第99話 神の鉄槌② ハドルメ騎士団

〈アナト達、謎の騎士団と邂逅する〉


「なぜやつらは襲ってこないのだ」


 アナトは魔獣の騎士団をみて苛立った。異形の集団は上空に三層にわたって展開し、アナトの連隊を包囲するように動かない。


「兄さん、あの人たち赤い眼をしている」


 アナトは上空の騎士を見やった。頭巾の下から赤い光が漏れ出でている。それは魔獣の眼と同じ光だった。


「……魔人か」

「そこの神官よ、弱きものよ。我らを人でないとて侮るな。また、安心するがいい。今はそなたらを殺しはせぬ」

「なぜ貴様らは魔獣を以て人を襲うのだ。クルケアンに恨みを持つ者か!」


 男は瞬間、アナトを見やった後、哀れみを込めた嘲笑を投げかけたのだ。


「神官、名を何という」

「神獣騎士団アナト」

「アナトよ、無知とは恐ろしいの。貴様は我らと同じ身体でありながら、真実を知らぬとは」

「同じ身体? お主も私達と同じ人間だというのか?」

「飛竜騎士団が来るまで待つつもりだったが、興が乗ったわ。相手をしてやろう」


 男は副官らしき青年とともに地上へ降り立った。乗騎の魔獣の頭を優しくなで、鞍から降りる。青年が男に兜と大剣を差し出し、男はそれを受け取った。


「アナトよ、こちらも名乗っておこう。俺はオシール。クルケアンに仇名す者よ」


 そう言ってオシールは大剣を構えた。禍々しいその大剣は男の眼と同じく赤黒く、鈍い光を纏っていた。


「オシールとやら、知っていることを、真実とやらを話してもらおうか」

「そうだな。お前には知る権利がある。それも俺に勝てたらの話だ」

「連隊、方陣を展開! 上空に警戒を怠るな」


 神殿に忠誠を誓うとは律儀なことよ、そうオシールは呟くとアナトに向かって大剣を振り下ろした。避けられると想定しての大振りの一撃であり、またアナトも危なげなく初撃を躱した。躱したはずだった。


 オシールの一撃は大地を砕き、剣圧でアナトは吹き飛ばされたのだ。巻き上げられた砂礫されきがアナトの身に降り注ぎ、剣を杖代わりにして立ち上がる。


「貴様、やはり人外か!」

「だから言うておろう、お主も同類だと」

「戯言を!」

「命乞いをしろ、そうすれば仲間に加えてやろう」


 オシールの挑発に対し、アナトはもはや答えぬまま、剣を構えて大きく踏み込んだ。それは恐怖を押し隠すためでもあり、後ろに控える妹や自分の連隊を守るためでもあった。

 オシールのその眼に嘲りの色は消え、強者に向かう弱者を賞賛するかのように、剣を構えなおした。

 守勢では負ける、そう判断したアナトは敢然と攻勢に打って出た。刃鳴りが響き渡り、斬撃の応酬が続く。遂にアナトは大剣の間合いの内に入りこみ、その柄で兜を殴りつけ、そのまま横に大きく踏み込みながら、刃を相手の大剣を持った手ごと横薙ぎに振るったのだ。騎士団から歓声が上がり、アナトも勝利を確信する。振り向いてオシールを捕虜にしようとした瞬間、彼は自身の頭上に禍々しい刃を見たのだ。


「兄さん!」


 ニーナが投げた槍がオシールの兜に当たって跳ね返る。その隙にアナトは跳びすさって間合いを取っていた。

 ニーナだけが油断せず、状況を把握していたのだ。ニーナは、アナトの一撃が、オシールの手甲は切り裂いたものの、その手は全く無傷だった様子を見ていた。


「逃げて、兄さん!」

「よい妹を持ったな。しかし、兄だけでなく妹も混じっておるか。……哀れよな。アナトよ、すまないが状況は変わったぞ。お主の軍はここで潰す。その後、妹共々我らと同行してもらおう。シャマール! お前はハドルメ騎士団を率いてこの者達と戦い、見極めよ」

「はい、兄上」


 シャマールと呼ばれた青年は魔獣を駆り、仲間と共に包囲網を縮めながら再び地に降り立った。そして魔獣はシャマールの支持のもと、その力強い四肢で地を揺るがしながらアナトとニーナ、その後ろの神獣騎士団に向かっていった。


「ハドルメ騎士団のシャマールという。兄上の命令だ。お主たちの力を見せてもらおう」


 アナトは鈍い頭痛が広がるのを感じた。オシールとシャマール、自分はどこかでその名前を聞いたことがある……。


「私は神獣騎士団のアナトだ。連隊、左翼の第一大隊を先頭に全軍突撃!」


 魔獣と神獣が激突する。数で劣る神獣騎士団は、その多くが魔獣の牙と爪に引き裂かれていった。赤黒い血が双方の魔獣を染め上げ、もはや区別はつかなくなる。


「第二、第三大隊、怯むな、イルモートの神の加護を信じろ!」


 アナトは、相手がイルモートの名を聞いた瞬間、人と魔獣を問わず怒号を放ったことに気付いた。このままでは戦意が高い敵兵に突破される、そう危惧したアナトは第一大隊長に指示を与え、そしてニーナには後方の第三大隊に伝令を頼み、それぞれを右翼と左翼として突出させる。そして敵の勢いが一番強い中央には彼自身が立ちはだかった。


「ハドルメ騎士団だと? 何者かは知らぬが、クルケアンを滅ぼさせるものか! 中央の第二大隊、突撃槍構え!」


 怒涛のような魔獣の攻勢を、アナトは逆に突撃することで抑えていく。しかし、シャマールの指揮のもと、第二波、第三波の攻勢を受け続ける中で次第に後退をせざるを得ない。


「もう少し、もう少しだ。皆、持ちこたえろ!」


 遂に第四波で中央突破されようとしたとき、アナト達の後ろから、一匹の飛竜が突撃し、その勢いを止めたのだ。


「飛竜騎士団?」


 アナトはその所在を確認しようと叫ぶ。しかし、上空にも地上にも騎士団は見当たらない。


「すまないが、騎士は私だけだ」

「バルアダン!」


 後方に控えていたバルアダンは、フェルネス隊の偵察に部下たちを同行させていた。その時、目のよいミキトの報告で、砂塵が不自然に舞い上がるのをみて、自分たちの中隊だけ降ろしてもらい駆けつけてきたのだ。いずれフェルネスが援軍を率いてやってくる、その報告を聞いた瞬間、アナトは勝利を確信した。もう少し持ちこたえればラメド団長とフェルネス連隊長とで挟撃ができるのだ。


「サリーヌ小隊、紡錘体形をとれ! ガド小隊、長弓を三連射、始め!」


 数は少ないとはいえ、至近距離からの水平射撃の弓矢が魔獣を襲う。先頭の三体ほどが倒れたとき、その屍を超えて次の魔獣が彼らを蹂躙せんと突進していく。バルアダンがサリーヌの第一小隊とともに突撃し、槍と魔獣の牙がぶつかり、鈍い音が戦場に響く。騎乗する人間がサリーヌ達に槍をふるおうとする瞬間、ガド小隊の投槍が彼らの頭上を襲う。魔獣と人間たちの動きが止まった時を狙って、バルアダンと第一小隊が剣を抜き放って乱戦に持ち込んだ。


 バルアダンの剣がうなりを上げて一撃で魔獣の首を切断する。続けて横合いから襲い掛かった魔獣を、剣の切っ先で肩口を抉る。魔獣は苦悶の呻きを上げながら噛みつこうとしたが、果たせなかった。バルアダンは魔獣の肩に食い込ませた剣をそのまま振り払い、その魔獣の首が胴体よりも先に地に落ちたためであった。

 一瞬で二体もの魔獣の首を跳ね飛ばしたバルアダンの凄まじい剣技を見て、遂に魔獣たちが怯み、その足を止めた。


「見事だ。貴方の名前は何という。私はハドルメ騎士団のシャマールだ」

「飛竜騎士団、中隊長バルアダン」

「バルアダン、そしてアナトよ。歴史に燦然と輝く我らがハドルメ騎士団の剣を受けてみよ」


 シャマールの目が赤く光り、細身の長剣を構えて二人に立ちはだかった。


「シャマール、ここまでだ。いつの間にか囲まれておる。お主、中央突破に意識を向けすぎだ。それに北東から飛竜騎士団が近づいてきておる。戦力が減った以上、今は撤退だ」


 神獣騎士団の第一、第二連隊がその機動力を活かして左右から突破しつつある。彼らは低空と地上で包囲を縮めるものの、兵数が少なく、その包囲は完全ではない。しかし、オシールは撤退を選んだ。


「兄上、お許しください」

「いや、俺の方こそだ。本来ならば飛竜騎士団を蹂躙しているはずが、意外な運命に出会うものよ。だから、つい遊んでしまったわ。……アナトよ、そしてニーナよ。近いうちに会いに行く。それまでその力に飲み込まれるなよ」


 オシールはそういい終えると、ハドルメ騎士団と名乗った異形の軍隊は、弱っている神獣騎士団第三連隊を飛び超えて上空に消えていった。

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