第25話 タファトの覚悟

〈タファト、学び舎にて〉


 今日の教え子達は何かそわそわしている。まるで幼い頃の、悪戯をごまかそうとしているガドみたいだ。いつも落ち着きのないエルやガドは置いておいて、エラムやトゥイまでも学び舎の端から端へと所在なさげに移動したり、ちらりと私を見てきたりする。


「タファト先生、観測器ですが……」

「どうしたのエラム、あなたなら使い方は分かるでしょう?」

「いえ、使い方ではなく、内部の構造を教えてほしくって」


 数学においては特に優秀なエラムがやけに観測器の仕組みを聞いてきた。エラムは自分の観測器や大型の水力計算機クレシドラを作りたいといっていたので、内部の構造を学びたいのだろうか。他の教え子には測量方法や座標の計算方法の問題を与えて、私はエラムに向き合う。


「エラム、よければ古い物があるので分解して見ませんか?」

「いいんですか、やった!」


 エラムは精神年齢は高めだが、機械のことになると途端に幼くなる。案の定、古い観測器を与えると喜んで分解を始めた。


「先生、この宝石と小さな歯車でできた機構は一体何ですか?」

「これはね、私の太陽の祝福に連動して動くものよ。私は最下層から三十五層までの灯りの魔道具を担当していてね。この機構があればつながりを感知して、魔力を通して明かりを灯すことができるの。この観測器の場合は使用者の場所を感知することに使っているわ。観測するものに対して、別々の場所にいる私と相手との距離が分かれば計算できるでしょう?」

「そうですか、これが先生の魔力を……すごいですね!」


 エラムには似つかわしくない大きな声を出す。おかしい、初日と明らかに様子が違う。私の学び舎に慣れてくれて地が出たのだと思いたいが……。

 他の生徒の様子はどうだろうと、視線を上げる。


「え?」


 私は少し驚いた声を出した。皆が私とエラムのやり取りをじっと聞いていたからだ。私の視線に気づくと慌てた様子で課題に取り組み始める。エルが本をさかさまにして読んでいるのはご愛敬だ。不安な気持ちが染みのように心に広がっていくが、エラムに続きを促され、ため息をついて観測器の他の仕組みを解説していく。彼は熱心に聞き取り、自分の知識にしようと頑張っている。技術に対して飽くなき探究心を持っているこの子は私の姉とその夫を想起させた。


 もう十年前になる。

 あの時は私が十六歳で、姉のアルルが二十五歳。姉の長男であるガドが五歳で、彼の妹フェンディが生まれたばかりだった。アルル姉さんの夫であるダルダさんは導師であり、三十三層で家と工房を兼ねた学び舎を開いて、夫婦で多くの教え子を育てていた。先生、といわれて笑顔で子供に教えている姉の影響を、私は強く受けたのだ。


「アルル姉さん、ガドとフェンディに会いに来たわ! 私のかわいい甥と姪はどこ?」

「タファト、会いに来た中に私は入っているのかしら。入っていなければこの美味しい干果物の焼菓子マームールはないと思いなさい?」

「もちろん、甥と姪の次に入っているわ。あ、ダルダさん、お邪魔しています」


 早くに両親を失った私にとって姉さんが母替わりでもあり、そして唯一の家族でもあった。結婚した時は寂しかったけれど、ダルダさんも優しく受け入れてくれた。ガドが生まれてからは家族が増えて私も幸せだった。

 姉夫婦は石や木材を組み合わせて様々なものを設計し、ギルドと共同して建築物を作っていた。郊外からクルケアンに水を引き入れるための水道橋、浮遊床の大塔、入り江の物見の塔など様々な設計を手掛けていたものだ。教え子達も優秀であり、活気にあふれていた学び舎だった。ガドはいつも人の輪の中心にいる父母が子供心に嬉しかったのか、建築家になる、と私を見上げて宣言したものだ。

 すぐ上の上層に住んでいるという評議員もよく仕事の依頼に来ていた。何でも水や太陽の祝福に頼らなくても都市を運営できる機構・設備を開発したいそうで、多くの資金を援助してくれた。学び舎を格安で手配してくれたのもその人だ。姉が設計した水道橋は評議会でも評判がよく、その厳格そうな評議員の方が嬉しそうに姉夫婦を讃えるのを見て、私もガドも誇らしく思っていた。後でその人が評議員どころか元老のサラ導師であることを知ってびっくりすることになるのだけど。


「こんにちは、ダルダさんはいらっしゃいますか?」


 夕方になると、決まってすこし気弱そうな、言い換えれば優しい青年の声が玄関に響く。姉さんがからかうように私を見て、何でもないようなそぶりで髪を直しその人を迎えにいく。


「こんにちは、イグアル。残念ながらダルダさんは出かけているわ」

「……ならここで待たせてもらってもいいかな」

「ええ、もちろんよ。来る頃だと思って特製のお菓子を用意してあげたわ」


 弾むような足取りで食卓に招くと、姉さんがダルダさんを呼びに行くと言って家を出る。何故か緊張し始めたイグアルに、私は笑って温めた果実水と焼き菓子を差し出すのだ。私が余裕なのは、彼が背に手をまわして隠し持っている一輪の花のせいだろう。


「ダルダさんに会いに来たのもあるけれど、今日はタファトにあげたいものがあって」

「あら、何かしら。きっと素敵なものだわ」


 意を決したようなイグアルが花を差し出そうとした時、窓を叩く音がする。びっくりして振り返ると、そこにはイグアルと共通の友人であるフェルネス、そしてアルル姉さんにダルダさん、フェリシアを抱いたガドが顔を窓に貼り付けていた。そして姉さんが呆れたような声でイグアルを叱りつける。


「イグアルさん、その花言葉は知っているの? 交際を申し込むには花言葉が不吉だよ!」

「え、そうなのですか! フェルネスがタファトはこの色が好きだろうって……」

「ば、馬鹿! 俺を巻き込むな」

「イグアル、フェルネスさん、夕飯の前にちょっとお話をしましょうか。……ガド、あんな大人になってはいけないからね。花に託した言葉も知る男になりなさい」

「はい!」


 引きずられるように工房に連れていかれた二人を見て、私はダルダさんやガドと大笑いをする。焦ることはない。時間は今も未来もたっぷりとあるのだから……。

 家族と恋人未満のイグアルと楽しく過ごしているとはいえ、心配がないわけでもない。神殿とは折り合いが悪く、祝福を極力使わない姉さんたちの設計に異を唱えるどころか妨害もしてくるのだ。でも神官出身でもあるサラ導師がそれを抑えてくれていて実害はあまりなかった。私自身も太陽の祝福を持っていたが、もちろん姉の考えに賛成だった。私個人の祝福は私が死ねばなくなるけれど、姉が造った施設はその死後もこの階段都市で動き続けるのだ。


 ……でも幸せな日々は長くは続かなかった。

 大雨が続いた時、西門の近郊にある水道橋の破損が見つかったのだ。クルケアンに水害がもたらされる危険性があると、評議会で神官達に批判され、姉夫婦と教え子達は城壁の外に出て、破損個所の修復に向うことになった。

 その日はとても天気が良く水量も減っていたので、みんなは安心して出発した。私はフェンディを抱きかかえ、ガドと共にたったの五十アスク(約三百六十メートル)程度、城壁を出て見送ったのだ。


「姉さん、ダルダさん、皆さん、行ってらっしゃい!」

「行ってらっしゃい、お父さん、お母さん」


 幼いガドが一生懸命に手をふる姿がかわいらしい。

 

 彼と手を繋いで城壁内に戻ろうとしたその時だった。

 比較的安全であるはずの東側の街道にも関わらず、魔獣が襲ってきたのだ。

 次々と咬み殺される教え子達。ダルダさんは修理用につかう槌を必死にふるって、皆を逃がそうとしている。


「タファト、子供達を連れて逃げて!」


 姉さんが叫び、私は右手でフェンディを抱きかかえたまま、左手でガドの手を引いて門に向かって走り出す。門ではまだ騒ぎに気付いていない。盗賊が襲うには街に近すぎるし、何より飛竜騎士団が空の上を巡回しているはずだ。しかし、ここはあまりにも城壁に近すぎて死角となり、私達が見えないのだろう。私は門まで叫びながら走った。



 門まであと三十アスクでダルダさんの声が聞こえなくなった。

 あと二十アスクで教え子達の悲鳴が消えた。

 あと十アスクの時、堪らなくなって後ろを振り向いた。


「アルル姉さ……ん?」


 姉さんが傷だらけの顔で笑って立っていた。そして小さく手を振ると魔獣に向かって歩き出した。私は姉さんの意図と覚悟を悟り、泣きながら駆け出した。


 あと五アスクのときフェンディを抱えている右腕に痛みが走った。

 私の右腕は姪ごと魔獣に喰われてしまったのだ。

 腕を失った痛みや出血よりも、姪を失った怒りと悲しみで自分を見失いそうになる。

 しかし、左手につかんだガドの感触が私を正気に戻してくれた。


「ガド、門へ!」


 さすがに門衛が気付き、この子だけは助かったのだと思った瞬間、門が閉じた。

 衛士は抗しきれないとみて、街の中へ侵入されて被害が増えるのを防いだだけだ。

 しかしそれは私にとって何の救いにはならない。せめてガドに恐ろしい光景を見せまいと抱きしめる。


「ごめんね、ガド。最後まで一緒にいるからね」


 朝までは幸せだった。

 昼には地獄となった。

 なら夕べは、未来はどうなるのだろう。

 未来は幸せに続いていくのだと夢想した過去の自分が哀れだった。


「タファト!」


 その時、飛竜が私の目の前に現れて魔獣を威嚇した。イグアルが飛竜から飛び降りて私をかばう。


「フェルネス、頼む!」


 フェルネスが飛竜と共に魔獣に突撃し、魔獣の腹を彼の槍が穿った。それでも魔獣は飛竜の首に噛みつき、フェルネスは地に投げ出される。イグアルが魔道具を操り、魔獣の鼻と口を水で満たし、窒息させようとする。魔獣がたまらず飛竜の首からその牙を離した瞬間、フェルネスが剣を魔獣の喉に刺して、家族の仇は息絶え、私は意識を失った。


 目が覚めた時、私はイグアルの家に寝かされていた。血止めはしたものの、このままでは化膿するので手術をするそうだ。三十四層から薬師が呼ばれ慌ただしく処置がされていく。薬草で意識が朦朧となる寸前、イグアルにガドの様子を聞いた。


「命は無事だし怪我も少ない。気丈な子だな、今は君のことを心配している。だから彼のためにも頑張るんだ」


 ガドが無事だということを聞いて私は眠りに落ちた。


「……おばさん、タファトおばさん! 大丈夫、大丈夫だよね?」


 手術が終わったのだろう、目を覚ますとガドが泣きながら私に抱きついてくる。

 私は安心させようと彼の頭を右手でなでる。

 右手? 

 そんなはずはない。腕は食われたはずだ。フェンディと共に……。


「目が覚めたか」


 憔悴したイグアルが寝台の横の椅子に腰掛けていた。


「出血がひどかったので魔道具で義手を造った。俺の魔力で内部の水の圧力が変化するようになっている。私が魔力を補充していけば問題なく普通の生活はできる。クルケアンで最高の義手だ」

「ありがとう。……ごめんね、他にもいっぱい言いたいことがあるのに、言葉が出ないの」

「いいんだ。それに私だけじゃない。サラ導師も手伝ってくれてね。私だけでは無理だった」


 瞬間、私の血の気が引いた。月の祝福者は物を変化させることができるが、こんな精巧な義手を作る素材は家にないのだ。皮肉なことにその素材は私が倒れていた近くにあったはずだ。魔獣の遺骸という、クルケアンで最高の素材が。


「そうだ、その通りだ」


 イグアルは泣きそうな顔で、真実を伝えてくれた。


「今から君にいうことはとても残酷なことだ。もしくは人生を縛る呪いだ」


 イグアルは水道橋の破損や襲撃は神殿の仕業の可能性があると教えてくれた。早朝に気づいたイグアルはフェルネスを半ば脅迫に近い形で出撃させて、助けに来てくれたのだ。

 そして、イグアルはサラ導師と共に体制を変えるために動くのだと告げ、私には導師として、姉夫婦のように子供達に新しい考えや方法で都市を変えるよう教育してほしいことを伝えた。


「自分と共に神殿との戦いに参加せよと言わないのですね。私には覚悟ができています。何より、姉の復讐をしなければ――」


 イグアルさんは泣いて私を叱りつける。


「アルルさんや、ダルダさんはそれをきっと望まない。私もだ。皆が皆、争いをしてどうする? 君がそうしてくれるからこそ、アルルさん達の死を無駄にしないために私は私のやるべきことができるのだ」


 私は頷いた。

 ただし、ガドが成長したとき、もう一回相談させてくださいともお願いした。

 優しいイグアルは困ったような顔をして髪を撫でてくれた。


 あれから十年、イグアルの様子をみる限り、準備がある程度進んだようだ。私の大事な家族であるガドもあと三年ほどで成人する。その時、私はどう選択し、行動するのだろう。かわいそうなガドは、魔獣に襲われた時の記憶を失っている。でもそれでいい。あんな辛い光景を覚えているのは私だけで十分だ。でも、私だけは絶対に忘れない。魔獣で造られた義手は今でもそのままだ。これは私の覚悟だ。次は大切な家族を守るという誓いでもあり、戒めでもあるのだ。


「さ、みんな、課題を早く終わらせましょう」


 私は意識を過去から現在に戻し、笑顔を意識して作って、課題ができず唸っているガド達に助言をするべく席を立った。


 姉さん、私は立派に先生をしていますでしょうか。

 幸せな未来という夢を持っていてもいいのでしょうか。

 

「みんなこっちに集まって。みんなでガドに計算を教え込みましょう!」

「はい、先生!」


 私の声に子供達が集まり、騒ぎながらガドを取り囲む。

 迷惑そうな顔をしながら、次第に口角を上げていくガドの顔を見て、私はあの賑やかな工房に住んでいた頃を思い出していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る