第82話 星祭り①
〈エルシャ、星祭りの会場にて〉
「ではわたし達の観測方法と意図について説明します」
「エルさん、でしたね。物語を観測に仮託したのは分かったのですが、具体的な位置づけも説明してください」
ギルド長のリベカさんはわたしの名前を知っていた。やはりサラ導師と仲がいい御方なのだろう。
「今日は星祭りです。観測を楽しみにしている市民に楽しんでもらえたら、と思って分かりやすいお話にしてみました。ここからは報告です」
「よろしい、続けてください」
「まずわたし達は、高層からの観測、下層からの観測、また入り江の塔からの観測の三点の観測を続けてきました。初期観測結果から計算し、今日の正子(零時)、クルケアンの頂上に上る星を七つとして予測しました」
「しかし、あなたたちの予測は二つの星ですね。観測結果からどうして外したのですか?」
「はい、それは月の存在です。私たちが観測した七つの星はそれぞれ一等星一つ、二等星一つ、三等星二つ、五等星二つ、六等星一つでした。月の大きさや位置によって等星の低い星は見えなくなるため、そこからは月の大きさとその位置によって六等星以上の星の輝きがどう変化するかに主眼を置いて中期の観測を行いました」
「対象を直接観測するだけでなく、他の要因も絡めるとは面白い発想ですね。でもなぜその発想に至ったのですか?」
「先生の教えです。観測は双方からの認識で成り立つもの。また、観測者は一人とは限りません。太陽が星を見ているときは、わたし達は星が見えません。星からは太陽とわたし達が見えているはずなのに。片思いの相手がいても、他の恋敵にとられてしまうようなものです。観測は当事者たち全員の視点が必要だったのです。だから、夜の場合は観測者に月を入れて考えてみました」
さぁ、あとは例の発表をするだけだ。ほっと一息をついたとき、リベカさんは鋭い質問を投げかけてきた。
「白蛇や見張番の方々も巻き込んだと聞いていますが、その目的は? これがギルドであるならば、利益が減ることに繋がりますが」
「それは、その方が楽しかったのと、観測の数が増えれば予測の精度も高まります。そう考えたからです」
やはりいけなかったのだろうか?
私は、楽しいと思ったのだ。でも、こういう考えはギルド的にはだめなのだろうか?
「エル、楽しいだけで利益を減らすのはいかがなものでしょう」
考えに詰まった。どう考えても理論ではない。私は感情にまかせて行動したのだ。
「リベカさん、エルの考えは間違っていないよ!」
セトが大きい声で主張した。セト、弁護してくれるのは嬉しい、嬉しいのだけど今はまずい。リベカさんは利益の説明を求めているのだ。
「リベカさん、利益は得ているんだ。ちっとも減っていない」
「もし、あなたたちの観測が正解なら、報奨金の分け前は減りますよ」
「今回、エルは僕たちアスタルトの家以外に十名程の訓練生を巻き込みました。楽しかった! あんな楽しい時間を過ごしたことはなかったんです。昼下がりに一緒にご飯を食べたり、お互いの観測を批評したり、泊まり込んでそのまま床に寝たり、起きて一緒に笑ったり!」
リベカさんはセトの啖呵を聞いて少し笑った。
「僕たちはもう友達なんだ! 今後、何か苦しいときがあったらお互い助け合います。これって人生の利益でしょう? 分け前が減る以上の利益を僕らは得たのです。たったそれだけのお金で友人が得られるなら、こんなに得なことはない!」
「よろしい。あなたたちが得たものは分かりました。報告は以上でよろしいでしょうか」
「待ってください。あと一つ、報告することがあるのです」
後ろを見ると、エラムが走りながら叫んでいた。
間に合った! 彼は望遠鏡を持って肩で息をしながらリベカさんの前に立った。
「僕はアスタルトの家のエラムです。星祭りの観測の報告をしにきました」
「でもあなたは遅れて会場に来ましたね。審査に関する報告はできません。下がりなさい」
リベカさんは厳しくそう言い放った。
「審査に関する報告ではありません。星祭りを、あなたを含めて、みんなで楽しむための報告です」
「私も、ですか。まったくアスタルトの家はどこまでも予想を超えてきますね。続けなさい」
「今日、正子(零時)にクルケアンの頂上に
ギルドの面々がざわめく。悠然と座ってお酒を飲んでいるのはアバカスさんだけだ。
「赤光がクルケアンで見られるのは難しい。それも予測をするなどとは……」
「望遠鏡を見るだけが観測ではありません。ギルドの方々。文献からも観測はできるのです」
エラムは役者の様に審査員を見渡す。
「セトをはじめ、白蛇や見張番の皆でここ五百年近くの観測資料を分析しました」
「五百年分!」
「民間伝承も含めた様々な文献をです。そこから今回の赤光の周期が百十二年周期であることを僕たちは観測したのです。これは皆の力なくしてはできない調査でした。もちろん星そのものではないので、依頼とは関係ありません。ただ、依頼者の思惑がクルケアンの若者への公開試験そのものを市民と楽しみたい場合、僕たちとしては、ただ正解を発表するだけではもったいないと思いました」
「エラム、あなたもエルやセトと一緒で、楽しみを重視するのですね」
「はい。もしこの観測が正解した場合、今日、クルケアン市民は、初めて赤光を楽しむことができます。だっていつ現れるか知らない赤光など全員で楽しむわけにはいかなかったでしょう? 僕は提案します。今日、皆さんは有史以来、最高の星祭りを体験することになる。その興奮、その優美さ……。もはや金銭に置き換えることはできない価値があります。そして、その祭りを運営したギルドへの市民の評価も上がるでしょう」
エラムは恭しく、審査員たちに礼をとった。
「見事だエラム。そしてアスタルトの家よ。もし赤光が出ればそなたたちの功績は大きいものとなるでしょう」
「ありがとうございます。そして厚かましいですがお願いがございます」
「なんでしょうか」
「依頼の観測が正しければ、お伽噺を作ったトゥイを褒めてほしいのです。そして、赤光の観測結果が正しければ、そこのエルを褒めてほしいのです。トゥイの創作話は長く人が語り継ぐことになるでしょう。エルの人を集め、共に行動していく能力は今後も様々な依頼に反映されるでしょう。これほど貴重な才能はこのクルケアンに輝く星に匹敵するかと存じます」
「わかりました。結果が正しければ、その願い聞き届けましょう」
ギルドの席から、そしてその後ろの市民の席から歓声が上がった。
「みんな、今日は特別な星祭りになりそうだぞ!」
「今から酒場に行ってトゥイ嬢の星話を伝えにいくぞ!」
クルケアンの町が一挙に騒がしくなる。今頃はサリーヌとガドが、トゥイのお伽噺を印刷した紙を町中に貼っているはずだ。その紙には赤光のことも書いてある。
ありがとう、エラム。あなたのおかげで伝えたいことは全部出し切ることができた。
さぁ、後は結果を待つだけだ。アスタルトの家を、その仲間の名を、このクルケアンに響かせるのだ。
大事な人を失った悲しみは、泣いた夜にセトがきれいに持ち去ってくれた。
とまどいはエラムが説明してくれた。
トゥイの物語は希望を持たせてくれた。
ガドとサリーヌは強くなる覚悟を教えてくれた。
彼らがいたから、わたしは前に進むことができる。
わたしは、もう誰も取りこぼしはしない、そう自分に誓ってみんなの輪に飛び込んでいった。
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