第44話 三つ目のしたいこと

〈バルアダン、兵学校にて〉

 

 三十五層外縁部、訓練場の高台でレビとダレトが話している。彼自身は気付いていないかもしれないが、面倒見のいい男だ。


「バルア――バル、工房の潜入の件でレビに同行の確認を取る。そのためにあの子に話しておかないといけないことがあるんだ」


 フェルネス隊長との模擬戦が終わったとき、ダレトは工房の調査にレビを巻き込むと宣言した。そして、レビの祖父替わりであったヤムの死の責任を取るという。


「ヤム長老の死因の発端は僕が言い出した調査だ。……僕はレビの恩人なんかじゃない。あの子の後見を託された以上は話しておこうと思う」

「私にもその責があるだろう、話すなら一緒に――」

「君を巻き込んだのも僕だ。レビに恨まれるのは一人でいい」


 私が何と言おうともダレトは首を振り続ける。いまさら善人ぶるのは卑怯ではないか。お前が何を考えていようとも、何をしようとも……これからも私は巻き込まれるに決まっているというのに。


「なぁ、セトやエルはすごいな」

「ダレト?」

「あの子達はあっという間にレビの大切な友人になったんだ。わずか数日だぞ。部屋の隅で泣いていたレビが、陽の下で笑うようになった」

「……そうだな、私達だけではできなかっただろう」

「でもセトとエルは危険だ。あの巨大な力でクルケアン中から狙われる。そしてレビは大事な友人のために、敵が誰であれ飛び込んでいくだろう」


 そしてダレトは、ここが境界線だと呟いた。彼女が友人のために騒乱の舞台に上がるのか、それとも階段を降りて普通の少女として生きていくのか。後者ならば金を用意し、西方諸都市のいずれかに移ってもらうとのことだった。

 ダレトの言葉を否定することはできない。私達がヤム長老に対して責任を果たすのであれば彼女が自分の人生を選ぶようにすべきだ。だが、この男の本意は別にあるはずだ。


「君はその舞台から降ろそうと誘導していないか?」

「……どうしてそう思う」

「悩んでいるからだ。どの道を選んでも私達が近くで守ればいいはずだ。君の態度を見ていると、わざと距離を置こうとしているようにしか思えない」


 自分が嫌われることで、今の環境から遠ざけるつもりか。それとも自分では守り切れないとでも思っているのだろうか。


「ダレト、君は大切な人を守れなかったことがあるのか?」


 失言だった。ダレトの顔が怒りに変わる。だが私に対してではなく、自分を責めているのだ。行き場がない感情の熱がそこにはあった。


「人それぞれだ。君には関係ないことだ」


 これまでの魔獣との闘い、そして、フェルネス隊長との模擬戦、その全てが尋常の神官ではない。ただ、彼の強さ、技術、生き方は一人で戦うことに特化しているのだと思う。こうやって抱え込むのも、彼の人生がそうせざるを得なかったのだろう。


「いや、言わせてもらうぞ。レビに同じ道を歩ませたくないのならそれもいい。でもレビが望むのなら、彼女と共に戦い生きるべきだ」


 ダレトは顔をゆがめるが、すぐに笑顔を向けてくる。


「分かっているよ、バル」



 ……少し離れた高台でレビとダレトが話をしている中、ダレトの馬鹿! という大声が聞こえてきた。あたふたと弁解をしているダレトの様子は演技ではないだろう。魔獣を倒し、兵学校の尊敬を集める強き神官は、しかし年下の女の子には負けるらしい。


「何度でも言ってやる! ダレトの大馬鹿! そこは選びなさい、じゃなくて、一緒にいくぞ、でしょう。あたいがどう返事をするのかもわからないのかい!」

「いや、しかしだな、レビ。今後の状況を考えるとだな……」

「却下」

「だから、人生にも関わることで……」

「却下! 却下! 却下! いいかい、あたしにはやることができたんだ。一つめは友人を守ること。二つめはヤムじいちゃんを狙った連中を懲らしめること。三つめは言えない。それが終われば四つめにエラムの発明なんかを使って貧民街を素晴らしいものに変えていくんだ」

「四つじゃないか! それに三つめは何だ? 後見人として知るべき――」

「うるさいっ!」


 レビがダレトを高台から蹴落とし、腕を組んで見下ろしている。


「調査が原因だって言うけど、あんたがしたい事なら事情があるんでしょ? なら最後まで付き合わせてよ、真実を教えてよ! あたいは中途半端な優しさが欲しんじゃない、傷ついても大切な人の側にいて手伝いたいの」

「レビ……」

「何もできないまま家族を失うなんて、もう嫌だ! あんたが責任を取るって言うのなら、そうさせない生き方に付き合ってよ!」

「……分かった、君がそう望むなら」


 そう言うと、高台から見下ろしていたレビはダレトに手を差し出した。その手を握り、高台に上がろうとしたダレトだったが、レビは途中でその手を離してしまう。


「おまっ、何を!」


 私は慌てて駆け寄り、ダレトの背を支える。じたばたと手足を振りまわして抗議しているものだから、私としては迷惑この上ない。


「あ、それと、バル様にも素直になること。いつも支えてもらっているくせに、何の意地を張っているんだか」

「……僕はバルに素直だと思うけどね」


 この期に及んで取り繕うダレトの、その背を支えるのをやめて放り投げる。そして私はレビの手に引かれて高台に登った。


「ダレト、工房潜入の打ち合わせをするぞ。そんなところでふてくされてないで早く上がってこい」

「早くおいでよ。潜入には演技が必要なんでしょう? 下手な演者でも数は揃えないと上演は出来ないからね」


 そう言って私とレビはダレトに向かって手を差し伸べた。

 不満げな一人と、笑っている二人とで今後の打ち合わせをする。まず今夕、ダレトとレビが工房へ神器を渡しに行き、技官にレビを紹介する。彼女が魔獣討伐の際の現場報告をしている間に、ダレトが工房内部の怪しい場所の目星をつけ、そこと反対の場所に小さな爆発を起こす宝石を仕込んでおくとのことだった。


「そして翌日に宝石を爆破すると、たまたま巡回中のバルアダンがそれを発見し、乗り込むわけだ」

「でも、それだと神官も出て来ちゃうでしょ?」

「それでいい。めぼしの場所の反対方向に神官を集めれば、こちらが潜入しやすくなるというものさ」

「……悪党ね。ならバル様は時間稼ぎの役割なんだ」

「ああ、そのためにも頑固で融通が利かない騎士を演じて見せるよ」

「そ、そうね」


 レビが少し返答に困った顔をする。変だな、私の演技力はダレトより上手いと思うのだが。そのダレトは宝石を取り出し、どのくらい爆発するのかを説明し始める。


「この宝石なら煙がたくさん出るはずだ。威力は弱いが、見た目の効果は大きい」

「大丈夫、もしばれたら、ダレトは神殿から追われるよ?」

「構わない。その時は姿をくらますさ」

「そのときはあたいも」

「馬鹿なことを言うな」

「馬鹿なことを言わないで。それが嫌なら成功させて。あと明日も私は参加する」

「おい、レビ……」

「混乱している中、バル様に助けを叫んで現場をかき回してみせるよ。いくら何でも公用で訪問して殺されることはないでしょ」


 こうして工房への潜入作戦が始まった。ダレトは教皇の命に従いつつ、それを裏切ることになる。事が露見すれば背教者として処罰されるだろう。その時こそ私は決断することになる。クルケアンを敵に回すのか、それとも受け入れるのか。……境界線上に立っているのはダレトやレビだけではないのだ。それぞれがどういう一歩を踏み出すか、この潜入で決まる予感を私は覚えていた。

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