第83話 星祭り②
〈クルケアンの人々、星祭りにて〉
日が沈んでも、その日のクルケアンは人々の活気に満ちていた。階段都市の市民がこれほどまでにその頂上を眺めた日もなかったであろう。
訓練生たちの予測は十層ごとの掲示板で張り出され、市民達はそれぞれひいきとする訓練生やその組を探し出すのだ。星祭りの日に酒杯を傾け、料理に舌鼓を打ちながら、次代のクルケアンを担う若者について語り合うのは実利と娯楽を兼ねた一大行事であった。
さらに昨年と違うことは、アスタルトの家の訓練生たちが、その報告でお伽噺を用いたことであった。酒場で、また広場で、彼らは口々にそのことを話題に挙げていた。
「レビっていう娘はかわいそうにな。兄があんなに近くにいるのに気づけなかったなんて」
「ラシャプ神が悪いのよね。兄を隠したりするから」
「ラシャプってあれだろ、あの疫病の神の?」
「このクルケアンを見てみろよ! 本当に天まで上る階段じゃないか。きっとあの先に神様が俺を待っているんだ!」
「レビの兄さんも大声を出したらよかったのに。空だからきっと下には聞こえるはずよ」
レビの兄探しの話は、クルケアンの形状や星祭りの日の雰囲気に綺麗に重なるものであり、市民に好感を持って受け止められた。彼らは星祭りの日が来るたびに兄妹の物語を思い出すだろう。ここにトゥイのお伽噺はクルケアンの歴史と共にしっかりと紐づいたのだ。
市民たちは話に花を咲かせながらも、時折、クルケアンの頂上を見ている。
昼過ぎの審査の後、ギルド長リベカは市民を前にして演説をした。
「皆さん、今宵は特別な星祭りとなるかもしれません。なんと訓練生たちが私たちに、依頼以上の娯楽を提供してくれました。彼らは私にこう言いました。今宵、正子(零時)に
市民のどよめきを受けて、リベカは手を挙げて彼らの興奮を制止する。
「試した我々が、試されている。依頼を実行した訓練生が、自分たちを信頼できますか、と試しているのです。さぁ、クルケアンの市民よ。楽しもうではありませんか。彼らを信じ、
歓声がリベカの声を打ち消していく。こうして市民は最大の娯楽を手に入れたのだ。子供も大人も老人もそわそわしながら正子を待つ。眠る時間になっても今宵のクルケアンの灯は落ちないのだ。都市そのものに目があるように、呼吸をしているように、頂上に全ての意識が向けられていく。そしてそれを為したセト、エルシャ、エラム、トゥイの名と、飛竜騎士団小隊長になったサリーヌとガドの名前を市民はその脳裏に刻み付けていく。
そして市民たちは思い出す。この十年、クルケアンを登っては、飛竜に見つかっては下ろされ、そのばつが悪そうな顔を見て市民が笑いながらも愛していた男の子を、セトという彼の名を。
アスタルトの家の若者に、見知った顔があると分かった瞬間、市民は納得をしたのだった。アスタルトの家はそういう、自分たちを楽しく導いてくれる存在なのだと。そして市民は彼らに内緒で動き出したのだ。
人を導く者、エルシャ
天に至る者、セト
観測する者、エラム
語り継ぐ者、トゥイ
不屈の衛士、ガド
美しき騎士、サリーヌ
彼らの名前は市民が共有するところとなり、悪戯をするように裏で動いていくのだった。
正子が近づいていく。アスタルトの家をはじめ、多くの訓練生が広場に集まり、頂上を見上げた。ギルドや市民の目がすべて頂上に集まった時に、頂上に輝く星が全員の知るところとなる。
リベカが宣言する。
「今宵、クルケアンの頂上に輝く星は二つ! レビヤタンの星座の上星、アナトバルの星座の下星!」
歓声が上がり、口々に正解を予想した訓練生を讃える。エルシャたちは共に協力した他の訓練生たちと抱き合い、その輪の中心となって片手を大きく掲げた。人々はその輪に多くの拍手を贈ったのだった。
続いて市民が待ち望むのは赤光である。数十万の目がクルケアンの頂上を見つめ続ける中、目がいい者が気づきだす。
「おい、あれを見ろよ、白い光と赤い光が筋になっていないか?」
「あそこ、あそこに夜が揺らいでいるわ!」
ざわめきはやがて津波のように広がっていった。赤光がとうとうその雄大な光景全てを示したとき、静寂がクルケアンを支配した。市民は圧倒的な美しさに陶然と佇んだのだ。それは魔獣の赤い光とは少し異なり、血ではなく林檎を思わせる美しい赤だった。
やがて、美しいものを見たことに感謝した彼らは同じ言葉を口ずさむ。
「アスタルト! アスタルト! アスタルト!」
リベカが演説台に立った。彼女は最下層の広場から魔力を用いた伝声管を通して全ての人に語り掛ける。
「見事でありました。さぁ、皆さん。今年の星祭りの功労者を紹介しましょう。クルケアンに新たな伝承を私たちにもたらしてくれた、トゥイ! そして多くの訓練生の中心となり、今日全ての市民に素晴らしい思い出を与えてくれたエルシャ! 皆、彼らに最大の賛辞を!」
大きな歓声と拍手が彼女たちに降り注いだ。そしてそれが鳴り止むとリベカが続けて語る。
「そして、アスタルトの家。特にあなたたちの活躍が見事でありました。報奨金はもちろん他の訓練生と分割ですが、ここにクルケアン市民からの贈り物があります」
市民は笑みをこらえきれない様子で、ざわついている。彼らに感謝の気持ちを示すのだ。それぞれができる範囲の、最大の感謝を込めて。
「アスタルトの家、これは市民からの感謝です。市民が今日のうちに少しずつ集めた感謝の小銭です。このお金で、また私たちを楽しませてほしい。私たちを助けてほしい」
びっくりして声も出ない、アスタルトの家の面々を見て、市民は満足する。こちらもそうそう驚かされるだけではないのだ。子供を驚かしてこそ、大人の楽しみだ。まだまだ甘い、と。
「セト、これを受け取ってください。私への啖呵、見事でした。気づいていないかもしれないけれど、市民はみんな、あなたのことが好きなんですよ」
緊張でゼンマイ仕掛けの時計のように動くセトを市民は笑って見守った。そして彼らの贈り物を手にした瞬間、両手を上げて喜んだのだ。
アスタルトの家の若者は市民にむけて頭を下げたあと、飛び上がってその喜びを表した。市民がそれに続き、星祭りの夜は賑わいを続けていく。
赤光から二筋の光がクルケアンの上層に降り注いだ。それはとても小さな光で、赤光に隠れて誰も気づいた者はいなかった。否、ヤムと呼ばれる老人とアバカスと呼ばれる青年を除いては。
新しい伝承を創った祭りは終わり、古い伝承が目を覚ましたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます