第162話 魂の観測

〈トゥイ、アスタルトの家の工房にて〉


 私達はアスタルトの家の食堂に駆け込んで、その食卓に手紙を置いた。タファト先生を呼びにエラムが工房に駆け下りて戻ってくるまで、私は手紙を読む衝動を抑える。

 あの仮面の神官の少女はきっとレビだ。でもなぜ、声を掛けてくれないのだろう。本当に私達のことを忘れてしまったのか、会いたくないのか……。


「トゥイ、レビからの手紙が来たって本当?」

「先生、こ、これを読んでください!」


 私は震える手で先生に手紙を差し出した。先生がその文字を確かめるように読んでいく。


 アスタルトの家へ

 

 兄を助ける薬はいつ収穫できますか。

 また、その対価を教えてください。

 三日後に百層の大廊下南端で待っています。

 その時にはアスタルトの家に所属していない代理人を立てて来てください。


 ニーナ



「レビを見つけよう! こんなやりとりなんて不要だ。直接会いさえすれば何とでもなるものを!」


 興奮するエラムを先生は落ち着かせるように肩を掴んで座らせる。


「エラム、焦らないで。トゥイもよく聞いてね。なぜレビは私達に会いたくないのでしょう?」

「……わかりません、向こうもこっちが気付いていることは知っているはず」

「会いたいけれど、会えない、そんな感じがします」

「そうね。では視点を変えてみましょう。貴方たちならば仲間を巻き込みたくない時はどういうときかしら?」

「……危険な目に合わせたくない。それこそ命がかかるときです」

「ではそこに立場を考慮しなさい。そこから連想をするとどうなります」


 エラムが両手を握りしめ、目を閉じて神に祈るように連想を口にしていく。


「レビは神官。命の危険に関して連想する言葉は、仲間、神殿、魔獣、魔人化、薬師シャヘル、教皇シャヘル、神獣騎士団」

「エラム、話すべき人と調べるべき場所を上げてみなさい。あぁ、それとトゥイは物語を考えてみて。エラムは客観的に、トゥイは相手の主観で考えるの。物事は常に二つ以上の視点で考え、観測をしなさい。あなた達にはその才能がある」


 しばしエラムと見つめ合う。私が大地ならば、エラムがその大地の上に在る月だ。異なる視点でレビの事を考えるのだ。そして今、先生は太陽の視点で私達に観測を求めている。恐らくタファト先生は何かを知っているのだろう。しかしそれを話さないことも踏まえて私は考えなければならない。先にエラムが口を開く。


「話すべき人は、教皇シャヘル。そして神獣騎士団のフェルネス連隊長。調べるべき場所は神殿の医療施設、そしてクルケアンの噂」

「……その理由は?」

「薬師シャヘルの薬草園でなぜ神の二つの杯イル=クシールが採取できることを知っていたのか、それは薬師シャヘル本人がレビに伝えたからです。うぬぼれるようですが僕でさえ直接的には聞いていない。薬師シャヘルしか知らない情報を聞くには、教皇とそれに近い神獣騎士団でしょう。……教皇やアサグ連隊長は危険です。アナト連隊長には面識がないし、後はフェルネス連隊長しかいない。そして神官であるニーナの兄が病気ならば医療施設だと思いました」

「クルケアンの噂については?」

「見当以外の情報や新しい切り口を見つけるためです」

「よろしい。ではトゥイの番よ」


 エラムの話に合わせるよりも、私の想像でレビの主観を考えるべきだ。まったく、どんな悩みでも一緒ならきっと楽になるはずなのに。早く帰っておいでよ、レビ。そう考えながら私はレビになりきって物語を口ずさんでいく。


 

 少女は、家族ができた代わりにその名を捨てました

 少女は、新しい生活を始める代償に神官となりました


 家族を守るために昔の名前、昔の家には近づきません

 もし知られれば家族を失うかもしれないからです

 大事な大事なその兄をもし知られれば

 かつての友人が殺されるかもしれないのです


 兄の病気は不治の病、薬草なければ我を失う

 兄の病気は不知の病、友人に会えば己を失う


 少女は薬師にその在処を求めます

 少女は友人にその在処を尋ねます

 そして兄を救おうとするのです


「……こんな感じでしょうか」

「トゥイ、流石だわ。さて、エラム、それを受けてあなたの分析よ。トゥイの話と分析を総合すると?」

「先生は厳しいなぁ。ある程度予測ができているのなら教えてくれてもいいのに」

「エラムとトゥイには世界のいろいろなことを観測してもらわなくてはね。サリーヌも軍で忙しいし。ガドとエルと……セトも奥の院の調査に出かけて行ってしまったから」

「教皇シャヘルは少し前までハドルメとの和平でイズレエル城に行っていました。恐らくそこでレビ、もといニーナは彼と接触したんだと思います。イズレエル城からの帰還兵に聞いてニーナの情報を集め、教皇シャヘルに面会を求めるのがいいかと」

「よろしい。しかし、危険が大きいので勝手に面会をしないこと。誰かと会うのなら必ず私とイグアルを同行させなさい。いいわね?」

「「はい!」」


 私達は事務長のソディさんにお願いしてサルマとマルタ、シェバの手を借りてイズレエル城の帰還兵から情報を集めていく。


「イズレエル城には鳥の仮面の医者が現れるらしい」

「夜に枕元に立って薬草を処方していく」

「乳鉢で薬草をすりつぶす音が、部屋があるはずもない城壁の中で聞こえた」

「ニーナはアナト連隊長の妹」

「アナト連隊長は妹によく怒られているらしい」

「月の女神と評判の小隊長とニーナは話すようになっていた」

「アナト連隊長とバルアダン隊長が深酒をして副官達に怒られていた」


 私とエラムは手を握り合いながら情報を聞いていた。エラムの手に汗を感じる。見つけたのだ、私たちの友人の場所を。


「ねぇ、エラム、アナト連隊長に会えばすぐに結論に辿り着くんじゃない?」

「しかし、噂を聞く限りは、アナト連隊長は病気ってわけでもないらしいぞ?寝込んでもいないし」

「……月の女神ってサリーヌの事だよね」

「祝福持ちだからな。十中八九間違いないだろう。そしてサリーヌはニーナと直接に話し合っている」

「サリーヌは知っていた? 勿論あれから会えていないけれど、それならガドも知っていた可能性が高いよね」

「そうだ。そしてガドは何も言わない。先生もイグアルさんもサラ導師も何も言わない。なぜだ?」

「教皇シャヘルが前に私達を殺そうとしたみたいに、何かがきっかけで人血を求める……」

「決まったな。ならば一番味方になりそうな人に会いに行こう」

「それは誰?」

「アバカスさんさ。あの優しい魔人に会いに行こう。僕たちは空を見すぎたのかもしれない。今度の観測は人の心の中だ。薬師シャヘルの魂が残っているならば、僕は救うよ。ダレトさんの魂がアナト連隊長に残っていても同じさ。先生やガド達が何も言わないのは、性急にレビに会って真実を問い詰めたとしても解決するものではないんだろう」

「でもちょっと悔しい。皆教えてくれないなんて」

「だから、僕達で大切な人の魂を見つけよう。事業は三日ばかり遅れるかもしれないが、これでアスタルトの家にレビが帰ってこれるならば万々歳だ。……それに、先生はこれは僕達でしかできないことだといいたいのかもね」


 エラムはそう言って私に笑いかけた。

 星の観測から魂の観測へ。私とエラムならきっと探し出すことができる。そして私達は皆の帰ってこれる場所を守り続けるのだ。このクルケアンを、この学び舎を。


 いつか大切な人達を連れ戻して、お帰りなさい、と言うために。

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