第81話 星祭りと童話作家

〈エラム、渾天儀のギルドの図書館にて〉


「エラム、星祭りの報告にレビの事も入れたいんだ」


 発表の前日、セトとエルが相談に来た。


「何処かにいるレビやダレトさんに僕たちが探しているということを知って欲しい。またクルケアンの市民にも知って欲しいんだ。そうすれば何か情報も入りやすいと思うんだ」

「そのために、わたし達の発表方法だけど、エラム、少し変わった方法でもいい?」


 彼らは観測報告の最初の部分を、お伽話の様に話すことを提案したのだ。


「会場には多くの市民が詰めかけている。訓練生の予測をすぐに掲示してみんなで批評しているんだ。だから、そこで分かりやすく、興味の引く内容のおとぎ話にすればクルケアン中の話題になるよ」

「セト、僕もいい提案だと思うよ。こちらからレビたちを探すためにも、状況を作らないとな。しかし、そんな都合のいいお伽話が今から作れるか?」

「大丈夫。わたしとトゥイで大体の流れはできてる。前に百層でレビと話した時に、星とレビを結びつける話をしていて、それがおとぎ話を創ろうというきっかけだったんだ」

「すごいよ、セトとエルも。僕にできるのは計算だけだな。正直うらやましい」

「何をいっているの! 僕もエルも計算が大の苦手なんだよ。特にエルは先生の試験問題を出された時なんか、半泣きでバル兄に教えてもらってさ」


 セトはエルに羽交い絞めをされ、口をつぐんだ。


「わたしから見れば、エラムの方がすごいんだから。だから、お伽話で時間を稼ぐので、正午の黒点の観察を終えてすぐに戻ってきてよ!」


 エルはそう言ってセトを引っ張っていった。トゥイがこちらを見て頷く。


 深夜、僕とガドとサリーヌが赤光のゆらぎを観測していた時、トゥイが夜食を持ってきたついでに、レビのためのお伽話を聞かせてくれた。


「レビとその兄は友人と共に階段を下りて幸せに暮らすのでした」


 僕とガドは拍手で、サリーヌはトゥイを抱きしめて感謝することで、彼女に最大限の賛辞を表した。


「なぁ、エラム。神様ってやつは、空に落ちて地上に戻ってこれないのかな」

「空に落ちる?」

「あぁ、だって空って何も引っかかるところがないだろう? 五百年前に階段都市を作り始めたのだって降りるための階段が欲しかったに違いない」


 皆、ガドが案外詩的なことに驚いた。でもこんなに美しい星空の下にいるとそうも思えてくる。だから、誰もガドを笑わなかった。


「……愛しい人よ、クルケアンの大階段を登って私を迎えに来てほしい、か」


 もしこのクルケアンが大切な誰かを迎えるために作られたのとしたら、とても素敵なことだ。


「エラム、クルケアンの頂上を見てくれ! あれが、揺らぎってやつじゃないのか」

「観測する。サリーヌ、今の時間を記録していてくれ。トゥイ、観測器アストレベを貸して! 僕の望遠鏡に取り付ける。ガドは目がいい。裸眼でいいのでそのまま形の変化を見ていてくれ」


 確かに空の揺らぎ、小さな赤光がそこにあった。わずかに観測できる程度だが、観測開始から半刻ほどその揺らぎは続いていた。セトの文献調査班の報告と状況を照らし合わせてみる。明日正午の黒点観察で、「槍兵が穂先を揺らす」ような形をしていれば、いよいよ「クルケアンに二十日にわたり神兵が空を駆け巡った」状況と酷似する。明日で確信が持てる。伝承の通りの変化か、否か。僕は寒さ以外の理由で身震いした。


 サリーヌとガドは明日の試合があるので早めに帰宅させ、まだ手伝う、といって聞かないトゥイには、風邪をひいたら明日に差し障るので休むよう言い聞かせる。


 一人、夜空の下で考える。今日の昼の黒点観測でアバカスさんはこの状況を知っていたかのようだった。彼とその仲間たちの異名である天の設計者オグドアドはどこまで知っているのだろう。神殿といい、軍といい、一部の人たちがクルケアンの秘密を握っている。それはサラ導師のような陽の当たる場所を歩む人ではなく、日陰の、裏で潜む人たちの間で握っている秘密だ。その人たちにとってこのクルケアンは愛する人を迎えに行く階段なのだろうか。それとも憎い人を引きずり下ろすための梯子なのだろうか。考えは浅く、知識も足りない。真相まで観測するにはまだまだだ。僕は大きなくしゃみをして、風邪を引く前に帰ろうと図書館までの道のりを急いで歩いていった。


 図書館の応接室、小部屋にはアスタルトの家、白蛇メレトセゲル見張番アギルマの連中が椅子や、床、長椅子などに寄りかかって熟睡していた。みんな本を枕にしたり、史料に埋もれていたり、他人のお腹を枕にしていたり、それで苦しんでいるものがいたり……。そんな光景を見て、クルケアンの秘密だとか怖い話は頭から消え去ってしまった。こんなに多くの仲間がいる。こんなに自分は楽しい日々を過ごせている。なら、明日は自分の好きな人達のために最高の観測を示してやろう、そう思っていると僕も眠くなり、望遠鏡を抱いたまま、長椅子で寝ているトゥイの横で意識を失った。


 鳥の鳴き声が聞こえる。あぁ、朝だ。朝はガド達の応援に行って、それから正午に観測を……。あれ、寝ぼけた頭に笑い声が響いてくる。いったい何があったのか……。


 重い瞼をこすって目を開ける。そこにはセト、エルが僕を見てニヤニヤと笑っていた。アバカスさんやイグアルさんは暖かい目で笑っている。


「おはよう、みんな。……何かあったの?」

「エラム、トゥイを泣かせたら承知しないからね」

「イグアルさん、これが見本だと思うんです」

「セト君、人はみな違ってそれが美しいんだよ」

「いや、セト君が正しい。イグアル、お前はいつもそう言い訳をするんだ」


 不思議そうな顔をする僕にセトが下を指さす。

 そこには僕の膝の上で眠っているトゥイがいた。そして彼女の手は僕の手を握っていたのだった。

 少し恥ずかしかったけれど、囃し立てる皆に向かって、人差し指を口に当てる。


「今日、大活躍する予定の童話作家様だ。もうしばらく寝かせておいてあげよう」


 セトとエルが嘆声をあげ、イグアルさんが唸り、アバカスさんが笑う。


 さぁ、今日は星祭りの日だ。僕が元気に活動できる最後の一年の、最初の一歩となる日だ。トゥイの髪をなでながら、皆のために全力を尽くすことを未来の童話作家に誓ったのだ。

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