第79話 二人の小隊長

〈エルシャ、ガドを祝福する〉


「ガド、すごかったじゃない、サリーヌ相手に引き分けなんて!」

「いつの間にあんなに強くなったの? かっこよかったよ!」

「ありがとう! エル、セト」


 わたしはセトと一緒にガドのもとへ駆け寄った。ウェル、ミキト、エラム、トゥイ、そしてサリーヌに囲まれてガドは笑顔を浮かべていた。

 ……ガドが少し体を固くした。彼の叔母であるタファト先生が近づいてきたのだ。


「ガド、また強くなったのね。少し寂しいけれど、あなたは自分の世界へ飛び立つべきね」

「タファトおばさん、俺、騎士団を目指すよ。衛士も兼ねる。いつか竜を駆ってこの最下層と外門を守るんだ。どう、少しは頼れるようになったろ?」

「えぇ、そうね。きっと今度は私があなたの手伝いをする番なのでしょう。姉さんがいたら、今の私の様にあなたを誇りに思っているはずよ」


 先生は嬉しそうに目を細める。そんな先生の耳元に口を寄せ、ガドは何か囁いた。


「ガドったら!」


 先生は頬を赤く染めて、手を上げて叩く仕草をする。


「まったく、もう。私のことは心配しなくていいんだから」


 みんなが不思議そうに見守る中、サリーヌがガドの肩を掴む。


「ねぇ、ガド。戦闘の最中にあなたの隊、竜退治といっていたようだけど、どういうことかしら」

「え、いや、それは……。エラム、トゥイ、逃げないで、こっちへ来てくれ!」

「もしかして私、竜みたいに思われていたの?」

「違うんだ、サリーヌ。これはおとぎ話でな」

「あ、あたしは何も知らないよ。隊長が竜退治に模して作戦を練ったんだよね」

「そうそう、俺たちは無関係だ。さぁ、ウェル、武器の片付けをしようか」

「うん、行こう。じゃぁ、隊長、表彰式でね」

「ガド、あなたは悪くて、怖くて、凶暴な魔竜を退治した英雄ということね。あぁ、もう一回、個人戦をしたくなってきたわ」


 サリーヌが笑顔で微笑んだ。表向きは飛竜騎士団と対立している神殿は、竜そのものの存在をあまり快く思っていないと聞いている。神殿を離れたとはいえ、サリーヌも何か思うところがあるのだろう。


「強くはなったけれど、女性の扱いはイグアルと同じ、か。まだまだ子供だったわね」


 ため息をついて、タファトさんは席に戻っていった。わたしも、セトもいそいそと先生についていく。表彰式が始まるもんね。仕方ないことなんだ。


 表彰式が始まった。個人戦一位のサリーヌ、二位のガド、三位のラザロ達は敢闘を讃えられ、勲章を授けられた。

 晴れ舞台であるはずなのに、ガドの片頬が赤く腫れているのは気にしないでおこう。

 団体戦の表彰として、隊長を務めたサリーヌとガドの二人が、同じく勲章を受ける。

 大きな拍手が巻き起こる中、関係者は本当の褒賞ともいうべき、バルアダン隊の選抜隊員の発表を待っていた。


 学校長のラメドさんが広場の中央に立って宣言する。


「魔獣の被害が拡大していく中、騎士団としては訓練生諸君の成長に期待をすること大である。本来、速成教育で若者を現場に送り出すのは本意ではないが、優秀な者には早く軍務につき、このクルケアンを共に守って欲しい」


 観客が静まり返る。魔獣の被害が増え始め、不安があればこそ、このような催事に人が集まるのだ。この中には親族や友人が被害を受けた人もいることだろう。横に座っているタファトさんも目を瞑っている。亡くなったというお姉さんのことを思い出しているのだろう。


「今日、優秀な成果を出した者の中から、飛竜騎士団バルアダン中隊の小隊長、並びに隊員を選抜する!」


 観客がどよめいた。クルケアンの若き英雄がその隊を率いるのだ。バルアダンが中央に進み、観客に手を上げると、どよめきは若い中隊長の名前を叫ぶ歓声に変わっていった。


「すごいねエル。バル兄が遠い人になったみたい」

「大丈夫よ。セト。バル兄は今日もわたし達のことを気にしてくれていたのよ」


 そう、バル兄は朝、わたし達の星祭りの観測の開始時間や、調査内容を心配して根掘り葉掘りと聞いてきたのだ。寝坊したセトに代わって私は大丈夫だから、心配しないで、とバル兄を安心させた。強くなっても、ちゃんと私たちのバル兄だ。弟妹に甘く、外では英雄。うんうん。理想の兄ではないか。だが、寝過ごしたセトは許さない。その頬をつねりながら、歓声に混じってバル兄の名前を叫んだ。


「本来はバルアダンを小隊長として五人編成の隊を作る予定であったが、皆も知っての通り、べリア元騎士団長は魔獣との戦いで死亡、フェルネス中隊はその損失が多く再編成を見合わせている」


 多くのため息が周りで聞こえてくる。べリア騎士団長は市民から人気のあった騎士だ。そしてフェルネス隊長も。真相はともかく、神殿と軍の妥協で、べリアは魔獣と戦い負傷した英雄として発表していた。


「よって、バルアダンを中隊長とし、彼に飛竜一騎、騎士一名、兵四名を変則の一小隊とした二個小隊の指揮をとらせる。尚、バルアダン中隊は独立部隊として私、ラメドの直轄とする!」


 ため息は再び歓声に変わった。そしてラメド校長が訓練生の中から選出する二名の騎士の名を告げる。


「第一小隊長サリーヌ!」


 サリーヌが前へ進み出て、跪いた。


「汝、このクルケアンを脅かす全ての災厄から民を守る保護者たれ、騎士として正義を守れ。そしてその正義は己おのが剣によって証明せよ」


 ラメド校長は騎士団の長剣をサリーヌに渡した。彼女は剣を受け取り、捧げるように引き抜いて、また鞘に戻す。


 ラメド校長は自身の剣でサリーヌの肩を三度叩いた。

 そして、飛竜用の拍車をサリーヌに渡して、彼女を立ち上がらせた。


「ここにサリーヌは飛竜騎士団の騎士となった!」


 観客の興奮がうねりとなって広場を包んだ。騎士団の長剣を帯びて颯爽と立つサリーヌは、その美貌とも合わせて戦女神のように見える。彼女を見慣れているわたしですら思わず見惚れてしまった。

 サリーヌはそのまま自然な動作でバル兄の後ろに控えた。


「次、第二小隊長ガド!」

「セト、ガドも小隊長だよ!」

「よかったぁ。サリーヌは間違いないと思っていたけれど。そうだよね、ガドもあんなに活躍していたし!」


 ガドは緊張して、壊れた時計のように不自然な動きをしながら跪き、叙任の儀式を受ける。こちらは観客が暖かく見守って、頑張れ、しっかり、との掛け声が聞こえる。こういう雰囲気もガドらしい。タファト先生がうれし涙を浮かべながらガドの名前を叫んでいる。


「ここにガドは飛竜騎士団の騎士となった!」


 わたしもセトも大きな拍手で彼の栄誉を讃えた。彼は夢に一歩近づいたのだ。しかも小隊長として部下を率いる身だ。



「第一小隊、ラザロ、ユバル、アビガイル、リシア」

「第二小隊、ウェル、ミキト、ティドアル、ゼノビア」


 隊員が発表され、それぞれの小隊長の後ろについて整列する。


「クルケアンの市民よ。このバルアダン中隊は、優秀な訓練生で構成されているとはいえ、まだ若い。騎士に任命した二名も見習いとしてである。しばらくはこの兵学校で編成訓練を行うが、まだ本来の年齢に達していないことを理解してほしい」


 ラメド校長はそこでしばらく目を瞑った。その様子を見て、朝にバル兄が言っていたことを思い出した。ラメド校長はあまり子供を魔獣との戦いの最前線に出したくなかったらしい。しかし、飛竜騎士団の誰が神殿と関係しているか分からず、味方を増やすため仕方なく、兵学校の訓練生からの増員を決定したのだと。

 ラメド校長が顔を上げて観客に向かって静かに言葉を紡ぎだす。それは自分自身に言い聞かせるようでもあった。


「市民よ、あなたたちにお願いをする。各層で、各通りで、各施設で、このクルケアンの街中で彼らを見かけたら、声をかけ、励まし、叱り、見守っていて欲しいのだ。あなたたちが彼らのその成長に関わって欲しい。クルケアンの市民こそが彼らの親であり、友なのだ」


 バル兄が観客に向かって跪く。その動きに二個小隊は従い、次々に跪いた。


「さすれば数年のうちに、我らは頼もしいクルケアンのり人を得ることができるであろう!」


 観客は総立ちになり、万雷の拍手をもって自分達の守り人の誕生を祝ったのだ。


 セトは震えていた。それは興奮のためだろう。わたしはセトの手を握り彼に伝える。


「午後はわたし達の番だね。ガドとサリーヌに負けられない。勝ちにいくよ」

「そうだとも、エル。さぁ僕たちの舞台に行こうか」


 わたし達はエラム、トゥイに声をかけ、興奮冷めやらぬ三十五層を後にした。


 おめでとう、ガド、サリーヌ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る