行われた。神殿からは神獣騎士団フェニクスとアナト、ニーナ、そして教皇シャヘルが、軍からは飛竜騎士団長のラバンと一行の護衛としてサリーヌ小隊が列席と警護を兼ねて式典に参加している。それにクルケアンの評議員が議席を埋めていた。ハドルメ側はアバカスと五十人ほどの外交団が参列しており、多くはギルドとの技術提携をするための職人集団であった。オシールはギルアドの城を動くわけにはいかず、ハドルメへ駐在しているバルアダンも参加していない。衆目を集める中、元老のトゥグラトとハドルメ全権の主席書記官アバカスによる国交樹立が高らかに宣言される。
「ここにクルケアンとハドルメは正式に国交を樹立する。私、クルケアン元老のトゥグラトはハドルメとの魔獣との共同防衛、そして技術協力を推進することをここに誓う」
「クルケアンの評議員よ、私、アバカスはハドルメを代表として今日この場で正式に国交を結ぶことに喜びを示したい。我らには不幸な歴史があった。貴方達は数百年前かもしれないが、我らには昨日の事である。恨んでいるものも多い。しかし、未来を創るためには共生が必要だ。平和と技術、それらが我らを結びつける紐帯となるだろう!」
アバカスは未来にむけたその発言の内容と反するように、気難しい顔をしていた。彼はハドルメに属してはいるが、
「魔人化を抑えるための薬草を栽培する目途がたった。恐らく魔人化しながらも生前の記憶を持っている者に効果があると思われる。ぜひその件で相談をしたい」
手紙にはエラムの名と共にそう書いてあった。アバカスはエラムとトゥイから距離を置きたかった。彼らを見ると遠ざかりし美しい日々を思い出し心が痛むのだ。エラムからの手紙が来た時、彼は逡巡した。血で呪われた魔人を救うことができるかもしれないのだ。しかしそれは体の中にある多くの魂を追い出すことになるのではないか……。
「アバカス、どうせエラムの手紙を無視しても、付き合っても後悔するのでしょう? なら付き合った方がいいじゃない」
「フェリシア……」
アバカスは妻の魂からの言葉に対し、その名を言い返すことしか答えることができない。クルケアンへの復讐を企図しているこの男の、蛮行を抑えている最後の枷がエラム達なのであった。彼自身は復讐のために早くそれを破ろうとするが、フェリシアが止めるのだ。
「違うわ、止めているのは私とあなたよ」
妻の言葉に彼はやはり何も言い返せなかった。
式典は進み、午後からギルドとの技術支援や提供する商品の紹介が始まった。リベカがメシェクを従えて評議会場に商品を陳列していく。ハドルメの外交官や職人達はその質の高さと量の豊富さに目を丸くしていた。もともとクルケアンの評議員でもあったアバカスはそれらの商品を熱心に見ているように装いながら、あくびを押し殺してリベカに語りかける。
「流石にクルケアンの商品の質は素晴らしい。ハドルメのそれと比較できませぬ。はやくティムガの草原にギルドや工房を立ち上げてほしいものですな」
「お褒めいただきありがとうございます。早速明日から資材や商品を
「手配が早いことですな。流石はリベカ殿だ。木材の輸出ついてはこちらも早急に応えねば申し訳ない」
「そちらも必要であれば切り出しも含めて人材を派遣できます。ギルドは商品を作りうるだけではございません。この
「成程、人口が少ないハドルメとしては助かる。メシェク殿といったかな、それでは北の大森林の切り出しと加工作業場の人足を二百人程お願いしたい。もちろん費用はこの式典が終われば相談させてもらう」
「了解いたしました。
「おお、それは願ってもない。いや、しかし想像ができないな、今ある商品以外に大事なものがあると?」
「はい、ぜひハドルメの女性の外交官や職人の方々に見ていただきたく」
メシェクは手を拡げ、役者のように評議員や外交官たちに大声を出して注目を集めた。
「さぁさ、紳士淑女諸君、ギルドのハドルメへの最大限の好意をお見せしよう。クルケアンが誇るギルド、
メシェクは手を叩き、それを合図として、着飾った女性達が評議会の議場を賑やかせた。華美すぎず、日常の生活のための衣装ではあるが、
「
クルケアンの衣服をハドルメに一方的に売るのではない。国境のティムガの草原から衣服がそれぞれの国へもたらされるのだ。これはリベカの戦争を止めるための、ギルドなりの戦い方であった。
「刺繍の種類も、その組み合わせも注文通りに対応しましょう。しかし、やはりもっと美しく着飾りたい方もいらっしゃるでしょう。一生の特別な日とはそういうものです。ハドルメのご婦人よ、今日の最大の商品はこちらとなります」
メシェクは手を胸にあて、仰々しく一礼しながら扉の方を指し示す。衆目がその方向に注がれた時、アバカスもまたつられて扉を見た。
そして精神の内にある、フェリシアの魂が淡く光るのをアバカスはその体の内に感じていた。
そこには婚姻衣装を着たエラムとトゥイの姿があった。
「アバカス、アバカス……」
「あぁ、そうだ。フェリシア、なんて愛おしい風景なのだろう」
アバカスの中で、自分達の最後の記憶とエラム達が重なっていた。自分がフェリシアへの求婚に成功し、皆が祝福してくれたあの幸せの絶頂で赤い光に包まれて魔獣化したのだ。真似事とはいえ、この時代で一番大切な者達の幸せそうな姿を見て、アバカスはそれが永遠に続くよう祈っていた。自分たちと同じ結末は彼らに相応しくない。あぁ、本当の婚姻の場で、あの日祝ってくれた天文台の同僚達のように、自分もエラム達を祝えればどんなに嬉しいだろう。幸せを分かち合えるだろう。
失った過去を引き留めるようにアバカスはエラム達に一歩近づいた。
クルケアンの婚礼衣装を来たエラムとトゥイが、ツェルア達の撒く花びらを受けながら議場の中央に進み出る。商品の販促のための演技とはいえ、若い二人は緊張で頬は赤く染まり、とりわけトゥイは幸せそうに目を細めている。サリーヌが慌てて警護の任から抜け出して、トゥイの横に侍った。
そして彼らはアバカス達の前でその歩みを止める。
「さぁ、この初々しい若者に盛大な祝福の拍手をお願いします!」
メシェクのよく通る声により議場が拍手の音に満ちていく。クルケアンの評議会が始まって以来。ここまで祝福の思いが重なった拍手はなかっただろう。
「さて、ハドルメのご婦人方、もちろん殿方も。クルケアンの婚礼をお見せしたい。美しい衣装だけでなくそして式そのものを
「俺がその役割を担おう。神官として婚礼の資格は持っている」
興が乗ったように手を上げたのはアナトであった。横に侍るニーナが咎めるが、アナトは笑いながら答えた。
「あのエラムという者はアスタルトの家の者なのだろう? イズレエル城でバルアダンに土産話の一つでも聞かせてやらねばな。さぁ、お前もだ、ニーナ。婚姻には神官の補佐をするものが必要だろう?」
「……分かりました。ですが警護の任もあるため、私も兄さんも兜と仮面はつけたままでお願いします。名乗りもなさらぬよう」
「案外硬い奴だな、わかった、わかった」
甲冑姿のアナトがエラムの前に立ち、トゥイの横にニーナを、エラムの横にサリーヌを片膝をつかせて並ばせた。
「神の前で誓うには証人が必要だ。真似事とはいえ、クルケアンの文化を示すのだから誰かいないか?」
エラムはアナトの声を注意深く聞いていた。そして一瞬目を瞑った後、正面のアバカスに向きなおった。
「証人はハドルメの主席書記官アバカス殿にお願いしたい」
「!」
「それにアナト殿、保証人、神官がいるなら婚姻の条件は整っています。ここで、僕たちの正式な婚姻の式を挙げてほしい」
「私からもお願いします。今日、この場で式を挙げたいのです」
エラムとトゥイはお互いの手を握って、評議会でそう宣言をした。
「え?」
一瞬で静まった議場にメシェクの間の抜けた声が響き渡り、クルケアン、ハドルメの参列者の大歓声がその後に続いた。
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