第98話 神の鉄槌① 空の戦い

〈神の鉄槌第一段、黒き大地へ〉


 北伐五日目、朝日が差すと同時に、飛竜騎士団と神獣騎士団は黒き大地へ向けて飛び立った。竜と神獣の羽ばたきで砂塵が舞い踊る中、城壁から兵士の歓声が上がった。


 飛竜騎士団長のラメドはその歓声に腕を上げて応え、彼の後に七百騎が続いていく。


「まったく、復隊するものではないな。私だけに苦労をさせて、ヒルキヤはどこで何をしているのか……」


 ラメドは十年前に追放された同僚のことを想った。まったく、彼がいれば自分の苦労は半分に減ったに違いない。我が儘なサラの相手をしながら余生を送れたはずだった。それに剛毅な将軍であったヒルキヤがいれば、先代団長のべリアも道を誤ることはなかったはずだ。


「前方に魔獣!」

「なんと、あちらも攻勢をかけてきたか。それは好都合だ。太陽が天にあるうちに一体でも多く殺さねばならん」

「ラメド殿、アサグ連隊は高度を合わせこのまま直進します。あとはよしなに」

「アサグ殿、飛竜騎士団から三百騎を支援に回す。武勲を祈る!」


 ラメドは飛竜騎士団四百騎を率いて上昇した。眼下で飛竜・神獣騎士団が魔獣と激突しているのが見えた。ほぼ同数、そして正面からのぶつかり合いにより、数十の魔獣が落下していく。お互いの勢いがそがれたあとは、敵味方入り乱れた乱戦となった。


「こちらの連隊はいつ突撃しますか?」


 ニーナは戦場のやや後方で待機しているアナト連隊の次の行動指示を求めた。


「魔獣側も攻勢を仕掛けてきたことが気になる。全員、戦場をやや西回りで北へ向かう。第一大隊、北へ展開し偵察せよ。第二大隊、西へ展開し魔獣の伏兵がいるか確認だ。第三大隊は他の大隊の中間に位置し、敵がいる方向への即応態勢をとれ!」


 神官兵は神獣の上で一礼し、アナトの指示に服した。バルアダンとの試合の一件以来、神官兵はアナトの力量を認めていたのだ。また、今回の作戦が彼の提案であると知ってからは畏敬へと変わっていった。神官兵にとってアナトは神の栄光を、慈愛をその身で現した英雄であったのだ。


 アサグ連隊及び飛竜騎士団の混成部隊は、混乱する戦場を突き抜け、円を描くようにして魔獣をその後方に引き込んでいた。逃げる騎士団を魔獣が追う、もし地上に人がいたらそう考えたかもしれない。しかしそれはラメドの策であったのだ。戦場の東側、朝日が差してくる方向に待機していた飛竜騎士団四百騎は、その高度を生かして急加速し魔獣の後背を襲ったのだ。魔獣の悲鳴が響き、瞬く間に二百体以上の魔獣が斃された。


「まだだ、あと二百体はいるのだ。騎士団、そのまま斜め上方に返れ!」


 ラメドは最初の一撃後、高度を上げるために速度をやや落として宙返りを行った。魔獣は怒りの咆哮を挙げながら騎士団の後背に再び食らいつく。アサグ連隊と他の飛竜騎士団はラメドと距離を取って並走する。


「魔獣共よ、空の戦いというものを教えてやろう」


 ラメドは追いすがる魔獣を自らの飛翔円の軌道に誘導した。瞬間、アサグ達と交差し、彼らはラメドの軌道の反対側から円をなぞっていく。ラメドとアサグがそれぞれ円を半周した時、魔獣はその交点にいたのだ。アサグ達の一撃で魔獣は半数に減り、さらに宙返りで上空からの一撃をラメドたちが見舞ったのだ。ここに魔獣の群れは飛行手段を失った。


「第一段、我々の勝利だ!」


 戦場の騎士団が感じた高揚感は、西側からアナトの使者により打ち砕かれることになる。


「西側より、魔獣の騎士団襲来! アナト連隊が足止めをしています!合流を願います」

「魔獣の騎士団だと? 人が騎乗しているともいうのか!」


 ラメドが叫ぶ。獣では狩りにすぎない。しかし人が指揮するとなるとそれは戦争だ。知恵ある者の戦いはより凄惨さを増すだろう。ラメドは戦慄した。


「魔獣二百体、内、五十体は人が騎乗しております」

「数で押し返す、皆の者、西へ迎え!」

「ラメド団長、私の神獣騎士団は損傷がやや大きい。いったん東へ退いてから隊列を整えて合流させてもらいたい」

「了解した。アサグ連隊長」


 西側ではアナトの連隊が正面から魔獣騎士団と抗戦をしていた。西側に出していた大隊が魔獣を発見し、中央と北の大隊とを合流して向かったのだが、時間差ができ、それぞれの隊が劣勢のまま押し込まれていたのである。


「数はあちらが多い。全ての大隊が合流せねば押し負けるな」

「兄さん、どうするつもりですか」

「合流する道をこじ開けるさ」


 風が鳴った。アナトはその剛腕で槍を投げうち、二体を一本の槍で仕留めたのだ。魔獣が串刺しとなって地面に落ちていく。魔獣は自分たちとは別種の化け物を見たかのように、アナトと距離を開けた。


「第三大隊、私に続け! 第一、第二大隊の間にいる魔獣を蹴散らすぞ!」


 アナトは、ニーナから突撃槍を受け取ると、隊の先頭に立って魔獣の群れの中心に飛び込んでいった。彼は魔獣にとって黒い死の象徴であった。アナトを中心に円錐形に突撃し、正面はアナトが突き殺し、そこから逃げた魔獣は部下たちが三騎で一体を仕留めていった。彼らが魔獣の群れを突き抜けた後には大きな円形の空の道が現れ、態勢を立て直した第一・第二大隊がそこに流れ込み、合流したのだ。


「さて、魔獣よ、とどめだ」


 神獣騎士団がその槍や神獣の牙により魔獣を蹂躙している中、アナトは新たな血の匂いを北方から感じたのだ。そして、そこには新たに百体ほどの魔獣が見て取れた。


「人です、人が魔獣に乗っています!」


 魔獣の騎士団は、神獣騎士団をあざ笑うかのようにゆっくりと空に布陣していく。その先頭にいる人物がアナトに向けて声を投げつけた。


「神獣騎士団よ。獣相手に勝利を誇るか。だが、我らには勝てぬ。人の奢りと共に滅びるが良い」


 赤黒い頭巾を被ったその人物は淡々とそう語った。


「……伝令をラメド団長に。連隊、地上に降下して防御陣をしけ!」


 アナトは数で劣り、高度も取られている以上、地上での迎撃を選んだ。彼らが投擲の武器を持っている様子はない。突撃槍だけならば地上にいて高度を生かした突撃をさせないべきだ。また神獣は地上でこそ、その四肢の強さからの攻撃を活かしきれるのだ。上空に向けて槍衾をつくり、本軍の援軍を待つ。

 そう判断すると、アナトは長剣を抜いて地上戦に備えた。

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