第120話 サラとシャヘルの提案

〈トゥグラト、親書を読みながら〉


親書

 ハドルメ国オシールよりクルケアン国元老トゥグラトへ親書を送る。


 ハドルメ国はクルケアン国との関係において平和を維持することを希望し、且つハドルメ国の領土保全を以下のようにクルケアン国に要求するものである。

 両国の政府を代表する全権代理人により会合を為したる後、両国国策の共通原則を公にすることを希望する。


一、両国は黒き大地とクルケアン側が築いた砦の中間を持って国境とする。


二、両国が魔獣の恐怖から解放されるために軍事協定を結び、大規模討伐時には共同でこれに対処する。そのために武官をそれぞれの国へ派遣する。


三、ハドルメ国は魔獣の発生地である黒き大地にその根拠を持ち、魔獣討伐をその国是とする。クルケアン国はハドルメに物資の支援を行いその討伐を支援する。


四、経済的向上及び社会的安全を両国に確保するため、両国は経済的分野において全面的な協力を行う。



「……以上がハドルメ国の親書の内容である」


 トゥグラトが重々しく親書の内容を読み上げた。

 飛竜を背景にした圧倒的な武力を目の当たりにした今、戦争を仕掛けて支配下に置こうとする評議員はいなかった。クルケアンに代わって魔獣討伐をするのであれば構わないのではないか。貴族たちはそう考え、飛竜を失った軍でさえもそう考えたのだ。軍を増強するより物資を支援する方が安上がりだ。貴族と軍、ギルドがそう考え賛同を示そうとしたとき、サラとシャヘルが反対した。


「諸君、力なき言葉を誰が信じよう、誰が重んじてくれよう。軍の質的にはいまやハドルメが上なのだ。軍の再建を提議する!まずはシャムガル将軍の後任として、ラメド飛竜騎士団長を元老に、ラメドの後任としてザイン家のラバンを飛竜騎士団長に推薦する。そして残った飛竜を中心に部隊を再編制して対等に渡り合えるだけの力を用意せねばならない!」

「我が神獣騎士団の増強も必要であると考える。諸君、現在まともな機動戦力は神獣騎士団しかいないのだ。サラ導師が言ったように軍の再編成も必要だろう。しかしその編成には長く時間がかかるはずだ。それまでは魔獣・ハドルメ相手に対抗できるのは我ら神殿の騎士団しかおらぬ。急ぎ神獣の数を増やし、速成だがあと二個連隊ほど増強する必要がある」


 サラは苛烈に、シャヘルは冷淡にその提議を終える。


「ザイン家だと? 当主のヒルキヤが国外追放され、ラバンも最下層へと落ちたのではないか。そのような者に栄えある飛竜騎士団長を任せられるか!」


 ザハグリムとその取り巻きはラバンの軍への復帰に難色を示した。ザイン家は貴族の中でも信望を集めており、仮に貴族へと復帰すればザハグリムの一党は貴族の旗頭ではなくなる可能性があったのだ。もともと軍では要職を務めた男であり、市民寄りの貴族としてザイン家はクルケアンの人望を集めていた。最近はバルアダンの活躍もあり、市中ではザイン家の政界復帰が声高に叫ばれていた。

 トゥグラトは貴族の分裂を促すためにも折衷案を提案する。


「ラバンの復職を提案する」

「元老!」

「ただし、ザイン家の貴族への復帰は今後も含めてあり得ぬ。元老である私が神に誓おう。指揮官不在では国防もままならぬ。貴族よ、よいな」

「……仕方ありません。ですがその約定、違えることのなきようにお願いしますぞ」

「二言はない。安心するがよい」


 トゥグラトは心中で冷笑する。貴族を生まれながらの称号と思っている輩の多いことよ。英雄が貴族と呼ばれただけで、貴族が英雄になるわけではないのだ。実力無き貴族の末路を思うと哀れでもあり滑稽でもあった。そしてラバンの復帰で軍の人材は補えた。彼らには有事の際にハドルメの戦力を削ってもらわねばならぬ。理想は軍とハドルメの共倒れだが、流石にこれは虫が良すぎるであろう。


「神獣騎士団の増強とおっしゃるが、どのような支援が必要なのか?資金かそれとも人か」

「両方だ。今回、魔獣の遺骸を神殿が引き取ったが、浄化するのに薬草と資金が必要だ。先の薬草園への投資を拡大し、必要な薬を確保せねばならない。また、各区で神官兵を募集する。神獣との訓練は過酷でもあり、少なからず犠牲は出るだろうが、事情が切迫しているため致し方ない」


 サラはシャヘルの物言いに、危険なものを感じた。公的な場で人の犠牲が発生すると語ったのだ。訓練による殉職と見せかけて人体実験を継続しているのか、ならばこちらはそれを潰す提案をさせてもらおう、サラは評議会に新たな提案をする。


「今回の功労者は神獣騎士団のアナト、そして飛竜騎士団のバルアダンと聞く。彼らの功績を我らに聞かせてくれぬか」


 急使の一人が前に進み出て若い二人の英雄を讃える。

 アナトの作戦立案による魔獣への勝利、バルアダンが敵中突破してシャムガル騎士団の救援に向かったこと、そしてハドルメとの軍事衝突では飛竜喪失後のクルケアン軍の士気を高め、それにより停戦交渉が実現したことを告げた。

 貴族を含めた全評議員が彼らを二人を賞賛していた。ザハグリムでさえ、当然の義務だがよくやったではないかと手を打って喜んだのだ。評議員たちはハドルメの衝撃で失った自尊心を取り戻した。


「ならば元老!先の提案であった今回の北伐功労者の二名を元老院議員するという決定は彼らで問題ないと思う。しかしまだ功に対し賞が足りぬ。アナトは神殿の護民官として、バルアダンはシャムガル騎士団の残兵などを再編成した混成旅団の指揮官として功に報い、またクルケアンの未来を守ってもらおうではないか」


 評議会に次々と賛同の声が上がった。護民官は名誉職であり、実質の職掌はないものの階位は神殿長に次ぐ役職である。クルケアンの民を守った神官ダレトに相応しい。そして北伐で示した彼の知略と、武の祝福を持ち、先頭に立って敵を薙ぎ払い、味方を鼓舞するバルアダンに全ての兵科を集めて指揮をさせれば恐れるものは何もないかのように思えた。


 トゥグラトは苦い顔をした。バルアダンは中隊長に過ぎず、個の力は卓越しても権力はない。いつか対決する時が来ても、暗殺なり、数で攻めるなり如何様にも対処できるのだ。しかし、その彼が一定規模の武力集団の長となれば、果たしてどれほどの力を示すのだろうか。トゥグラトは将来において勝つための計算を、作った笑顔の内側で始めていた。


「よかろう。諸君にも異存はないようだからな。バルアダン旅団長には部隊編成の後に正式にハドルメとの国境の砦の警護を任せ、シャムガル騎士団の後を継いで名実ともにクルケアンの盾となってもらおう。また時期を見てハドルメとの武官交流を行い見識を高めてもらおうではないか」


 危険な男を危険な前線に配置する。派遣武官ともなれば常時、旅団と共に活動はできぬ。その時に神殿の長い手で彼の者の背中を刺せばいいのだ。


「元老、我が神殿のアナトにも護民官として箔をつけさせてやりたいと思います」

「箔だと? 護民官は十分に名誉ある職位ではないか?」

「実質が伴わない護民官ではバルアダンとの差が出ましょう。古来にあったようにクルケアンの市民集会を召集する権限を持たせればよろしいと思います。近いうちに、今回の北伐と都市計画について市民に直接伝える必要があります。若き神殿の英雄が演壇に立てば、飛竜騎士団の損失なぞ吹き飛んでしまうことでしょう」

「……よかろう。皆、異存はないな。それでは使節団の人員を推薦してもらいたい。議長、貴族と神殿、軍、ギルドからの人選を始めてくれ」


 何か大きな勘違いをしているような違和感をトゥグラトは感じた。違和感が形となり、その先にあるシャヘルの顔を凝視する。

 ……もとのシャヘルの意識はなくなっている。また、多くの魔獣の魂を溶かしこんだため、シャヘル以外の意識も変容しているはずだ。それに自分の命令に服従する呪いをかけている。先の護民官に関する進言も神殿を利するものであり不審な点はない。ないはずだ。


 それなのに何故、自分は冷や汗をかいているというのか。

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