第89話 騒がしい老人たち

〈セト、車輪のギルドにて〉


「サラ導師の紹介できました。セトといいます」

「同じくエルシャと申します」


 サラ婆ちゃんからの推薦状をもって、僕たちは車輪のギルドの三十二層の支部に向かった。車輪のギルドはクルケアンの三大ギルドの一つで、ギルドの総会でも大きな力を持つ。政治の中心が評議会であるならば、経済の中心はギルド総会なのだ、とサラ婆ちゃんはいっていた。この日は僕たちのアスタルトの家をギルドの下部組織として認めてもらうために来たのだ。


「車輪のギルドへお行き。あそこはダルダやアルルも所属していた、公共事業などを担当しているからね。お主たちのやろうとすることはきっと評価してくれるはずだ」


 そうして、僕たちは紹介状を握りしめて、ギルドの門をたたく。


「おや、君たちは、アスタルトの家のセト君とエルさんだね」


 穏やかな顔をした男の人が僕たちを迎えてくれた。前に一度来たエルはともかく、僕は初めてであったので、立派な店の構えを見て少し緊張していたらしい。エルがしっかりしなさいとばかりに、脇を小突いて来る。


「始めまして、私は車輪のギルドで事務をしているソディと言います。今日のご用件は何でしょうか?」


 そういってソディさんは僕たちを奥の部屋に通して、お茶を出してくれる。何でも今、暇をしているそうで、内緒だよ、と言って人差し指を口に当てて笑っていた。


「実はソディさん、僕たち星祭りの時のお金で工房を作ったんです。それでギルドに正式に加盟して自分たちの商売を始めたいと考えています」

「サラ導師から紹介状を預かってきました。わたし達はクルケアンの役に立てるよう、機械を用いてより生活を便利にしていきたいと考えています。どうか支部長にお取次ぎください」


 ソディさんは目を細める。子供に対する扱いから対等な立場へと切り替えたのだ。目の前にいるのは三大ギルドの支部で活躍する、事務の専門家だった。


「よろしい。では紹介状を預かります。皆さんはしばらくここで待っていてください。手続きと加盟の面接を行います。よろしいですね」

「「はい」」


 ソディさんは支部長に取り次いでくるといって、奥に入っていった。


「エル、支部長ってどんな人かな?」

「きっと怖い人よ。だってこんな大きなギルドだもの……」

「もっと小さいギルドに加盟した方が良かったのかなぁ」

「でもここが一番、わたし達のやりたいことと合ってるのよね」


 エルと二人でまだ見ぬ支部長の顔を想像する。やがて不機嫌な時のサラ導師と怒った時のバル兄と、襲い掛かる魔獣を足して二で割ったような人物に想像がまとまったところで、足音が聞こえてきた。


「ギデオン様、こちらです」


 ソディさんの声が聞こえてきた。足音はやがて大きくなって、自分たちの想像に怯えて心臓の鼓動が早くなる。ギデオン? どこかで聞いた名だ。まるで爺ちゃんのような……。


「爺ちゃん!」


 僕は大声を出した。目の前にいた支部長は、旅に出ていたはずの爺ちゃんだったのだ。

 たまにふらっと戻ってきては僕の頭をわしゃわしゃと撫でてまたすぐに旅に出る。そんなお爺ちゃんだった。


「セト、それにエル、久しぶりだのう。すっかり大きくなったな」

「ギデオンおじい様、お久ぶりです」

「何と! あのエルが、おじい様、と言ったのか。セト、儂は耳がおかしくなったのか?」

「そうだよ爺ちゃん。耳がおかしくなったんだよ!」

「セト!」


 そう言ってエルは僕の頬を両手でつねる。その光景を見てギデオン爺ちゃんが安心したように僕たちの肩を叩いた。


「よし、よし、二人とも変わりはないな。ソディ、儂はあの場所で面接をするつもりだ。サラ導師の書状の通りあの三人をここに手配しておいてくれ」

「了解いたしました。支部長」


 ソディさんは一礼して、建物の外に出ていった。


「さぁ、セト、エル、秘密の場所に案内してやるぞ!」

「え、ソディさんはいいの?」

「あいつには別にすることがあるでな。後で合流するよ。ほれ、いくぞ若者、老人に遅れるなよ」


 ギデオン爺ちゃんがすごい速さで外壁の階段を走っていく。四十七層の使われていない小塔の横に来た時にやっと足を止めた。そして、小塔に飾られた飛竜の彫刻を右に左に回しはじめる。やがて軋む音が聞こえて隠し扉が開いたのだ。


「ほら、入れ、入れ」


 いたずらっ子のような目をしてギデオン爺ちゃんが扉の奥にするりと入っていく。僕たちも慌ててそれに続いた。

 そこは空気用の穴以外は密閉された塔で下に階段が続いている。太陽の祝福の魔力をどこからか繋げているのだろう、塔内は暗くはなく、また、外壁に面しているので外の光が隙間から差し込んでいた。


「どこまで下りるの?」

「もう少し下までだ。大体三十四層まで降りるぞ」

「えーそれなら三十四層から入った方が良かったんじゃないの?」

「理由があってな。入り口は四十七層にしかないんじゃ」


 やがて塔の壁に大きな扉が現れ、ギデオン爺ちゃんは扉を叩いた。


「我、外界より来る。船と車輪を持って内と外を入れ替えん」


 その後に小さな声で呼びかけに応える声が聞こえた。


「ギデオンか、入ってくれ」


 内部から鍵を外す音が聞こえ、お爺さんが顔を出した。


「おや、お客さんか」

「あぁ、儂の孫とその友人だ。以前話したろう? お前たちも早く中へ入れ。面白いぞ?」


 足を踏み入れたその部屋は、秘密の隠れ家というものではなく、優に十家族は住めるくらいの広さを持った、多層にわたる吹き抜けの住宅だった。中には何人かの従業員が書類の整理や設計をしている。

 案内をしてくれたお爺ちゃんは、自慢するかのように手を広げた。


「設計は商売敵に狙われやすいからな。こうして趣味を兼ねて工房を外壁に作っているんだよ。入り口は四十七層だけだ。本部付の設計士と、ギデオン、ソディとその部下、そして君たちしか知らない、技術者の楽園だ!」


 そして老人は歯をむき出して豪快に笑った。


「ようこそ車輪のギルドへ! 私がギルド長のカムディだ」

「ギルド長!」

「こいつはな、ギルド長と祭り上げられてはいるが、経営は何にもできないのよ。百七十層全てがギルドの工房だが、こいつは面白いと思った仕事だけを選んで、ここで仲間内で楽しんでいるのさ。困った老人だ」

「うるさいぞ、その共犯者のギデオンよ。あぁ、セトよ、お主の祖父ほどあくどいものはおらぬぞ。先も、あやつが昔、海の向こうから持ってきた本に書いてあった、雷を再現する機械を作るのだ、といって皆を巻き込んだ結果、体がしびれただけで終わったわ! まったくひどい目にあったものだ」


 そういってカムディさんは笑った。何だかんだでお爺ちゃんとは仲がいいらしい。


「あの、わたし達、ギルドに加盟したくて、面接に来たのですけれど?」

「あぁ、その面接じゃが、カムディ。お主にお願いしようと思うてな」

「よかろう。ギデオンほどの男の孫ならきっと儂を楽しませてくれるであろう」

「二人とも、こっちへ来い!」


 そう言って、カムディさんは僕たちにあるものを指し示した。

 それはクルケアンの大きな模型であった。


「面接は簡単じゃ、クルケアンの都市の欠点を儂に示せ、そしてその改善方法を本部付きの設計士に説明せよ、それでよいなギデオン?」

「儂の孫だからと言って甘やかしたりはせん! セトよ、エルよ。車輪のギルドに加盟したいのであろう? ならば都市設計について一家言あるはずだ。楽しみにしているぞ」


 そう言ってお爺ちゃんたちは足を組んでふんぞり返った。

 僕はエルを見る。エルも僕を見て頷く。クルケアンの頂上を目指す者として、そして皆の幸せを願うアスタルトの家として、僕たちはこの面接に挑むのだ。

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