第10話 仮面をつけた男①


〈ダレト、神殿にて〉


「……以上が、本日の報告となります。神殿長」

「なるほど、権能杖に魔力は入れられたが、さほどの量ではないと」

「はっ、ただし初めて取り扱ったにしては上々の成果です。魔力の生成、集中、流動を成功させたのですから」

「よろしい。念を押すが、他は特に変わったことはなかったのだな」

「特に何も。古い文献やクルケアンの各所を調査することに目を輝かせていたぐらいです」

「文献はセトの祝福のためだと分かるが、都市の各所の調査とは何だ」


 神殿長が疑い深い目で俺を見る。神の存在を知るために、俺は今回のセトの監視を奇貨として合法的に都市や神殿の全てを探さなければならない。神は実在するのか、それても神殿のペテンなのか。そのためには神殿長をその気にさせ、調査の許可を得なければいけないのだ。


「すでに調査で上がってきているように、セトはこのクルケアンを愛し、浮遊床なしで中層まで自力で登るなど探究心旺盛です。それに、あのサラ導師に師事し都市設計にも関与するのでしたな」

「……あの婆さんには関わりたくはない」

「セトを彼女の保護下に置いたのは神殿長でしょう」

「だがその見返りに拳で説教をされたわ。次はお主が顔を出すのだぞ」


 サラ導師の名が出たとたん、シャヘルは及び腰になる。おそらくあの婆さんに勝てるのは、元老のトゥグラトぐらいだろう。


「サラ導師の弟子になるでしたら、祝福の解明のために、都市建設のためにもあちこちへと行こうとするでしょう。下手に禁止区域へ行かせないためにも調査という名目でしかるべき場所に誘導をしていきたいと存じます」


 さて、状況は作った。賭けは吉と出るか凶と出るか。


「ふん、まぁ、よかろう。セトの監視、くれぐれも怠ることのないように」


 神殿長に深々と頭を下げ一礼をすると見せて、俺は床を見ながらにやりと笑う。言質は得た。禁止区域へ行かせない、とは行く可能性があるということだ。セトが俺のいないところで勝手に禁止区域にいき、監視対象の私が止めるべく後を追っても不自然ではあるまい。まぁ、軽度の罰を受ける可能性があるが、得るものの方がはるかに大きい。表情を取り繕って頭を上げて部屋を出ていこうとした時、シャヘルが俺を呼び止めた。セトの家族と同居しているバルアダンと知己を得ておけと命じたのだ。


「あのザイン家のバルアダンが飛竜騎士団に所属となった」

「確か武の祝福を受けたものでしたな」

「そうだ、そして奴の祖父ヒルキヤは例の赤光の事件で追放となった騎士だ。セトとザイン家、赤光の関係者の距離が近すぎる。行方をくらましたヒルキヤがバルアダンやセトに接触する可能性もあるやも知れぬ。セトの監視役ついでに、バルアダンとも関係をつくり、適時報告せよ」

「了解いたしました」


 あぁ、今日は何という佳き日だ。

 まだ見ぬ神よ、いつかは殺したい神よ、感謝します。権力欲にまみれたシャヘルの奴を抱きしめたいほどだ。飛竜騎士団には評議員関係者も多い。目的達成のために神殿勢力と評議会勢力、十二分に活用させてもらおう。しかし、追放された元貴族であるバルアダンとは意外と仲良くやっていけるかもしれない。

 神殿を後にして浮遊床に乗り、中層最上層の百九十層に着く。騎士館でシャヘルの紹介状を出してバルアダンを呼び出してもらうと、さほど待たされずに面会ができた。


「バルアダンと申します。神殿の使者殿でいらっしゃいますか?」


 成人式を終えたばかりの十八歳の青年は、優雅な動作で俺の前に立っていた。年齢の割にはやや長身、そして鹿のようなしなやかさと樫の木のような力強さを感じる。将来は鹿から獅子になるだろう。あるいは竜か。追放された貴族と聞いて同情を持っていたが、己が持たざる者であったと初対面で痛感させられる。なればこそ、俺は偽りの友誼で、仮面の笑顔で彼と行動を共にできるだろう。


「僕はダレトと申します。急な呼び出しで申し訳ありません。今日から飛竜騎士団にお勤めのはずです。ご迷惑をおかけしたのでは?」

「いえ、今日は団長に着任の挨拶をするのみで、ほとんど待機していただけです。むしろお呼びだていただいて助かりました。ところでご用件は何でしょうか」

「実はセトのことです」

「セト、あの子に何かあったのですか!」


 話題がセトのことになった瞬間、一転して余裕がなくなったバルアダンに驚く。

 そういう奴で、そういう関係か。亡くなった妹が頭をよぎるが、かぶりを振って追い払う。


「あぁ、ご心配なさらないように。セトの訓練生としての所属なのですが、午前は神学校、午後はサラ導師の元で学ぶことになりました。神学校では僕が導き役となります。今日はその縁で、あなたに挨拶をしに来たのですよ」

「そうですか。それはご丁寧にありがとうございます。もしかしてセトは神官になるのですか?」

「僕の見立てではそれはないですね。あれだけ元気な子は神官にはもったいない。クルケアンを探検して、城壁を走り回る神官は残念ながら誕生しないでしょうね」

「もうセトの本性が分かっているとは、これはよい指導役に恵まれたものだ」


 バルアダンの目が優しく笑う。まったく、あのセトの天衣無縫さは周りの過保護のせいなのだろう。


「そうそう、神殿は彼の祝福に関係する伝承や史料を探し、その力を解明するつもりです。本人も喜んで昔の本を探すといっておりました」

「セトが本に興味を! いやこれは大変な事態だ」

「ある程度は僕が史料や文献を用いて教えていくつもりですが……」

「何か、心配事でも?」

「聞けば彼は昔、中層から飛竜に乗って帰ってきたというではありませんか。知識が増えれば行動範囲も広まる。あの子が本気でクルケアンを探索しだせば手に負えないかもしれないので、その時は協力をよしなに」


 心底困ったような顔をしてバルアダンにお願いをする。このお人好しは笑って引き受けてくれるにちがいない。


「いやはや、とうとうセトを捕まえ続けた、フェルネス隊長の役回りがきたのか。これも兄として甘受すべき役目でしょうな。何かあればすぐに駆け付けますのでご安心ください」


 予想通り過ぎて拍子抜けする。もしかするとこの男はただ人がいいだけのお坊ちゃんではないのか。利用するには問題ないが、こいつが俺の盾となったり、上層部と渡り合える器であったりしないと後々困るのだ。

 このバルアダンという男の実力をどう測るかと考えていると、都合よく偉そうな騎士達が騎士館の回廊を歩いているのを視界にとらえた。内心でほくそ笑み、できるだけ自然に体勢を崩して騎士の一人へ倒れ込んだ。


「も、申し訳ございません。足がもつれてご無礼を……」

「神官め、偉そうに説教するだけだと思っていたが、騎士の鎧を汚すこともできるらしい」


 神殿と騎士団は対立関係にはあるが、ここまで嫌われるとむしろすがすがしい。取り巻きの騎士が俺を囲み、胸倉をつかんで殴り倒そうとする。無様な抵抗をするように腕を掴み、殴られる瞬間に手首の関節を固定し、床に叩きつける。もちろん自分が殴り倒され、偶然それに巻き込まれたように見せてのことだ。醜態を笑っていた他の騎士であったが、倒れた騎士が手を押さえて呻いているのを見ると次々に剣の柄を握りしめていく。……さて、お人好しの騎士よ、当然守ってくれるのだろう?


「その方は何も悪くないではありませんか、剣を抜くのはやりすぎです!」

「貴様、新入りだな。こやつらが臆病風に吹かれて北方の魔獣討伐に反対しなければ今頃クルケアンは平和であったのだ。情けない神官に武とは何か見せてやるのよ」

「武とは争いを止めるためのものでしょうに」


 バルアダンが俺と騎士の間に割って入る。やがて騎士達が、あれが武の祝福持ちのバルアダンだと騒ぎだした。恐らく嫉妬なのだろう、一人の騎士がバルアダンの前に立ちはだかった。


「お主がバルアダンか。世を知らぬ貴様に稽古をつけてやろう」

「……稽古であれば」


 中庭であのバルアダンが決闘だとの噂が広がり、奴を見ようと騎士達が集まって下品に囃し立てている。だがその喧噪もたった二人の人物が出てきただけで静まり返った。飛竜騎士団長のベリアと、彼と並び騎士最強と称えられるフェルネスが現れたのだ。


「ベリア団長!」

「これは何の騒ぎだ」


 魔獣との戦いで片脚が義足となったベリアが鈍い音を立てながら中庭に出る。バルアダンは落ち着いて上官に対し一礼するが、相手の騎士は慌てたように自己弁護を始めた。 


「い、いえ、この新入りに稽古をつけようと思いまして」

「決闘ではなく稽古か」

「そ、それにこの神官めが……」

「理由はよい。だがその剣はなんだ」

「訓練用の刃引きをした剣ですが」

「真剣を使うことを許す。腕の一本や二本、斬り落としてもよいので全力で戦え」


 有無を言わせぬ峻厳な言葉は騎士を縛り剣を抜かせた。対するバルアダンもゆっくりと自分の長剣を抜いて構える。さて、理想的な展開だがいささか居心地が悪い。なぜならベリアとフェルネスが俺を挟むように立っているからだ。


「フェルネス、神殿のアサグ機関が色々と蠢動していると聞く。奴らは何か仕掛けるつもりなのか」

「恐らくは評議員への根回しでしょう。次の議題は北方の魔獣討伐と聞いています」

「そんな平和的なものであればよいのだが、最近の特務の神官は暗殺もするとも聞くぞ」

「確かに剣も体術に優れた者も多いですな。甲冑を着た騎士を投げ飛ばす神官なぞ、騎士団に欲しいくらいです」


 逃げれば一撃で殺される、だが挑んでも同じ結果となるだろう。演技ではない冷や汗をかきながらただ前方を見続けていると、ようやく騎士がバルアダンに向かって斬りかかっていった。

 一合目は騎士としての礼儀だろう。刃鳴りが響き、正面からぶつかった。二合目は相手の面目に配慮したのだろう。上段からの振り下ろしを誘い、重い一撃を放たせた。当たれば即死の一撃に周囲の騎士達がざわめく。如何に団長が真剣勝負を許可したとはいえ、殺せまでとはいっていないのだ。だがバルアダンは平然と一歩を踏み出した。落ちてきた小枝を避けるように半身となって踏み込みその一撃を躱す。そしてそのまま柄頭を胸に打ち込んで地に倒したのだ。バルアダンはベリアに視線を送って稽古の終わりを求めるが、ベリアはそれを許さない。


「おのれバルアダン、新入りの分際で!」


 起き上がった騎士がバルアダンの隙をついて跳ね飛ばす。そして片膝をついたバルアダンに向けて強烈な斬撃を打ち下ろした。誰もが若い騎士見習いの死を確信し、兜を割る鈍い音を覚悟していたのだが一向にそれが聞こえない。聞こえたのは唯一つ、剣の刃先が中庭に刺さる音だけだった。バルアダンは音すらたてず、相手の長剣を振り上げた一撃で両断したのだ。


「そこまで、勝者、バルアダン」


 ベリアの声に騎士たちの歓声が巻き起こり、バルアダンは初日にして騎士団に居場所を作った。それも見習いとしての居場所ではない。強者という立場を実力で勝ち取ったのだ。ベリアが頷き、フェルネスが手を叩く。


「どうだ、クルケアン最強の騎士。奴に勝てるか?」

「最強は団長でしょう。ですが、勝負してみたいと思います」

「ほう、珍しい事だ。昔の気概が戻っておるではないか。最強を求めるのは戦士のさがだ。止めはせん」


 そういって二人は中庭を後にした。だがその前に俺を一瞥していったのは警告だろう。神殿もそうだが、騎士団も化け物の巣だ。今後は立ち回りをもう少し慎重にしよう。だが今はそれよりも……。


「ありがとう、バルアダン殿。僕のせいで迷惑をかけてしまった」

「非礼があったのはこちらの方です。それよりダレト殿、お怪我はないですか?」

「倒れ方が良かったのか痛みはありません。それよりこれからはダレトとお呼びください」

「分かりました、こちらはバルで結構です。セトもそう呼びますから」

「騎士団に知己ができるのはありがたい。ではバル、また会いましょう」

「ええ、ダレト」


 信用はこれからとしても繋がりは得た。あの元気なセトのことだ。十日くらいたったら様々な問題を起こしてバルアダンを巻き込むだろう。距離はゆっくり詰めた方がいい。自分がセトの魔力を隠している間は大きな騒ぎにはなるまい。

 騎士館の門に向かう途中、何気なしに赤い宝石を懐から取り出す。不吉の象徴である赤い宝石、セトの魔力が注がれたこの宝石を見ていると、厩舎にいた竜達が自分を見ているのに気付く。否、自分ではない。この赤光を見ているのだ。その時、飛竜の黒い目が一瞬赤く光ったような気がした。


「化け物どもめ……」


 不安を口から吐き捨てるようにそう呟くと、俺は騎士館の門を逃げるように出ていった。

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