第147話 神代④ 神獣騎士団
〈サラ導師達、廃墟のクルケアンにて〉
「ラメド、苦労を掛ける」
「驚いたぞ、サラ。後を追って追跡をしたのはいいが、まさか穴が神代に繋がってるとは。飛竜を用いて強硬に鉄門を潜り抜けた。後で神殿には言い訳をしておいてくれ」
「ふん、トゥグラトは分かっていたに違いない。神殿の案内人のタダイもこの状況を知っておった。……おい、しっかりしろヒルキヤ」
「……バァルとやら、私の孫のバルアダンとそっくりではないか。頭がおかしくなりそうだ。ギデオン、お主は大丈夫か?」
「ふん、外見なぞ関係ない。儂の孫達を神が乗っ取るというのなら、神の魂を殺せばよい。もしかしたらバルアダンもセトとエルと同じかもしれぬぞ。ヒルキヤ、孫と神が合わさったらどうするつもりだ」
「……無論止めるぞ。私はな、バルアダンには普通に働いて、結婚して、ひ孫を見せてくれたらそれでいいのだ。孫のために神を止める。
それが爺の義務であろう?」
飛竜はクルケアンを目指し、全速力で空を駆けていく。近づくにつれ一同の不安は大きくなっていった。街の灯りが、人の気配が見えないのだ。やがてクルケアンは黒ずんだ姿を現していった。
「あれが我らのクルケアンだというのか……」
ギデオンとヒルキヤは見慣れたクルケアンが北壁と神殿だけになっていることに衝撃を受ける。その北壁も神殿も多くの箇所で崩壊が見られ、もはや廃墟と化していた。
クルケアンの損傷の状態を受けてサラはシャマールに確認をする
「シャマール、四百年前のハドルメの侵攻はこれほど苛烈だったのか?」
「まさか、ハドルメに同情を持つクルケアンの民も多い。市街地には手を出していない」
「ならば市民は何処へ行った? 皆、クルケアンの外周を飛べ!」
北壁から西回りにクルケアンを一周する。その市街地も瓦礫の山と化しており、人が済めるような場所ではなかった。南門にまで差しかかたとき、ラメドが人口の建造物の残骸を発見した。
「サラ、ギデオン、ヒルキヤ、あれを見ろ、ダルダ達が作った水道橋の成れの果てではないのか!」
飛竜が急速旋回するなか、一同は時代の流れを理解した。ここは過去ではない。クルケアンとハドルメが滅んだ後の、未来の世界なのだと。
「……神殿の奥の院に向かう」
サラは事態をもう一歩踏み込んで考えていた。サラが考える世界観ではこの世は紐のような存在であり、ガド達には紐の両端を結んだ状態であると説明したばかりだ。過去と現在が結びついたとき、どこが起点となるのだろうか?
サラ達は廃墟となった神殿に侵入し、奥の院に向かう。崩れかけた鉄門を潜り抜け、大空洞へと足を向けた。崩れた天井から月光が穴の底を照らしている。その光が、半ば土に埋もれている石像を包んでいた。
シャマールがヒルキヤの飛竜から飛び降りた。覚束ない足取りで、しかし一歩一歩を踏みしめるように像に近づいていく。
「シルリ、ここにいたのですか」
像を見つめたまま動かないシャマールに対し、ラメドたちは距離を置いて見守っていた。ラメドはその像を見て思う。あの像の服装はクルケアンの神官のものだ。シャマール殿とどのような縁があるというのか。誰かに偶然似ているのか、いや、バァルが像について言及した時からシャマールの反応は普通ではなかった。彼は確信をもってここに来たのだ。
「おや、皆さん、まだ現在に帰れていないようですな?」
気まずい沈黙を、憎悪に変えるような言葉が一堂に浴びせられた。
「タダイ! 貴様、我らをたばかっておいて、よくも平然と顔を出せるものよ」
「ガルディメル殿、たばかるつもりなぞ毛頭ありませぬ。皆さまに過去の真実をお見せしているではありませんか」
「過去だと、未来ではないか。神殿は、この崩壊したクルケアンとハドルメを見せて我らに絶望させるつもりか!」
「過去でございます。サラ導師、貴女にならお判りでしょう。私からそれを申すのは禁忌となる故」
「この場合、過去と未来は同義だな? タダイ」
「流石はクルケアンの賢者、殺してしまうのが惜しいですな」
子供の外見のはずのタダイの顔が、体が膨れ上がっていく。たちまちのうちに青年に変化したタダイは、道化のように深々と一礼した。
「お主の目的は儂とラメド、シャマールの命か。対抗者がいなくなった後で神殿は何を為すつもりだ」
「イルモート神の現世における復活、それ以外にあり得ません」
「その動機が知りたい。そんなにイルモートが好きならば、この時代に来ればよいだろう。無論、世界が弾け飛ぶ危険性もあるがな」
「世界を根本からやり直すために、もしくは全てを無にするために」
「人のためにか?」
「我が主のために、そのためにイルモート神を殺すのです」
タダイの発言にギデオンが不敵な笑い声をあげる。
「何だ、気が合うではないか。神を滅ぼすとはな。せっかくだ。イルモート諸共、神を全て滅ぼしてしまわぬか?」
「私としてはヒトも滅ぼしたいのですがね」
「そうか、残念だ。神殺しまでなら共に付き合うことはできたのだがな。しかし、如何に魔人とはいえ、この人数、この手練れたちで勝てると思うのか?」
「魔人? そんな下品な輩と一緒にしないでいただこう」
タダイは指を鳴らすと、神獣が降りてきた。舌打ちをしたギデオンは竜に備え付けた武器を手に旧友に向かって叫ぶ。
「ヒルキヤ、
「承知」
飛竜が神獣を目掛けて急速に下降していく。鞍の前後に固定された
神獣の胴を砲弾がめり込み、体内でその軌道を変えながら反対側から飛び出す。相手が膝をついたのを好機と見るや、シャマールとガルディメルはその長剣で切りかかっていく。神獣の鞍上でそれを防ぐタダイは血まみれになりながらも不敵に笑う。
「タダイよ。命を失う今となってなぜ笑ろうておる。何か隠していることがあるのか?」
「ふふ、そちらの戦力は分かったぞ。ガド達のような小僧共はともかく、お主たちにはその正確な力を計らねばならないからな」
「寝ぼけたことを。ガド達の方が我らよりよほど手強いというのに」
「戯言を。さぁ、止めを刺すがいい」
「あぁ、希望通りに殺してあげましょう」
シャマールが長剣を一閃させてタダイの首を切り落とした。そして像の前に戻ろうとした瞬間、切り捨てたはずのタダイが目の前にいるのを見て、驚愕で立ち
「お主、何故生きておる」
「そこに転がっている私は死んでいます、ご安心ください。ただ私も存在している。それだけのことです」
「化け物か」
「あぁ、サラ導師、そんな目をしないでいただきたい。ここに皆を案内してきたのは私なのですぞ、感謝の言葉も欲しいくらいだ」
「おぞましいことを平気で口にするやつめ。ならばもう一度殺してやろう」
「クルケアンの賢者サラよ。帰る手段を知らなくてよいのか?」
「舐めるな。自分で探すことぐらいできる。それに我らをここに導いた呼び水は貴様だろうに」
「流石ですね、身体は変わり、魂は摩耗したといえど、その自信はこの数百年揺るぎもしない」
「いくら私でもそんなに歳をとっていないわ! 淑女の年齢を数えるときは注意するといい」
サラは権能杖を振りかざし、土から槍を作り出してタダイを刺し貫く。
「でないと痛みで後悔することになる」
「大した淑女だ。……いくら私でも今、ここでお主らに挑むつもりはない。ふん、呼び水は私だと? 気付いてはおらぬだろうが、それはお前だ、サラよ。さぁ、役者はそろった。明後日の夜、ティムガの草原で待ち受けよう。そこで盛大に殺し合おうじゃないか。逃げないようにこの像もそこに連れていく」
「貴様、シルリの像と知っての事か!」
「勿論だ、シャマール。貴様が愛する彼女は石となった今でも、魂ごと強く内部に残っている。利用せぬ手はない。シャマールよ。想い人を救いたければ、クルケアンの連中を連れてティムガの草原に来るのだな」
そういってタダイは天井からこぼれてくる光に向けて手をかざした。白い魔獣が一体、また一体と現れてくる。そしてその数は増していき、七十五体の神獣で構成される神獣騎士団一個連隊が姿を現した。そしてその先頭に、タダイと同じく蛇のような笑いをした男がいた。
「……アサグか」
「サラ導師、役者はそろったといったでしょう?」
神獣騎士団のアサグが自らの連隊を率いて神代に現れたのだ。
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