第43話 連戦

〈ダレト、兵学校にて〉


「フェルネスだと?」


 立ち合いで負け続きとはいえ、一人の神官相手に最強の騎士を連れてくるとは大人げない。仕組んだであろうラメドに視線で抗議するが、サラ導師が何か企んでいる時のような笑顔が返ってくるだけであった。


「訓練生諸君、今日は騎士団からたまたまフェルネス隊長が立ち寄ってくれた。せっかくの機会でもあるし、フェルネス隊長やダレト殿の剣技を大いに参考にしてもらいたい」


 ラメドは訓練生の前で、たまたまとか、せっかくの機会とか、偶然を装う言葉を並び立て始める。俺が抗議ではなく恨みの視線を向けると、横にいたフェルネスが気づき、人好きのする笑顔を浮かべた。


「ダレト神官、騎士館以来だな。あの時はバルアダンの腕前を見せたのだ。今度はそちらが見せる番だと諦めてもらおうか」


 いくら何でも騎士団の隊長には勝てるものか。実戦でならともかく、訓練では条件が整えられすぎている。十合ほど正面から打ち合っただけで、力、技術ともに相手が上ということが嫌というほど分かった。適当なところで負けて退散しようとすると訓練生から歓声が上がり始めた。負けを期待されているのであれば、演者としてはそれに応えないといけないだろう。距離を取り、手を正面にかざして降参を宣言しようとする。


「どうした、それまでか。バルアダンなら三十合はもつぞ」


 比べられたくない奴の名を出され、らしくなく頭に血が上る。フェルネスに及ばないのは仕方ない。だがバルアダンにまで追いつけないのはなぜか悔しいのだ。

 挑発で突き出された奴の剣先を跳ね飛ばし、手首を返してやつの喉笛に向けて体ごとぶつかるように剣を押し出す。寸止め前提のお行儀のいい試合なら負けるだろう。だが実戦であれば――。しかしフェルネスは余裕の表情で弾かれた剣を握りしめ、不利な態勢に関わらず力任せに剣を叩きつけた。鍔元で受け止めきるが、唯の一撃で膝をつかされてしまう。


「……華の騎士団が、随分と荒っぽい剣を振るうのだな」

「ほう、だいぶ余裕のなくなった目をしてきたな。いいぞ、そのまま本気を見せてもらおう」


 この体勢ではいずれ剣ごと頭蓋を撃ち砕かれる。バルアダンはその馬鹿力でこの体勢から相手の剣を跳ね飛ばしたが、俺にできるはずもない。だが力を流そうとすればその瞬間に肩を断ち切られてしまうだろう。……ならば受け流さなければいい。

 全力で押し返す挙動を見せ、フェルネスがそれに応えて力を込めた瞬間にわざと膝を崩し、剣で受け止めていた力を利用して横に飛び退ざった。


「身軽なのはいいが、強いだけにいささか惜しいな。我流では戦士としてそれ以上伸びないだろう。騎士団へ入るなら鍛え直してやるが?」

「……神への祈りこそ神官の業務。何か勘違いをされておられるようで」

「ま、そういうことにしておこう。ところで俺はまだ不完全燃焼だ。新人の騎士を呼んでいるから、そいつと二人でかかってこい」


 何やら訓練生が騒がしい。フェルネスがそちらに手を振ると、バルアダンが困惑顔で歩み寄ってきた。


「ダレト、いったいこれはどういうことだ?」

「こっちが聞きたい。レビを迎えに来ただけで、なぜか見世物として訓練に付き合わされているんだ!」

「訓練生に聞いたが、ガドとレビの二人相手に勝ったそうだね」

「あぁ、そして今度はフェルネス隊長ときたもんだ」

「それで、隊長には勝ったのかい?」

「……」

「なら、今度は私達がガドとレビの立ち位置という訳か。子供達に格好いいところを見せるためにも勝たないとな」


 訓練生の歓声がひと際大きくなり、バルアダンやフェルネスの名が連呼される。だが耳を澄ますと、俺の名前も聞こえてきた。その声の方を見やると、レビとガドの二人だけが、声を張り上げて俺の名を叫んでいる。


「……たまには本気でいくか。準備はいいか、バルアダン」

「そうこなくては」


 何故か嬉しそうなバルアダンが、俺に槍を放り投げる。これまで何度も一緒に魔獣と戦ってきたのだ。勝てそうな気が沸々と湧き上がる。


「ダレト、作戦はどうする?」

「力押しで行こう。連携はその場の勘で」

「やれやれ、騎士団よりも過激な神官様だ」


 相手はフェルネスだ。細かい作戦を立てるより、場面ごとに互いの考えを察して戦った方がやりやすい。その程度の連携はこいつとなら可能なはずだった。


 バルアダンがフェルネスに突っ込んでいく。俺は奴の背後について機を待つことにした。奴があからさまに大声を出して、走りざまに剣を横なぎに払う。

 バルアダンが横に抜けた瞬間、背後にいた俺がフェルネスの正面に現れる形となる。突き入れた俺の一撃を、フェルネスは眼前で払いのける。その隙を逃さずバルアダンが側面から一撃を入れるが、これも振り向きざまに剣を振り下ろしたフェルネスに防がれてしまう。


「打ち合わせもなしに三連撃か。知性のない魔獣であればすぐに倒されるわけだ。だが、人であればどうかな」

「自分を人の基準にしないでもらおうか!」


 もしも魔獣に人の知性があればどれだけ恐ろしいことか。徒党を組み、戦術を理解し、クルケアンに襲い掛かれば飛竜騎士団とはいえ、敵することはできないはずだ。例えるなら飛竜に乗ったフェルネスらが攻めてくるようなものだ。

 槍の間合いに戻るため距離を取った俺をしり目に、フェルネスはバルアダンに斬撃を次々と浴びせかけていく。十合ほども打ち合ったとき、その斬撃がバルアダンを俺の前に誘導していることに気付く。槍での攻撃ができないどころか、俺達を壁際まで押し込んでいるのだ。武器庫などが無造作に置かれているこの辺りでは槍を振り回すのは困難だった。


「二人同時に相手をするのはさすがに厳しいのでな。こういうのも実戦向きだろう?」


 五合ほど打ち合い、バルアダンと俺の距離も近づいてきた。そのまま距離を詰められれば、二人とも一気に畳みかけられてしまう。


「最初とは逆の立場にしてやったのだ。ダレト、この状態でまたバルアダンの背後から攻撃してみるか?」


 バルアダンの背中越しにフェルネスの威圧を感じる。見えるわけはないが、目の前で必死に戦うバルアダンがそれを伝えてくれるのだ。俺が正面に出れば突き殺され、側面に出た瞬間、バルアダンの攻撃ごと薙ぎ払われるだろう。だがそれでも時間を稼いでいるのは、俺の何かを待っているのだ。


「……バルアダン、少々手荒いが許してくれよ」

「それで負ければ酒でもおごってもらおうか」


 バルアダンの軽口に、俺は奴の背中に向けて笑い返す。何も手をこまねいていたわけでもない。ここら一帯に俺の魔力をまき散らしていたのだ。生来、魔力の制御は苦手だが暴走させることはできる。セトの魔力を込めた赤石はさすがに危険すぎて使えないが、俺の魔力だけなら多少の被害で済むだろう。右手に力を込め、火をつけるように魔力を暴走させる。轟音が鳴り響き、巻き添えを食ったバルアダンは五イル(約三メートル)ほども吹き飛ばされる。


「ダレト、これは少々どころではないぞ!」

「文句は後だ、早く立て、今のうちに挟み撃ちにするぞ!」


 加減したのだが、結果は煙が巻き起こるほどの衝撃波をもたらした。俺は急いで回り込み、フェルネスがいる場所の煙が流れ去るのを待つ。倒れてくれていれば最高なのだが、現実はそれと反対方向だった。煙の中からフェルネスが飛び出してきたのだ。


「祝福持ちか! そんな男がなぜ無名のままでいる」

「生憎、祝福など持ってはいないのでね。だたの魔力持ちさ」


 俺は防戦一方になる中、違和感を覚えていた。クルケアンの市民は俺のようなはみ出し者を除いてそれぞれの祝福を受けているのだ。しかしフェルネスの発言は祝福持ちを貴重なものとだとしている。だがそんな疑念も目の前の危機には薄れてしまう。


「バルアダン、早く来い!」

「あぁ、待たせたな、ダレト!」


 背後からバルアダンが突撃し、正面からは俺が槍で薙ぎ払う。これで逃げ場はないはずだ。だがフェルネスは俺に背中を向けてバルアダンの方に身構えた。


「舐めるな!」

「舐めてなどいないさ」


 フェルネスは剣を地面に突き立て、俺の一撃を受け止めた。そのまま槍を腕に挟み力任せに振り回す。勢いで倒れた俺に一瞥すると、バルアダンに向けて一気に踏み込み、奴の兜を撃った。


「バルアダン!」


 兜にひびが入り、バルアダンが膝を落した。青い顔をしたラメドが駆け寄り、模擬戦の終了を告げる。


「勝者、フェルネス!」


 訓練兵の歓声が上がり、気力を使い果たした俺とバルアダンはその場に座り込んでしまう。兜を割られたバルアダンの様子を見るが、意識もしっかりとしており、外傷もない。


「剣の切っ先できれいに兜の前だけを割られたよ。あんな芸当ができるのは隊長ぐらいのものだ」

「……騎士団ではいつもあんな訓練をするのか。命がいくつあっても足りん」

「いつもは気絶するまでなんだが、まぁ訓練生に配慮したんだろう」

「……」


 レビとガドが駆け付け、俺達の手を取って立ち上がらせる。そして訓練兵達がフェルネスやバルアダンだけでなく、俺の名を叫んでいることにも気付いた。肩を貸してくれているレビが嬉しそうに話しかける。


「女心は分かってなくとも、兵の心は掴めるんだね。ほら手を振って応えてあげなよ」


 名前はまだ連呼されている。初めて味わうこの体験に、俺はそっぽを向いてあおむけに寝転がって誤魔化した。巻き添えを喰らったバルアダンも、レビもガドも倒れ込む。皆の抗議がやがて笑い声に変わり、俺は憮然としてクルケアンの頂上と青空を見上げていた。



〈フェルネスとラメド、兵学校校長室にて〉


「フェルネス、模擬戦を頼んだのは私だが、本気を出せとは言っておらんぞ!」

「ラメド様、本気ではありませんよ。飛竜騎士団を引退した貴方であればご存じでしょう」

「……なら時折出ていた殺気は何だ?」

「剣気と言って欲しいですな。あのぐらいの者達を相手にするのであれば必要でしょう」


 ラメドは顔を赤くしてフェルネスを咎めていた。訓練生に憧れの騎士を見てもらい、明日からの訓練につなげることはできた。しかし有為な人材を潰す可能性があったことは、人を育てる者として見過ごすことはできなかった。


「……しかし、やりすぎたのは認めます。ご迷惑をおかけしました」


 フェルネスは騎士としての礼儀と気品をもって謝罪する。もともと依頼したのは自分であるため、ラメドはそれ以上追及ができずに黙り込むしかない。


「それで、あの若者を見極めたかったのでしょう? 立ち会った当人として、感想を聞かせてくれればありがたいですな」

「何のことだ?」

「あのダレトという神官ですよ。本人は祝福持ちでないと言っていましたが……。本気でない魔力であそこまでの爆発を引き起こしたのです。ラメド様は何をご存じで?」

「さぁ、何も知らぬ。ただ……」

「ただ?」

「未来を背負う若者の一人として期待しているだけだ。バルアダンの奴もそうだがな」

「……同感ですな」


 フェルネスは一礼をして校長室を出る。石畳の通路から訓練場を眺めると、訓練生に取り囲まれているバルアダンとダレトの姿があった。今日の幸せが、明日も続くかのような雰囲気に、フェルネスは目を細める。


「未来か、そう願えるのも幸せなことだ」


 皮肉気なその言葉は、しかし同情と自嘲の感情も含まれていた。通路を歩きながらフェルネスは思う。あの時、ダレトが殺すつもりで魔力を使っていたら勝っていたのは彼らだろう。それに……。


「バルアダン、あの時お前は剣を止めたな」


 最後の一振り、フェルネスは兜の前面を斬るのではなく叩き潰すつもりだった。かわいい後輩を殺すつもりなぞ毛頭ないが、バルアダンの気迫に引き込まれたのだ。だが奴は間合いを見切り、剣先を兜に掠らせてから反撃をせずに剣を止めた。自分と肩を並べてくれるのは嬉しいが、しかし……。


「俺は最強を目指す。バルアダン、いつかお前が立ちはだかるのなら遠慮はせんぞ」


 フェルネスの精神で何かが蠢いた。だがそれは彼にとって不快なものではない。その魂を揺るがすざわめきは、亡き父の記憶を思い出させてくれるのだった。記憶の回廊で名も覚えていない、だが世界で一番強かったと信じる父の背中を眺めながら、フェルネスは騎士館に帰っていった。

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