第64話 フェルネス

〈北壁にて〉


 北壁の壁沿いにフェルネス隊がサラ導師達を挟み込むように追い詰めていた。三十四層側からはフェルネスが、三十三層側からは彼の部下達が剣を抜いて、その距離を詰めている。フェルネスの騎竜であるハミルカルはタニンと空中で戦っており、巨大な山のような北壁にあって空にも通路にも逃げ場はないことをバルアダンは知る。そして覚悟を決めて上官だった男に剣を向けた。


「フェルネス隊長、あなたまで神殿と手を組んでいたのか。いやベリア団長と一番親しいあなたならば当然か」


 魔獣工房の時、バルアダンは黒騎士に止めを刺す寸前だったのである。フェルネスが来て黒騎士は逃げ、それを追いかけて捕縛できなかったことを想うと、やはり二人は最初から神殿と内通していたのだろう。


「バルアダン、こちら側へつくつもりはないか? かわいい後輩を殺したくはない」

「私は間違いを正し、理不尽から皆をすくために飛竜騎士団を目指しました。工房で行われていた非道こそ正すべきもの。それに隊長が加担しているのであれば容赦はしない」

「間違いを正す、か。クルケアンの民はいつも自分本位だ」


 どこか他人事のような物言いにバルアダンは違和感を覚える。てっきりフェルネスはクルケアンの生まれだと思っていたのだが、西方諸都市の出身なのだろうか。


「俺は俺で世界の間違いを正すつもりだ。だがそのためには力がいる。それに立ちはだかると言うのなら殺すまでだ」


 そしてフェルネスは部下にサラ導師とセト以外は殺すよう指示をした。もはや関係はこれまでと、バルアダンはフェルネスを斬る覚悟する。そしてこの状況を打開するには仲間には出来るだけ守勢を保ってもらい、自分が敵を倒していくしかない。


「ガドとレビは前衛としてフェルネス隊にあたれ! 勝とうとは思うな、通路の狭さを利用して防御に徹するんだ。セトとサリーヌは祝福の力で前衛を支援、タファト導師はサラ導師の手当てをしつつ現場の指示を!」


 そしてバルアダンはイグアルに対し、共にフェルネスを挟撃するように呼び掛ける。フェルネスの友人であるイグアルにとって過酷な立ち位置だが、この危険な男を一人で相手をするには時間が足りないのであった。


「いいか、直に手当てを終えたダレトが駆け付ける。それまで持ちこたえるんだ」


 ダレトが重症と知れば士気が落ちるとして、バルアダンは苦しい嘘をついた。その様子をレビとサリーヌは感じ取り、早くこの場の決着をつけ、ダレトのもとに駆け付けようと目で合図をする。


「祝福者を相手にするには、ただの人間としてはいささか分が悪いな」


 フェルネスは弱い方を先に叩くとばかり、イグアルに向けて突進する。イグアルの生み出した水膜と水刃を潜り抜け、剣の平でしたたかに打ち付けた。


「こんなものでは人を殺せんぞ、イグアル。この期に及んで手加減をするなど、お人好しのお前らしい」

「な…ぜだ、この十年、お前を本当の友として過ごしてきたというのに」

「あぁ、楽しかったさ。だが生き方とは別なのだ」


 フェルネスはみぞおちに柄を打ち込み、うずくまったイグアルを蹴り倒す。そしてそのまま剣を振り上げながら背後に体を捻った。頭上を襲い掛かったバルアダンの剣を受け止め、両者は至近の距離で睨み合った。


「やっと勝負ができるなバルアダン!」

「フェルネス、あなたとは一緒にこの空を飛びたかった……」

「そんな台詞は勝ってから言うものだ!」


 若いバルアダンの剣が力に偏るのなら、フェルネスの剣は早さと技においてバルアダンに勝っていた。狭い通路にあって壁を背にすることでバルアダンに全力の一撃を振るわせない。そして自分は通路の外側、空に向かって思う存分剣を振るうのである。壁すらも利用し、反動をつけてバルアダンの肩を穿つ。だがバルアダンはこれで剣の動きを封じたとばかり、横殴りにフェルネスの脇を斬りつけた。


「フェルネス、覚悟!」

「まだだ、バルアダン!」


 フェルネスは剣を捨てて距離を詰め、腹で鍔元を受け止めるとそのまま体当たりをして組み伏せた。騎士と言うより戦士のような戦い方に、バルアダンはこの上官のことを何も知らなかったのだと愕然とする。フェルネスは短剣を抜き、首元に突き刺そうとするが、寸でのところでバルアダンは短剣を握り防いだ。刃が首筋にあたり、小さな血の流れが床まで続く。


「さて、もう一度問おう。俺の味方になれ」

「私が頷くと思うのか!」


 バルアダンが短剣を力任せに引きはがすと、両者は剣を取り、距離を置いて再び対峙する。互角の戦いが続くかと思われた時、氷の槍がフェルネスの足を刺し貫いた。


「イグアル、お前――」

「いい加減に目を覚ますんだ。お前が誰であろうとも、生き方が何であろうとも私の友人であることに違いはない」


 フェルネスは自分の足を見て苦笑する。頭なり心臓なりを狙って穿てばいいのに、このお人好しは足を傷つけるだけに留めたのだ。どこまでも甘いこの友人をフェルネスは貴重なものと思っていたが、口には出さない。足を負傷してはバルアダンに抗しきれず、降伏するしかないとでも思ったのだろう。しかし、飛竜騎士団の足はまだあるのだった。フェルネスは口笛を吹いて自分の騎竜を呼んだのである。


「来い、ハミルカル!」


 タニンと交戦していた彼の騎竜、ハミルカルが高い声を上げてそれに応え、タニンの翼をその鋭い爪で引き裂いた。タニンは失速し、緩やかに落下していく。そして騎士団最強の竜と呼び声の高いハミルカルは咆哮と共に主人の敵に向かったのだ。

 バルアダンが飛竜の突撃を避けきれず、通路に倒れ伏してしまう。姿勢を整えたバルアダンが見たのは、飛竜にまたがり槍を構えたフェルネスの姿であった。


「飛竜騎士団として決着をつけよう、バルアダン。それで俺も思い切りがつくというものだ」


 バルアダンは思わず唾を飲み込む。飛竜に乗ったフェルネスの突撃力は他ならぬ自分が一番知っているからだ。どんな戦場でも自分の有利にしてしまうしたたかさに、バルアダンがどう立ち向かうか逡巡していた時、レビがそれを叱咤した。


「バル様! なに悩んでるのさ。いつだってバル様は一番強いんだって知ってるんだからね。あたいの勘を信じて!」


 レビが身の危険を承知で前に出て、騎士団を一人で牽制する。その隙に彼女の指示を受けたガドが槍をバルアダンに向かって投げたのだ。バルアダンは向かってくる槍を受け止め、フェルネスと対峙する。


「よい後輩を持ったな、バルアダン」

「まったく、私には過ぎた仲間だ」

「だが、その期待も応えられる強さあってのことだ。それがないと近しい人の死を見続けることにしかならん」

「フェルネス?」


 フェルネスが手綱を引いて突進の体制をとった瞬間、ハミルカルは主人の意に反して身を翻し、バルアダンと距離を取った。墜落寸前に態勢を立て直したタニンが下方から突進をしてきたのである。翼に爪を立てられ、誇りを傷つけられた老竜は、怒りを低い咆哮としてハミルカルに向けている。そしてタニンは早く復讐をするのだとばかりに、バルアダンに鞍に乗るよう目で促した。


「空で決着をつけよう、フェルネス」


 バルアダンは槍を握りしめながら空へと飛び立った。

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