第80話 レビヤタンの兄探し
〈セト、星祭りの会場にて〉
「エル、早く、早く!」
「ちょっと待ってよ、セト!」
僕とエルは星祭りの会場である十五層の公園に向かって走っていく。
十五層外縁部にある大公園は、四季咲きの薔薇に溢れており、特に青い薔薇が多く咲き誇ることから、僕たち最下層のクルケアンの市民は青の庭園といっている。
庭園の中心部には噴水があり、それを半円に囲むように簡易のギルドの席が置かれていた。
簡易といっても、車輪のギルドをはじめ、
「あ、アバカスさんだ!」
アバカスさんが所属する
「セト君、今日は応援しているからね! ……うちの図書館の資料に紅茶をこぼした分はしっかりと請求するから、必ず賞金を得るように!」
「あはは! アバカスさん、応援ありがとうね!」
「お、おい、セト君、請求をだね……」
僕たちは急ぎ足で噴水側に設けられた自分たちの席に向かう。
「セト、あそこにいらっしゃるの、サラ導師じゃない?」
「そうだ。サラ婆ちゃんだ。その横にいるのは誰だろう?」
「きっとギルドの偉い人よ。ほら、前にサラ導師はギルドと手を組んで神殿に対抗するって言っていたじゃない」
サラ導師の横に座っている人は、導師と同じくらいの年齢の老婦人だった。導師が歴戦の武人と例えるならば、こちらは優しい老女王様という雰囲気を醸し出している。時折、サラ導師に楽しそうに話しかけ、サラ導師も苦笑を浮かべてそれに応じている。
「仲良さそうだね。エルはどう思う?」
「そうね。サラ導師があんなに楽しそうなの初めて見るわ」
依頼を受けた訓練生が座り始めた。エラムだけ黒点観察を百二十層で続けているので後で合流することになる。依頼の観測は既に終えているので、エラムは最後に登場し、赤光を予測することでギルドの大人たちをびっくりさせるのだ。
老婦人が席を立ち、何人かのお供を引き連れて演台に向かう。
「訓練生の皆さん、ギルドを代表しまして、私、ギルド長のリベカが星祭り開催の挨拶をします」
外見の通りに、おっとりとした、優しい話し方をする人だ。サラ婆ちゃんの毅然とした物言いもいいけれど、リベカさんの話し方はなんだか安心する。
「ギルドは毎年、星祭りに関連した依頼を出しています。今年は車輪のギルドから観測の依頼を出してもらいました。観測は過去と現在、そして未来を知る行為です。あなたたちの結果がいずれギルドに所属した時に大いなる力となってくれるでしょう。また、私たち審査員を納得させてこそ、依頼の達成です。健闘を祈ります」
次々と訓練生が呼ばれ、リベカさんをはじめ、ギルドの面々に観測結果の報告や、資料の提示などをしている。僕たちは待っている間、資料や、お互いの分担を確認していた。
「セト、緊張しているの?」
その青い目を一杯に見開いて僕を心配してくれる。
「少しね。でもあれだけ頑張ったんだ。ガド達の様に結果を出さないとね」
そういった瞬間、エルはまた僕の頬をつねる。でもつねるその指の力は優しく、ともすれば添えるようだった。
「馬鹿もの。結果は後でついてくるのだ。楽しんでことを為さねば、人生面白くないぞ」
「……サラ導師の真似かい? エル」
「あれ? 似ていなかったかな。ま、まぁ、それは置いておいて。らしくいこうよ、セト」
「うん。分かった。任せておいて! トゥイもエラムが来るまで進行よろしくね」
「大丈夫。大丈夫よ。みんな」
「トゥイこそ大丈夫?」
「うん、本番が始まれば大丈夫だから。……きっと」
「エル、やっておしまいなさい」
「よーし、トゥイ、緊張をほぐしてあげる。喰らえ!」
エルは手をわきわきさせて、トゥイににじり寄る。逃げようとするトゥイは哀れ、エルの長い手に捕まった。トゥイの頬を掴んでこねまわし、またわき腹をくすぐる。叫び声が上がったような気がするが、仕方ない。これもトゥイのためだ。
エラムがいなくて本当に良かった。トゥイにとっての王子様であるエラムは、姫を守るため、悪竜に立ち向かう騎士のごとくエルの暴虐と対抗するであろう。
「そこの訓練生、静かにしなさい!」
「はーい!」
「だから静かに!」
審査員に窘められて、再び席に着いた。トゥイは何が何だか分からなくなっていたようで、座ってからも、あはは、と笑っている。……緊張はほぐれたはずだ。うん。
審査員の後ろの席が騒がしくなる。訓練生の観測予想を掲示しているのだ。多くの市民が詰めかけ、掲示内容から優勝は誰なのか、どこの団体なのかを賭けているらしい。観測以外にも、資料、話し方、分かりやすさなど様々な観点で評価されるこの依頼は、将来自分のギルドに引き込もうという思惑を持っている大人も多い。
「次、アスタルトの家、審査員の前へ!」
「アスタルトの家、観測報告を行います」
発表の進行はトゥイだ。
「昔、レビヤタンという竜がいました。その海に住む竜は力は強いのですが、さみしがり屋でした。友人と遊ぶときは元気なのですが、家族もいない暗い海底に帰ると、しくしくと泣いていました」
「まて、観測ではないのか? それはおとぎ話ではないか」
「よいのです。続けなさい。物語風の報告とは面白いですね」
リベカさんが続行を指示する。
「友人たちはその竜、レビヤタンを心配します。友人たちはレビヤタンが大好きで、いつもレビ、レビ、といって外に連れ出しました。それでも彼女は泣き止みません。連れ出す度に頬の涙の後を友人たちは見てしまいます」
トゥイはそこで話を区切って、エルが審査員の前に進む。
「友人の一人、ラシャプは意地悪でした。レビの兄を隠していたのです。ラシャプは兄を病気にして多くの星の中に隠してしまいました。妹を呼ぼうにも、兄は声を出せません。兄は空にいるのかも、と思ったレビと友人たちは空を見ますが星があまりにも多すぎて分からないのです」
僕がエルに変わり審査員の前に出る。リベカさんの横にいるサラ婆ちゃんはこの話に託した想いに気付いたようだ。一瞬目を伏せた後、僕の眼をまっすぐに見てくる。
「兄は考えました。周りの他の星が消えてくれたら、妹が見つけてくれるのに。妹の友人たちが探してくれるのに。今宵はクルケアンの頂上に私がいる。愛しい妹よ、大切な友人よクルケアンの大階段を登って私を迎えに来ておくれ、と」
トゥイが再び、前に出て語りだす。
「友人たちは太陽と美の女神アスタルトにお祈りをしました。優しく美しい女神は頷くと、友人である月の女神ナンナにお願いしてクルケアンの上空に満月を浮かべたのです。満月は月の女神が発する光を空に反射し、多くの星々がその光にひれ伏して空は暗くなりました。その時、クルケアンの空に在るのは、さみしがり屋のレビヤタン、その星座の一番上に輝く星。そして兄であるアナトバルの星座の一番下に輝く星のみとなりました」
トゥイは祈るように手を握り、僕たちの願いでもあるその続きを語った。
「優しい兄は、さみしがり屋のレビの近くにいたのです。レビは友人たちと階段を駆け上がり、兄の手を掴んでいうのです。もう絶対離れない、と」
「そして、そして……レビとその兄は友人と共に階段を下りて幸せに暮らすのでした」
そう、お話の最後はめでたしめでたしで終わるべきだ。
レビ、この世の何処かに隠れている君へ。
ダレトさん、優しく強い、意地っ張りなお兄さんへ。
僕たちはきっと二人を探して見せる。二人の手を無理やりにでも引っ張って連れて帰って見せる。
……だから、どうか、どうかそれまで無事でいてください。
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