第88話 夢をかなえる場所

〈エルシャ、自分たちの工房を求めて〉


「セト、早く、早く。急がないと貸し出されてしまうわよ!」

「待ってよエル。大丈夫だよぉ」


 わたしは星祭りの日で得た報奨金を持って三十二層にあるギルド支部に向かった。そこで家と窓ベト=ヘーのギルドへ向かっていた。


 星祭りの翌日の夜、私たちはアスタルトの家の仲間たちと、タファト先生、イグアルさん、サラ導師と一緒にささやかな宴会を開いていた。皆で報奨金と市民からの寄付金を数える。……大金貨にして十枚。家族が数年ほど暮らしていけるほどのお金を私たちは手に入れたのだ。もちろん協力してくれた白蛇に見張番の友人たちにも分けるつもりだ。浮かれたわたし達は大きな工房を借りられると喜んだ。


「明日、工房を借りに行くよ! わたしとセトが物件の押さえね」

「じゃぁ私は内装関係を、エラムは工房の機械の手配ね」

「では俺とサリーヌはトゥイとエラムの手伝いだな。午前中なら大丈夫だ。だけどな――」

「みんな、ごめんなさいね。私とガドはもうしばらくしたら騎士団見習いとして一日中、兵学校で軍務につくの。手伝いができるのが夜と非番の日ぐらいになってしまうわ」


 ガドとサリーヌは申し訳なさそうに皆にそういった。


「大丈夫よ二人とも。アスタルトの家は何かあったらこうやって集まれればいいの。それに、サリーヌはこれまで通り、ガドも先生の家を出て三十三層のサラ導師の学び舎の部屋を使うつもりでしょう?」

「あぁ、ダレトさんの部屋を使わせてもらうつもりだ。……ダレトさんの私物はサリーヌに預けてね」

「なので先生の学び舎もそこに移動します!」


 わたしの発言にガドが驚いて先生を見る。タファト先生はガドに心配しないで、と言ってその理由を語った。


「サラ導師の厚意に甘えたの。あそこならサラ導師との連絡もしやすいし、何かあった場合の対処もしやすいから。それにガドやサリーヌも軍務以外の勉強も必要でしょう。夕方や非番の日には座学を教えてあげましょう」


 座学が続くことに少なからず衝撃を受けたガドではあったが、それはそれとして嬉しそうだ。彼は先生が自分のために個人の幸せを犠牲にしていると考えていたのだ。それもあって家を出るつもりでいたのだが、まだ先生とのつながりが残ると知って内心ほっとしたのだろう。後はイグアルさん次第である。横目でイグアルさんを見るが、お酒を飲んでにこにこしているだけで、何も分かっていないようだ。


「タファト導師、ありがとうございます。まだまだ学びたいことがたくさんあります。本当に嬉しいです」

「サリーヌはいい子ね。これはガドも負けてられないわね」

「座学でもサリーヌと勝負するのか!」


 ガドの悲鳴を聞いて、みんなで大笑した。


「イグアルさん、工房を作ったら、水の祝福の指導もそこで受けることは可能ですか? エラムと色々な機械を作って、クルケアンの生活に役立てるためには現場で学んでいきたいんです。それに、イグアルさんの助言も欲しいんです。イグアルさんも工房で先生のお姉さん達の手伝いをしていたとガドから聞いています」

「分かったよエル嬢ちゃん。私ももう一度、ダルダ先輩の手伝いをしてみるよ。君たちは立派に先輩たちの遺志を受け継いでいる。後輩の私が何もしないでは、きっと天国に行ったら怒られるからね」


 そして、イグアルさんは、もともと午後は君の指導に当たるんだから、場所はどこでも構わないよ、と言ってくれた。よし、これで頼もしい味方を引き込んだし、別の計画もこれで進んだ。ちなみにわたしとセトはその計画を、良き相談役イオレ=ペレー計画と呼んでいる。


「僕から提案いいかな? クルケアンの家の工房で最初に作りたいものがあるんだ」


 みんな一斉にエラムを見る。エラムにしては珍しく話を切り出すのを迷っているようだ。


「三十四層の施薬院、もちろん騒動があった場所ではなく、薬草園のところなんだけどね。あそこの荒廃がひどいんだ。エルと先生の祝福の力を使って薬草園を復活させたい。多くの人がそれで救われると思うんだ。勿論受注から始めないといけないんだけど」

「「賛成!」」


 提案したエラムが面食らっている。薬草園の生産については前に聞いていたし、ガドが目を輝かせて語ったことのある、ダルダさん達のような水道橋をいきなりつくることは出来ないだろう。わたし達の最初の仕事にちょうどいいと思ったのだ。


 翌朝、朝一番でわたしはセトの手を引っ張って駆け出した。家と窓ベト=ヘーのギルドに駆けこんで、目当ての建物がまだ空き家かどうか確かめる。

 急いているわたしに、家と窓のギルド支部のお姉さんは笑顔で、まだ空いていますよ、と言ってくれた。私とセトは手をたたいてその喜びを示した。

 保証人などはサラ導師にお願いしているので問題なく許可され、半年分の家賃を払い、その他の事務手続きを終えてわたし達は拠点を手に入れたのだ。そこは三十二層の北側の物件だった。


 昼になり、エラムやガド達と広場で合流して、わたしはみんなを工房まで連れていく。


「おぉ、これがアスタルトの家!」

「広いな、これでエラムも物を作り放題だな。でも何で北側なんだよ。俺なら南に近い方へ借りるぜ? 広場にも近いしな」

「ガド、甘い。砂糖菓子の様に甘いよ君は」


 わたしは大げさにガドに対して失望してみる。

 抗議するガドを無視してサリーヌに耳打ちする。サリーヌは春の妖精が微笑んだような顔をして、素敵ね、と言って、私とセトの計画に賛同してくれた。


「ガド、そこの放置されている梯子を持ってきて支えてくれない? 少し上に細工をするわ」


 ガドは狐に包まれたような顔をして梯子を支える。サリーヌが躍動的にその梯子を上っていき、天井にまで手が届く位置まで来た時、サリーヌは剣を抜いた。それはサラ導師がダレトさんに渡した剣であり、今はサリーヌが大事に持っている。


 サリーヌは剣に祈るように魔力をそこに込め、そして魔獣石でできた天井に突き刺し、魔力を流し込んだ。


「変化せよ」


 希少な月の祝福の力で石が天井から抜け落ちた。予定よりも大きく天井が空いてしまったがまぁ、いいだろう。


「危ない!」


 力を予想以上に使ったサリーヌが梯子から足を滑らした。皆が叫んだが、ガドが冷静に状況を見ていたらしく、サリーヌをきれいに抱きかかえてくれた。


「ありがとう、ガド。流石は小隊長ね」


 抱きかかえられたままサリーヌはお礼を言う。ガドは少し照れながら、まぁこんなもんだよ、と訳の分からない強がりを言って彼女を優しく下した。


「しかし、エル、天井に穴をあけてたら上の住人に怒られるぞ?」

「ん? 大丈夫だよ。だって上は――」


「うわぁぁぁ!」


 そこに男性が落ちてきた。ガドがすかさず男性の頭を守って、衝撃を受け止めた。


「イグアルさん、どうして?」

「あいたた、……どうしてって、私のそれは言葉だよ。エル嬢ちゃんに午後は三十三層の学び舎で水の祝福を練習するのでこっちに来てくれといわれて、部屋に入ったら穴が開いていた」

「エル、つまりここって」

「そうよガド、ここが私たちのアスタルトの家。三十二層の工房、三十三層の学び舎! そして北壁沿いに上がってサラ導師の家。こんなにいい物件ないでしょう? これでみんな一緒に活動できるんだから!」


 私の良き相談(イオレ=ペレー)役計画はこれで半分は成功した。勿論、サラ導師にもお願いして許可はとってある。サラ導師はわたし達を守るためにも丁度いい、と言ってくれた。後で古い本棚や生活道具などをもらう予定だ。とはいえ、もう半分の計画は成功が危ぶまれる。何といっても……。


「きゃぁぁ!」


 イグアルさんと同じように、今度は女神様が滑り落ちてきた。イグアルさんが慌てて女神様を受け止める。おっ、これは計画通り順調に、と思った瞬間、支えきれずにイグアルさんも一緒に倒れこんだ。


「一体何があったの!」


 タファト先生がぼさぼさになった髪でわたし達を見渡した。イグアルさんは先生の下敷きとなって目を回している。まぁ、身を挺して守ったことは評価に価するのだろう。計画はまだ始まったばかりだ。焦る必要はない。いや少しは焦ってほしいのだが。しかし皆が一緒になる環境を作ったのだからあとは流れに任せるしかないのだ。


 こうやってわたし達の工房と学び舎はその産声を上げたのだ。

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