第146話 神代③ クルケアンへ

〈サラ導師達、ゲバルの街にて〉


「さて、我らはバァルに会うとしよう。この時代の指導者に話を聴くのが一番の情報収集だ」

「いやはや賢者とは聞いていましたが、正面突破がお好きの女傑とは」

「時間もないしな。それに荒事になればシャマール、ガルディメル、お主に任せる」


 バァルが神殿に戻っていった頃合いを見計らって、サラ達は接触を図るため神殿に潜入した。警護の者も多いが、要は向こうの関心を引ければいいのだとばかりに、サラは無礼にも神殿の祭壇に腰かけ、シャマールが長剣を石畳に突き刺して柄に手をかけ、その威を示す。あきらかに只者でない二人の様子を見てガルディメルは苦笑する。この二人ならば普通にすれ違っただけでも、振り返らずにはいられない、それがこのように挑発しているのだ。如何に神とはいえ、無視する事ができないだろう


「そこの無礼者、神聖なる祭壇で何をしておるか!」


 誰何というより、警告の言葉が警護の兵から発せられた。バァルの方はむしろ興味深げに彼らを見つめている。


「バァル神に用があって参上仕った。雑兵はどけ! 私は神と話したいのだ」


 神に翻弄されるセトやエルのことを考え、怒りを込めてサラは神の名を口にする。抜剣して取り囲んだ兵士にサラは権能杖を振りかざし、月の魔力で大理石の床に亀裂をつくる。多くの兵が床に座り込む中、五人の近衛兵が果敢にも切りかかってくる。


「さて、神代の兵の強さ、見せてもらいましょう」


 シャマールは長剣を一閃させ、先頭の一人の剣を叩き落とした。踏み込みざま、剣の柄で相手の胸甲に一撃を入れ、後列の兵を巻き込んで弾き飛ばす。


「あと四人!」


 二人の兵がシャマールを左右から取り囲み、一人は突きを、一人は脚に向けて剣を振り下ろそうとするが、シャマールはそれよりも早く、ぶつかるように兵に体を寄せて掌底を放った。苦悶する兵の腕を取り、斬りこもうとするもう一人の兵に向けて投げ飛ばす。


「あと二人!」


 そして、最初の兵の下敷きになっている兵士二人の前に立ち、一人の首に足をのせ、もう一人の兵士にはその長剣の切っ先を向けた。


「こんなものですか? まだまだ物足りないですね」

「よい剣筋だ。誘っているのであろう。イルモートの眷属ではないらしいが、その挑発に乗ってやろうではないか」


 バァルは発言と抜剣を同時に行い、バァルとシャマールの斬り合いが始まった。二人の剣士の技量は拮抗しており、強いて違いを上げるならば剛のバァルに対して、柔のシャマールといったところであろう。

 バァルの剣がうなりを上げてシャマールの頭上を襲えば、シャマールは流すように剣で受け止め、軽いが鋭い一撃をその首筋に向かって切り払っていく。バァルは踏み込んで兜でその一撃を受けることで躱し、体をひねって下段から跳ね上げるようにシャマール斬撃を加えた。剣で受け止めるものの弾き飛ばされたシャマールは、距離をとりつつも、迎撃の構えを崩さない。

 シャマールは人の姿では敗北は必至と判断する。甲冑で見えないよう腕のみを魔人化し、上段に構えた剣を全身全霊の力をもって振り下ろす。これを受け止められるようでは自分は神に勝てない。この一撃をもって神との戦いにおける試金石とする、そう考えた一撃であった。


 バァルは、ほう、と呟いたのみで剣を片手で振り上げた。シャマールの一撃を柳の枝を受け止めるような気軽さでバァルは受け止める。シャマールの打ち下ろした剣の衝撃で床は割れ、衝撃波で壁が傷つけられる中、バァルは無傷でそこに立っていた。


「よい戦士だ。名を聞こう」

「ハドルメの指導者オシールの弟、シャマール」

「なるほど、ハドルメの者か。なぜこの時代にいるのかは知らんが、楽しませてくれた礼に神に謁見する栄誉を授ける」

「ハドルメを知っておるのか! ではクルケアンは如何に?」

「無論だ。月の祝福者よ、魔人よ、迷い人達よ。我が仮寓かぐうにきてもらおう」


 バァルは気を失っている兵を後に、サラ達三人を神殿の上階へ連れていく。質素な詩の部屋はゲバルで一番高い場所であり、そこの北窓からは崩れかかるハドルメの城が見て取ることができた。日は既に沈みかけ、赤い光が地平線を染めていく。一同はその最後の残り火を頼りにハドルメの城を眺める。


「ハドルメの城が存在していると? あの崩れよう、四百年前に我らが魔獣化された時よりも後ということか」

「サラ殿、南窓をご覧ください。あれはクルケアンでは?」


 そこには上層も中層もない、崩れかけた北壁と神殿のみが残ったクルケアンがあった。


「北壁は私を含めハドルメの攻撃によって半壊しているとして、中層・上層がないとは四百年から三百五十年前といったところでしょうか、サラ殿?」


 サラは黙って思考の海に沈み込み続けた。何か我々は重大な勘違いをしている。その思いが彼女を苛立たせる。


「さて、哀れな迷い人よ。招待したのは異物を引き取ってもらいたいからだ。時折そなたたちの様に時間や場所を超えてくる者がいる。殺してやりたいところではあるが、時間の不可逆性にひずみが起きると世界そのものが崩壊しかねない」

「バァルよ、我らに何を引き取れと?」

「クルケアンの神殿に現れた石像よ。赤い光と共に神殿を半ば壊して降ってきたわ。その石像を持って疾く元の世界に帰るがよい」

「……迷い人を初めて見るというわけではないらしい」

「ふん、不愉快だが、馴染みとなったヒトがいてな。こら、騒ぐな、アドニバル!」


 余人がいないこの場所で、急にバァルはその名を呼んだ。


「何、それは誰だ?」

「増長するな。ヒトは何も知らなくてよい。この世界に干渉は無用ぞ。いいか、先も言った通り、ひずみを起こさぬために客人として遇しているのだ。それを守らぬとあれば、時のはざまに封じ込め、永劫の苦しみを受けてもらおう」

「よかろう、この時代に興味はあるが、干渉をするつもりはない。我らはクルケアンに移動するとしよう」

「サラ導師、ハドルメの城が見える以上、馬でも数日かかります。ガド達と落ち合うのは明日の夜。間に合いませぬ」

「空を飛べばいいではないか」

「飛竜も神獣もいないのですぞ!」

「ラメド、場所はわかるな? 神殿の屋上に来てくれ」


 サラの言葉に応えるように三体の飛竜が露台に舞い降りる。


「ラメド殿、なぜここに?」


 ガルディメルの叫びに、ラメドは苦笑して答えた。


「サラ殿が残した糸を手繰り寄せて参った」

「ラメド、ギデオン、ヒルキヤ、ご苦労であった。さぁ我ら三人を乗せてクルケアンへ赴こう。歴史の真実を解き明かすために」


 ゲバルの町に月光が差している。月の祝福でもあるその光を受けてサラとラメドは体が若返っていく。


「ではバァル。我らはこれで失礼するとしよう。しかし、我らの世界に神は不要だ。いずれ我らの世界で決着をつけさせていただく」


 それはサラの神に対する宣戦布告でもあった。

 三匹の竜がそれぞれの背に二人を乗せて、クルケアンめがけて飛んでいく。



 それを見送るバァルは、得心したように独白する。


「そうか、月の女神ナンナよ。お主は自らを殺そうというのか。それこそ神の堕落というものだ。イルモートにそそのかされてヒトとなり果てた神の残骸め。それでもなお、前に進むというのなら、その未来を見せてもらおうではないか」

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