第148話 神代⑤ 廃墟での酒宴

〈神殿の奥の院にて〉


「サラ殿、賢者ヤムからの伝言です」


 アサグが蛇のような顔で淡々と言葉を紡ぐ。


「こちらも決着をつける、とのことです。確かにお伝えしましたぞ」

「ヤムも来ているのか!」

「残念ながらヤム殿は我らの時代でハドルメと飛竜騎士団を壊滅させるためきてはいません。あぁ、ガルディメル殿、貴方にも賢者ヤムから伝言です。フェルネス殿は完全に神殿についたということでした。設計者として新たな時代を築くために迷うことのなきようとも言っていましたな」


 ラメドは後ろのガルディメルを振り返る。其処には青い顔をした騎士が膝を折って苦悩している姿があった。

 シャマールが憤然として歩み出て、アサグに向き合った。ハドルメと神殿は密約を交わしており、それが一方的に破棄されたのだ。


「アサグ! 我がハドルメと神殿は二年の休戦を約定していたはずです。それを破るのですか?」

「はて、シャマール殿、いつの基準での二年でしょうか。クルケアンの暦でいうならば今は七百二十四年。その約定からもうすでに二百二十四年も経過しております。問題はありますまい」

「それは詭弁だ」

「なれば我らを殺して現世に戻られるがよろしかろう。ただし、元の時代に帰れるとは思わないことだ」


 アサグの大型神獣は石像を咥え、タダイをその背に乗せて悠々とサラ達の前から飛び去った。神獣騎士団がそれに続き、そこには大空洞の空虚さが残るのみだった。しばしの沈黙の後、一同の目は放置されたといってもいい、ガルディメルに集中した。設計者の目的を質為と、彼がなぜ敵陣といっていいこの場所に残されたのだろうか。


「各々方、言いたいことは山ほどあろう。しかし、今は休息の場所が必要だ」

「どこに行くので?」

「決まっている。北壁と下層の建物はまだ少しは残っておる。その北壁寄りの三十三層よ」


「おぉ、まだセト達の学び舎が残っているではないか」

「下層とはいえ、北壁寄りのため天井と壁には魔獣石が用いられている。それで残っているのだろう」


 サラは崩れ落ちた魔獣石を椅子と円卓に変化させ、一同を座らせる。


「さて、御一同、まずは食事といこうではないか。上階の私の部屋はほとんど崩れておったが、倉庫は無事であった」

「物資の倉庫ですか、何か武器などが……」

「ヒルキヤ、サラの倉庫だ。何を入れているか分かっているだろう。なぁ、ギデオン」

「あぁ、酒だ。間違いなく酒だ」

「まったく、男どもはいつまでたっても愚痴っぽいの。私の力によって保存状態は最高のままだぞ?」

「私はありがたくいただきましょう」

「流石はハドルメの序列二位。無粋な男どもとは違うな」


 ささやかな酒宴が学び舎で始まった。料理は携行食で、酒だけが豪華という奇妙な宴ではあったが。


「クルケアン暦七百二十四年か。誰も使わない暦など空しいものだ」

「サラ、私達の時代からいつほどで滅びが来たのだと思う?」

「恐らくすぐだ。私の倉庫が残ってあったように、クルケアン暦五百年からさほども立たずに滅んだのだろう」

「仕掛けてきたのは誰だ? ハドルメか」


 ギデオンがシャマールをちらりと見てそう言った。


「ご老人、ハドルメが仕掛けるとすれば、神獣・魔獣の奪還と領土紛争が生じた時のみでしょう。私達のような四百年前の記憶をおぼろげながら持っている者にとってクルケアンは憎い。しかし、多くの民は人格と知識が混ざり合い、漠然とした苦しみと憎しみしか抱いていない。故に都市破壊までの攻撃はありえない」

「そうだな、いや、すまない。生きることに関して誰よりもあがいているのがハドルメの民だ。失言であった。しかし、神獣の奪還とはどういうことだ」

「それについては設計者のガルディメルから話してもらいましょう」


 酒や魚に手を付けず、一人うなだれていたガルディメルは、むしろ詰問するように一堂に問う。


「なぜ、誰も私を拘束しない? 確かに私は設計者。ハドルメの民でありながら祖国にもクルケアンにも弓を引いている身だ。なぜこうも平然としていられる」

「アサグがお主を残したのは、お主程度の知識なら与えても惜しくはないのであろう。むしろある程度の情報をこちらに流すことによって、神獣騎士団側が有利になると考えているはずだ」

「……」

「それにな、ガルディメルよ。もしかしてお主達フェルネス隊はヤムの思惑から外れて何か別のたくらみがあるのではないか?」

「賢者サラ、御見それいたしました。話すことがヤム殿とアサグの思惑通りになるのでしょうが、やむを得ません」

「うむ。話すがよい。それにな、ガルディメル。お主達は施薬院の時にガド達を殺すつもりはなかったはずだ。このお人好しめ。そんな兵士が非常になり切れるわけはない。我々の共通点は子供達の未来だ。目的が違えど互いの方法を確認するのは悪くないはずだ」

「……ヤムの目的はサラ導師の力を取り込み、神の従者として往時の権能を取り戻した後、アナトとサリーヌを殺して、最後の月の祝福者となり、イルモートの力を持って世界をやり直すつもりです。そう、正しくやり直すのだと。フェルネス様も、ハドルメが魔獣化しない世界があればとお味方をしています」

「神の従者だと?」

「神人というべき存在です。彼が人と人を合成して魔獣、魔人を作っていったのは世界の本質を見極めるためとも……。ハドルメとクルケアンをそそのかし、戦争状態を作って陰で検体を手に入れていたと聞きます」


 サラ達にヤムや設計者達の事を話しながら、ガルディメルは魔人として現世に再び生を得た日のことを思いだす。最初の記憶は自分に話しかける若い男の姿だった。


「目が覚めたか! ……自分の名は覚えているか?」

「な、名は、ガルディメル。しかしそれだけしか思い出せない」

「それでいいんだ。記憶まではっきりとしていれば人血を求めることになる」

「人血?」


 その男はフェルネスといい、お同じハドルメの民だと笑いながら伝えてくれた。滅んだハドルメの民の魂をつなぎ合わせ、ようやく復活できたのだという。しかし魂の合成は人格の融合でもある。一人の名前を思い出すことができただけでも奇跡だと、フェルネスは語った。それに記憶があるていど明確だということは他人の魂を喰らいつくした結果だといい、その場合は喰らった魂に見合う人血を欲するようになるのだと語った。


「生まれ変わってまで化け物になる必要はないのだ」

「私はどうすればいい? ハドルメの民として故郷の草原や川の記憶があるが、もう街はないのだろう?」

「三つほど手伝ってほしい。一つはヤムという賢者を手伝って同胞を救う手伝いをしてほしい。二つ目はハドルメの民を純粋な形で復活するための新たな世界づくりだ。そのヤムという男の力を利用して世界を作り替える」

「世界を作り替えるなど、そんな大仰な作り話を!」

「人が魔獣化するのだ。世界を変えることも可能だろう」

「……三つめは?」

「ヤム、そしてクルケアンの神殿をつぶす」

「ヤムという人は貴方の仲間ではないのか?」

「仲間だ。しかし最後の到達点が違う。ヤムは世界を作り替えようとしている。この半分は賛成だ。しかし彼はすべてを無にしてから作り変えるのだ。これまでの歴史を無視してな。俺はハドルメの民が魔獣化する前の世界に作り直す。無論、その後で魔獣化などさせん」


 そう言ってフェルネスはガルディメルに手を差し伸べた。


「君が必要だ。俺に協力してくれないか?」


 ガルディメルは差し出された手を掴み、新たな生の目的を与えてくれた彼に忠誠を誓った。


「ありがとう。さて、早速だが私の隊員になってもらおう。内密にハドルメの民の部隊をクルケアンに作るつもりだ。竜もいるぞ! それにクルケアンの奴らも面白いものが多い。友人もつくって第二の生を謳歌してくれ。新たな時代を創るのだ、迷うよりも共に行動をしようではないか」


 ガルディメルが往時を思い出しながらサラ達に伝えている。そして彼はフェルネスがあの時に彼が言った言葉を反芻していた。アサグが話した、フェルネスから彼への伝言は、あの時のフェルネスの言葉と同じなのだ。迷うことなかれ、と。

 ならば問題はない。サラ導師との対話で共通する未来が見えればこちらにつけばいいのだ。フェルネスもそう望むであろう。

 先刻までうなだれていた男は、堰を切ったように、サラ達に話し始めた。


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