第896話 明確な殺意
濃霧の向こうから、大気を震わせる〈
その最中、
けれど突然、背中に凄まじい打撃を受け、吹き飛ばされるようにして地面を転がる。視界が激しく揺れ、呼吸が乱れるなか、背後で植物が擦れ合う音が聞こえた。どうやら横に薙ぎ払うような動作で触手めいたツル植物の先端を叩きつけられたようだ。
足元の植物に紛れる形で接近されていたので、〈ハガネ〉のセンサーすら反応できなかったようだ。シールドを展開する間もなく襲撃を受けたが、アーマー層が衝撃を吸収してくれたので致命傷にはならなかった。肋骨に鈍い痛みが残るが、スーツがなければ確実に背骨が折れていたはずだ。
息を整えながら素早く立ち上がると、再び擲弾を発射しようとした。しかし手元に擲弾発射器がない。咄嗟に周囲を見回すと、数メートル先に転がっているのが見えた。拡張現実で表示される青色の輪郭線で火器が強調され、位置を正確に示してくれた。攻撃を受けたさいにスリングが切断され、その衝撃で吹き飛ばされてしまったようだ。
回収するために駆け出すが、それを阻むように、あの異様な擬似状体が霧の中から姿をあらわす。先ほどよりもハッキリとその姿が見える。四肢は屈強で、艶のある外殻の表面は霧の中で鈍い光を反射している。頭部の青紫の花弁は微かに輝き、こちらに向けるのが見えた。種子を撃ち込むつもりなのだろう。
まともに相手をする余裕はない。そのまま無視して擬似状体の横をすり抜けようとすると、こちらに腕を向けるのが見えた。
枝葉で形成された腕は、先ほどのツル植物のように一瞬のうちに伸びると、ムチのようにしなりながら襲い掛かってくる。その先端は音速を越え、大気を切り裂きながら迫る。私は咄嗟に横に飛び退いて紙一重のところで
二本目のツルが振り下ろされるのが見えた瞬間、地面を転がるようにして回避する。腐った
背後からは、擬似状体が不気味な音を立てながらこちらを追撃している。風切り音が聞こえるなか、気を抜くことの許されない時間が続く。
濃霧のなか、地面に転がる擲弾発射器が一瞬だけ視界に映る。人の背丈の倍はある奇妙なキノコの根元に落ちている。今にも動き出しそうな不気味な植物群が、じわじわと恐怖を煽ってくるが、嫌な考えを振り払い、わずかな隙を見つけて擲弾発射器に向かって手を伸ばした。冷たい金属の感触を指先で感じ取ったその瞬間――
嫌な破裂音が聞こえ、その直後、左腕に激痛が走る。痛覚制御によって瞬時に痛みは消えるが、自分の腕が弾け飛び、鮮やかな赤と銀色の破片が霧のなかで舞うのが見えた。反射的に仰け反ると、そのまま泥濘に背中をつけるようにして倒れ込む。種子による狙撃だ――鋭利な飛翔体と化した種子が左腕を粉砕したのだ。
擲弾発射器を拾おうとする瞬間を狙って撃ち込んだのだろう。……なるほど、もはや疑いようがない。この異星の植物は確かな意思を持ち、〈枯葉剤〉を脅威と捉え、ソレを排除するために戦術的に行動しているのは明らかだった。
瞬間的な幻肢痛に顔を歪めながらも、すぐに冷静さを取り戻し、攻撃された箇所を確認する。幸運だったのは、破壊されたのが生身の腕ではなく義手だったことだ。すぐに〈ハガネ〉の液体金属が滲み出ると、損傷した箇所を修復し始める。新たな義手が形成されている間に立ち上がると、さらなる追撃を躱すために素早く動いた。
左腕の義手は修復されたが、状況は絶望的だ。霧の中から無数の種子が一斉に撃ち込まれる。シールドを展開しながらすぐに身を隠したので、擲弾発射器に近づく余地はなかった。周囲のキノコ群に種子が直撃して破裂するたびに、足元から振動が伝わってくるようだった。
すると視界の端に、あの不気味な擬似状体の姿が見えた。頭部の花弁が青紫色に明滅している。この霧のなかで正確に狙撃できるのは、擬似状体が私の位置を伝えているからなのかもしれない。
どうやら、あの擬似状体を処理しない限り、擲弾発射器を回収して〈枯葉剤〉を使用することは不可能のようだ。
「単純だけど厄介だな……」
時間をかければかけるほど、周囲の植物はさらに密度を増しながら襲いかかってくるだろう。
霧の向こうから断続的に聞こえる〈電磁砲〉の低い咆哮が、地面を震わせながら鼓膜に伝わる。〈ウェンディゴ〉から聞こえる射撃音は頼もしくもあるが、敵の猛攻を受けながら必死に応戦している証拠でもあった。ペパーミントたちの掩護が必要だったが、この状況では助けを求めることもできないだろう。
目の前の状況を打破するため、とにかく行動することにした。タクティカルベストのマガジンポーチから白銀の鋼材を抜き取ると、冷たい金属の感触を確かめるようにして、すぐに〈ハガネ〉に取り込んで迅速に液体金属の補充を行う。失った義手の機能を補うだけでなく、攻撃のために精神感応兵器として機能する〈鬼火〉を形成する。
手のひらから液体状の金属を浮かび上がらせる。流動的で不定形な物質は球体に変化しながら硬化し、青白い電光を放ちながら私の周囲を静かに浮遊する。まるで原子核を取り巻く電子軌道のようだ。電光が生む残光が霧の中で朧気な光の環を描いていく。
そっと覗き込むようにして接近する擬似状体を睨みつける。頭部の花弁が青紫色に明滅する様子が視界に入り、周囲の植物と位置情報を共有していることが分かる。これ以上、あの植物の好きにさせるわけにはいかない。意識を集中させ、浮遊する〈鬼火〉に標的を伝える。
次の瞬間、球体のひとつが凄まじい速度で飛び出していく。青白い閃光が霧を払い、擬似状体の身体を一撃で貫く。その動きに続くように、他の球体も連続的に発射される。それぞれが別の軌道を描きながら標的を捉え、枝葉や奇怪な外殻で構成された擬似状体の身体を次々と貫いていく。
標的を貫いたあと、〈鬼火〉は自由自在に軌道を変え、再び擬似状体に襲いかかる。衝突と閃光、破裂する音が連続して響き、擬似状体の身体がズタズタに引き裂かれていく。地面には破片と異様な体液が散乱し、敵の動きは完全に停止したかのように見えた。
けれど、そこで異様な現象を目にすることになった。擬似状体の周囲にある植物から、粘液質の液体が滲み出すように広がるのが見えた。その液体は擬似状体を包み込むと、破損した部位を徐々に接合し、修復していくのが見えた。奇妙なことに、あの液体には見覚えがあった。
いずれにせよ、その様子を見て血の気が引くのを感じた。この植物群には、連携し群体として獲物を攻撃するだけでなく、独自の回復機能すら備わっているのだ。
擬似状体が完全に復活する前に致命的な一撃を繰り出す必要があったが、一体どこを攻撃すればいいのか見当もつかなかった。その不安は〈鬼火〉にも伝わったのか、戸惑うように動きを止めるのが見えた。
けれど、くよくよ考えている時間などなかった。反射的に足を踏み出し、地面に転がる擲弾発射器に向かって駆け出す。濡れた地面が靴底に吸い付くように感じられるなか、手を伸ばしてソレを拾い上げる。
擬似状体は倒れ、今のところ狙撃される恐れはない――そう自分に言い聞かせながら、拡張現実で表示された目標地点に向かって駆けていく。
すると周囲の植物群が一斉に動き出すのが見えた。邪魔をするつもりなのだろう。ツル植物が地面から飛び出し、まるで意志を持った鞭のように襲い掛かる。その動きを視界の端で捉え、低く身を屈めて回避する。その直後、別のツルが振るわれるが、反射的に跳び上がって躱すと、〈鬼火〉を使って煩わしい植物を切断していく。
目標地点が目前に迫ると、視線の先に〈枯葉剤〉の散布地点を示す赤色のターゲットが表示された。迷いは一切ない。擲弾発射器を構えると、目標に向かってトリガーを引いた。
発射の衝撃が腕に伝わり、擲弾が霧を切り裂いて飛んでいく。静寂が一瞬だけ訪れ、その直後――閃光とともに炸裂音が轟く。目標地点で炸裂した擲弾は、広範囲に〈枯葉剤〉を撒き散らし、植物群を覆い尽くしていった。
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