第65話 騎士団対訓練生
〈騎士と訓練生、北壁にて〉
狭い通路の上で、レビとガドは精鋭の飛竜騎士団と対峙していた。急造の狭い通路では、横に並べるのは二人までである。実力で劣る彼らにとって、包囲されることがないという点においては幸運だった。
「時間を稼ぐぞ。バルアダンさん、ダレトさんの加勢がくるまで持ちこたえるんだ」
「お前がガドとやらだな、悪いようにはせぬから投降をしろ。後輩たちを殺すのは本意ではない」
その言葉を聞いてガドは絶句した。彼らが敵対しているのは狂気の組織であり、魔獣のように人外との戦いという印象を受けていたのだ。しかし、目の前にいる騎士団は人間であった。その人間の組織が理性をもって自分たちを殺そうとすることに恐怖を感じたのだ。だが絶望するにはまだバルアダンと言う強い光があった。
「……レビ、行くぞ。バルアダンさんが言った通り防御に徹するんだ」
そしてガドはレビに対し、ダレトさんは必ず来る、と言って励ました。レビは同期のガドの心遣いに感謝しつつ、混乱する戦場において多方面に物事を考えているのだなと感心をする。
「そうだね、どうせダレトの奴は最後に現れて恰好つけるに決まってるし」
レビはダレトが重傷を負ったのだとバルアダンの雰囲気から察していた。だが、バルアダンが絶望していないことも知っていたのである。出来ることは時間を稼ぎ、戦況を変える一手を待つことだと決意した。少年と少女の強い眼光を見て、騎士達は諦めのため息をつく。
「残念だ。フェルネス様のために死んでもらおう」
「どうかな、あたい達はしぶといよ!」
こうして騎士と訓練生の戦いが始まった。すぐに決着がつくと考えていた騎士達は、思いのほか苦戦を強いられ、首をかしげる。子供を殺すという事に躊躇いはあるものの、自分達の目的のためには仕方のないことと諦めているはずだ。なのになぜ五合、十合と撃ち合って決着がつかないのだろうか。
「舐めるなよ、命をかけた戦いをしてきたのはお前らだけじゃないんだ」
「そうよ、それにかなえたい夢がある限り、油断も増長もしないんだから」
騎士達は気付いた。訓練は浅いが、魔獣との戦いを経てきた二人を見て自分達の幼い頃と重ねてしまっていたのだ。それが意識の外で手加減をしていたのだろう。思えば自分達もあの年頃から復讐を決意し、訓練や実戦に明け暮れた日々を送っていたのだ。彼らを殺すことは、過去の自分を殺すことと同義なのだった。堪りかねたフェルネス隊の女騎士がレビに打ち込み、刃を交わして話しかける。
「レビと言ったわね、貴女の夢は何?」
「魔獣で家族を失ったあたいの願いはね、ぼろぼろの故郷を立て直すこと、そして家族と生きることさ。どうだい、大層な夢だろう。で、あんたの夢は何だい!」
「……一緒よ。貴女と同じ」
「えっ?」
女騎士の顔によぎった辛そうな表情にレビは気を奪われ、隙を作る。女騎士はその隙を逃さず腹に蹴りを入れ、レビは膝をついた。すかさずガドが割って入り、身を挺して盾となる。
「飛竜騎士団ってのは口先で戦うのか!」
「覚悟を聞いたまでよ。貴方はどうなのかしらね」
ガドはレビがまだ立ち上がらないのを見て、しばらく相手の気を逸らす必要があると判断していた。舌戦は得意ではないが、相手の思惑に乗るしかないのだろう。
「その前に名を聞こうか。こっちだけ名を知られてるってのも不公平だからな」
「フェルネス隊所属のエドナ、これでいいかしら」
「……目の前で家族が魔獣に喰い殺された。だから俺は二度とそんなことをさせないと誓ったんだ。お前らが正義でも悪でもいい、だが俺の目の前で仲間は絶対に殺させない」
「口ではどうとでも強がれるのよ。現に私達は貴方達を殺そうとしている。力が及ばなければその絶対はいま崩れてしまう」
「そうだ、絶対はない。だから俺達はみんなで強くなろうと誓ったんだ。その絶対を引き寄せるために――」
ガドの目がちらりとレビの方に動く。呼吸を取り戻したレビが膝をついた状態で飛び跳ね、エドナに向かって強烈な突きを放つ。虚を突かれた騎士は身をよじるが、剣先は腕を掠め浅く血が流れでた。
「そのためにあたい達は力を合わせるんだよ!」
「――そう、仲間のためにってやつね。なら私達もそうさせてもらうわ。ガルディメル、本気でいきましょう」
騎士達は目に冷たい光を湛えて、命を奪う斬撃を繰り出していく。境遇や覚悟も同じであり、ましてや夢も同じであるのだ。ならばそれを奪い合うしかないではないか。相手を子供と見ず、競争者として彼らは剣を振るい始めたのである。
経験に裏打ちされた攻撃に圧倒され、当初の予定通りではあるが防戦しかできなくなったガドとレビの背後で、セトとサリーヌはサラ導師の治療をタファト共に行っていた。
セトは自分の魔力をサラの傷口に当てている。印の祝福を使い、傷ついた場所を在るべき状態に戻しているのだ。未熟な操作はタファトが魔力の流れをつくり、セトはその流れに沿って力を流し込んでいた。そしてサリーヌがその魔力を血液に変換していくのだ。サラは朦朧としていた自分の意識が覚醒へと向かうのを感じ、二人を口元に呼び寄せ、指示を与えた。
「分かりました。ですがサラ導師はご無理をされぬよう。務めは必ず果たします」
サリーヌはダレトから預かっていた魔石を騎士団の後方に投げ、その魔力を暴走させる。小さな爆発であって被害そのものは軽微であったが、爆風もあり騎士団の注意が一瞬それた。その隙にサリーヌは姿を消し、セトはガドとレビに作戦を耳打ちをする。
セトはそのまっすぐな目を騎士たちに向け、芝居がかった調子で見栄を切った。もしエルシャがここにいたら、彼の立場を羨んだろう。反撃の開始宣言ほど、目立ち、爽快なことはないのだから。
「騎士団の人達、無駄な抵抗は諦めなさい! 命が惜しいなら武器を捨てて手をあげるんだ」
「印の祝福者、それはこちらの台詞だ。不利なお主らがなぜ降伏を勧告するのだ」
騎士団はそれに冷笑で応えた。追い詰められ、なすすべを失ったうえでの戯言だと受け取ったのだ。しかしそれはセトの本心だった。
「そっか、残念だけど仕方ないか」
セトはバルアダンからもらった短剣を魔獣石の床に突き刺し、石そのものに語りかける。
「魔獣石に眠る魂よ。在るべき場所にお帰り」
「魔獣石の魂だと? 貴様、同胞をどうするつもりだ!」
「へっ?」
騎士達がセトに向けて殺到しようとした瞬間、急ごしらえの通路は赤い光を発して突然消失したのだ。足場を失った騎士団とセト達が落下していく。
「共倒れを狙うだと、馬鹿な!」
落下する騎士達は叫び声を上げてセトを睨むが、そのセトは自分達の上にいるのだ。おかしいと気づいた時、彼らが別の足場に立っていることに気付いた。サリーヌがサラの指示を受け、魔獣石の通路の下に、仲間が立っている範囲だけ新たな床を作っていたのだった。
アスタルトの家の全員がサラの許に集まり、肩を寄せ合って無事を喜ぶ。サラは子供達が無事だったことを喜び、頭を撫でて褒めたたえた。
「特にレビとガドはよく耐え抜いた。おかげで策をめぐらす時間ができたのだ」
「へへっ、あたいが本気を出せばあんなもんよ。まぁ、ちょっと危なかったけど」
「そうだぞ、あのエドナって騎士の問答に引っ掛かって一撃を入れられた時は冷や汗が出た」
「でも、あの人の顔は真剣そのものだったんだ。きっと何か事情があるんだよ」
「それもフェルネスを捉えれば明らかになろう。皆の者、今のうちに通路を伸ばす故、学び舎に退却するのだ」
「え、しかし、バル様の援護は……」
「残念だが、空の戦いは飛竜がないと援護できん。奴を信じるしかあるまい」
その時、サラは巨大な影が床に現れていることに気付く。もしやと思い上空を見ると、落ちたはずの五人の騎士が、その乗騎の飛竜に跨って見下ろしていたのである。最下層に待機させていた竜が主人の危険を察知して駆けつけてきたのだ。
「こちらが間抜けだったとはいえ、良い連携をしている。なればこそ惜しい。サラ導師、その者達と共にフェルネス隊長についてきてもらえないでしょうか」
「すまんが裏でこそこそ動くのは嫌いでね。嫌いな奴がいれば正面から喧嘩をしたいのだ」
「そうでありましょうな。あなたのように正道で生きられたらどんなに良かったことか」
騎士は嘆息してサラを見つめ、そして決意を込めて宣告した。
「私は飛竜騎士団フェルネス隊ガルディメル。そして、テトス、サウル、メルキゼデク、エドナ。我らは任務により、あなたたちを殺す」
ガルディメルは騎士として名乗りを上げた。それは自分達を追い詰めたサラ達に敬意を示してのことだった。サラは騎士の誇りを捨てない彼らを見て、自分とは違う大義と正義があるのだろうと推測する。
「ただの悪党であれば良かったのにの。なまじ魂が真っすぐな分、殴る手の方が痛いわい。さてタファトよ。今度は大人の力を見せつけてやろう」
体力を取り戻したサラが風に干渉し、竜巻を飛竜の周囲に出現させる。距離を取られていては無理だったが、騎士達が自分達を逃がすまいと近寄っていたのが幸いだった。嵐の壁を力任せに超えようとした時、騎士達は下から炎が這いあがってくることに気付いた。
「教え子を殺そうとした報い、受けてもらいましょう」
タファトがサラの竜巻の下方に、その太陽の祝福で炎を出現させたのだ。炎は竜巻の中で急激に空気を吸い込み、業火となって上昇していく。異常ともいうべき祝福者との戦いに、飛竜は喉を焼かれ、制御を失って竜巻の中へ飛び込んでいってしまう。
「これ、やりすぎだ。あの者たちの目的を知るまで殺してはならぬ」
「……」
サラの叱責を受けてタファトはしぶしぶ力を収める。その様子を見た子供達は、タファト先生を絶対に怒らしてはいけないと心に誓っていた。やがて満身創痍の竜と騎士が竜巻の中から現れる。突撃槍を構えているのは、もう最後に一撃を加えるしか体力が残っていないのだろう。いかな祝福者といえど、竜の突撃に合わせて攻撃できるものではない。だがサラは平然として座り込み、子供達にもそうするように伝えたのである。もはや降参しても遅いとばかりに騎士が拍車を竜に叩きつけようとした時、サラはにやりと笑う。
「炎に焼かれて苦しかったであろう。水を浴びて体を冷やすがよい」
その言葉に不気味さを感じたガルディメルが周囲に目を走らせる。そしてありえない状況を発見し、叫び声をあげた。
「上から洪水だと?」
騎士も竜も状況を理解できず、ただ上方を眺め続けていた。なぜ空で洪水が起きるのだ、いや起きるはずがない、と目の前の光景を否定する。
しかし、現実では三十五層のサラの私室がある箇所から大量の水が濁流となって落ちてきたのだ。それは水だけでなく、煉瓦や石のかけらなどが含まれ、騎士や竜たちを傷つけていく。そして今度こそ彼らは最下層へ流れていったのである。
サラはよくやった、と呟く。それに不信を抱いたセトが慌てて上層を仰ぎ見る。そこにはエルシャ、エラム、トゥイが手を振っていた。水の祝福でクルケアンに張り巡らされた水の流れを、サラの私室経由で吐き出したのだ。最下層の貧民街に被害が出ないよう計算されたその流れは滝のように騎士を押し流したのだ。
「サラ婆ちゃん、知っていたの?」
「あぁ、本人が参加を希望したのでな。私が役割を与えておいた。セトもバルアダンもあの娘には秘密にするつもりだったのだろうが、女の決意と行動力を甘く見るな」
「だって、メシェクさんは大事な女性には心配をかけさせるな、って……」
「愚かな上に未熟な男だね。女の甲斐性はな、馬鹿な男を守ることさ」
セトはもう一度上層を見上げる。エルシャの顔が笑顔から怒りに変わっていくのが遠目にもはっきりと分かる。セトは近く確実に訪れるであろう痛ましい未来を脳裏に描き、頭を抱えて床にへたり込んだ。
〈騎士達〉
下層に流された騎士達は、自分達の体が案外軽症なことに驚いていた。落ちた先は貯水池であり、流れをみるからに都市への被害を出さず、また自分達を殺さないように計算されていたことを知る。再度出撃もできないわけではないが、エドナがそれを押し留めた。
「今回は私達の負けを認めようじゃない」
「珍しいな、情でも移ったのか」
「それはみんなと同じさ。それに――」
落ちゆく途中でエドナはレビの叫びを聞いたのだった。アスタルトの家は助けるのは仲間だけじゃない。困っているみんなを全て引っ張り上げるんだ、と。
「そして、いつでも相談しにこいって。あの子達、私達のことまで気にかけていたんだ。完敗だよ」
騎士達は思う。困っている人とはこの世界の人間だけだろうか。もし、思い出に縋り、過去に生きる者達も含まれるなら、自分達の主人こそ救って欲しい。全てを背負い、勝つことだけを見えない鎖で強制された主人に違う生き方を示して欲しいのだ。
「アスタルトの家、そしてバルアダン。叶うならフェルネス様こそ地獄から連れ出して――」
エドナは心中でそう呟いた。
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