第895話 抵抗


 擲弾発射器グレネードランチャーを構え、息を詰めるようにして目標地点に向かって引き金を引いた。鋭い発射音とともに擲弾が放たれ、目標に向かって一直線に飛んでいく。目標地点の下方に広がる植物群が異様な動きを見せたのは、ちょうどそのときだった。


 青と黄土色の植物群が波打つように盛り上がり、粘液を滴らせた触手が絡み合いながら瞬時に菌類に覆われた塔を形成する。その動きは異常なほどに速く、擲弾は目標に到達する前に、その有機的な塔の先端にパックリと飲み込まれてしまう。その直後、塔内部で炸裂音が轟いた。


 塔の表面は一瞬で黒く変色し、膨れ上がった箇所が裂け、粘液と胞子が噴出されていく。〈枯葉剤〉を広範囲に散布することはできなかったが、気色悪い塔は崩壊し、言葉のまま砂の城のように砕け散っていく。崩壊する様子は見るに堪えないほど気味が悪く、その背後で健在な植物群が静かに蠢いているのが見えた。


 どうやら菌類の塔は攻撃の直前に植物群から切り離されていて、根系に影響が及ばなかったようだ。それが意図的に行われたことなのか、まだ判断できなかったが、あの菌類は自らを犠牲にして本体でもある植物群を守ったように見えた。


「クソ……」

 すぐに排莢を行い、擲弾を再装填したときだった。悲鳴のような甲高い音が辺りに響き渡り、直後に足元のコンテナが猛烈な衝撃を受けた。


 輸送コンテナが爆散したかと思うと視界が反転し、身体が宙を舞った。爆発の勢いに吹き飛ばされ、硬い地面に何度も叩きつけられる。〈ハガネ〉のスーツが衝撃に反応して瞬時に硬化し、ほとんどの衝撃を吸収してくれたので、派手に吹き飛んだように見えたが痛みはほとんど感じなかった。


 と、そこに爆散したコンテナの残骸と、そこから溢れ出した三葉虫にも似た生物が降ってくる。鋭い鉄片は避けることはできたが、気色悪い生物は無数の小さな脚で艶のある甲殻を支え、カサカサと波のように押し寄せてくる。


 その群れは明らかに私を標的にしていて、地面を這いながら一斉に突進してくる。その動きに生物的な意思は感じられず、捕食に対する本能のような飢えしか感じられなかった。


 すぐに立ち上がろうとしたが、触手のように蠢くツル植物に絡みつかれ、思うように身体を動かすことができなかった。その間にも生物の群れは迫ってきていた。


 三葉虫めいた生物の群れは飛び付いてくると、カサカサと総毛立つような不快な足音を立てながら身体中を這い回る。その生物に吐き気を催しながらも、身体にまとわりつく生物を引き剥がそうとするが、次から次に這い寄ってきては覆い被さってくる。一度引き剥がしても、すぐに新たな個体がやってきて切りがない。


 猫ほどの体長がある生物の多くは、スーツの表面に粘液のような分泌物を垂らしていく。それはスーツの表面を融かしているのか、アーマー層から蒸気が立ち昇るのが見えた。


 身動きが取れなくなっていくと、〈重力場発生装置〉を起動し、周囲に局所的な重力場を発生させる。エネルギーの消費量が凄まじく、一時的にしか発生させることができないが、気色悪い生物は目に見えない手に引き剥がされるようにフワリと浮き上がるのが見えた。


 重力場の中で脚をバタつかせ、カチカチと甲殻を打ち鳴らす。その光景にわずかな恐怖を覚えつつも、すぐに立ち上がると、重力場が消える前に後方に飛び退いた。


 重力場の効果が消える寸前、空間そのものを圧縮させ、反発する力を利用して衝撃波を生み出す。超能力サイキックめいた攻撃で三葉虫の多くは吹き飛ぶが、すぐに別の群れが迫ってきているのが見えた。けど今度は私のほうが早かった。〈ショルダーキャノン〉を形成すると、容赦なく〈貫通弾〉を撃ち込んでいく。


 立て続けに発射された弾丸は渦を巻くような衝撃波を伴い、群れのなかに飛び込んでいく。艶やかな外骨格が砕け、脚が千切れ、グロテスクな内臓が飛び散る。〈貫通弾〉が撃ち込まれる度に無数の死骸が積み上がっていく。


 けれど、その気色悪い生物の相手をしている間にも、菌類の塔はこちらに狙いを定めていた。塔の先端が膨れ上がり、内部で何かが脈動する。つぎの瞬間、塔の先端部から物体が撃ち出される。


 耳をつんざくような爆発音とともに凄まじい衝撃波が周囲を襲い、三葉虫の群れと一緒に吹き飛ばされてしまう。視界が回転し、ひどい耳鳴りがする中で、とっさに重力場を形成して落下速度と衝撃を相殺する。


 輸送コンテナの上に着地すると同時に、擲弾発射器を構え、目標地点に狙いを定める。引き金を引いて擲弾を撃ち込むと、目標に向かって霧の中を一直線に飛んでいく。


 擲弾が目標に到達した瞬間、網膜に残像を残すような閃光が見えた。炸裂した擲弾からは〈枯葉剤〉が散布され、薬剤は霧のなかで広がり、植物群の表面に降り注ぎ即座に反応を引き起こした。


 青紫色の花々が咲き誇っていた擬似状体ぎじじょうたいは動きを止め、痙攣しながら縮れ、まるで生命そのものを奪われたように崩れていく。別の擬似状体は、まるで痛みを感じる生物のように激しくのた打つ。植物群が苦悶の渦に巻き込まれ、絡み合いながら崩れていく。


 葉の色は鮮やかな青や緑から灰色に変わり、茎は乾燥して脆くなり、砂粒のように砕け散っていく。その崩壊は連鎖的で、薬剤の届いた範囲全体に広がっていく。植物群の終焉を見届けていると、内耳にルインの声が響いた。


『目標の破壊を確認しました。すぐに〈最終目標〉の位置を送信します』

 視線の先に拡張現実で地図が表示される。目標地点はコンテナターミナルを埋め尽くす植物群の、ほぼ中心を示していた。これまで近づくことすら叶わなかった繁殖地帯であり、その深部におそらく植物の核が存在しているはずだった。


『障害になる植物の多くは処理できました。しかし今まで近づくことすら困難な場所だったので、接近するさいには用心してください』


「了解」

 短く返答しながら、擲弾発射器に次弾を装填する。


 再装填が完了したことを示す電子音が聞こえると、すぐに〈ウェンディゴ〉の位置を確認する。すでにルインから連絡を受けていたのか、目標地点に向かっているのが見えた。


 その巨大な脚で枯れた植物を踏み潰しながら移動していた。そこに無数の捕食者が迫るが、重機関銃による弾丸の雨を浴びせていく。死角から攻めてくる敵は、テンタシオンの〈ガトリングレーザー〉で排除されていった。


 それでも捕食者たちは〈ウェンディゴ〉の進攻を阻止しようとして接近を試みるが、猛攻の前に次々と屍を積み重ねていく。本来ならその死骸は植物の苗床にされていたが、周辺一帯の植物が枯れていたからなのか、新たな植物が誕生することはなかった。


 どうやら順調に植物を駆除できているようだ。ライフルを構えると、〈ウェンディゴ〉の進行路を確保するため、捕食者たちの群れに向かってフルオートで〈自動追尾弾〉を撃ち込んでいく。銃身が赤熱して蒸気が立ち昇るようになると、射撃を中断して車両と合流するために動き出す。


 目標地点が見える範囲にようやく近づけた時だった。周囲に並ぶコンテナが爆音とともに吹き飛び、その破片が火花を散らしながら宙を舞う。そして地中深くから無数のツル植物が飛び出してくるのが見えた。それは蛇のようにうねりながら、〈ウェンディゴ〉の脚に絡みついていく。


 目的は明白だった。我々の侵入を阻むつもりなのだろう。〈ウェンディゴ〉は強引に進もうとするが、無数のツル植物が伸びてきて、さらに動きを封じていく。


 ツル植物を排除しようとして反射的にライフルを構えた時だった。どこからともなく濃霧が押し寄せてきた。その霧はこれまで以上に濃密で、一メートル先の視界すら完全に奪い去られてしまう。


 すぐに視覚をサーマルに切り替える。けれど〈ウェンディゴ〉やテンタシオンが発する熱源すらも確認できない。霧そのものが何らかの干渉を起こしているのかもしれない。


 するとその霧の中で不意に青紫の光が揺らめき、奇妙な輪郭が近づいてくるのが分かった。それは人間の姿を模した擬似状体だったが、これまでの個体とは明らかに異なっていた。


 従来の個体よりも一回り背が高く、四肢は分厚い外殻に覆われていて、枝や蔓が筋肉のようなしっかりとした構造を持っていた。人間の身体を模したフォルムは不気味で、これまでの〈エスカ〉よりも洗練されているように見えた。


 突然、頭部の花弁が発光を始めた。淡い青紫の光は濃霧のなかで乱反射し、周囲を照らし出す。その光を目印のようにして、霧の向こうから無数の種子が一斉に飛来してきた。それは弾丸の嵐のように、あらゆる方向から襲いかかる。


 反射的に身を低くすると同時に〈ハガネ〉のシールドを展開するが、種子のひとつひとつが小さな爆発を起こし、たちまち周囲に植物群を形成していく。その間にも奇妙な擬似状体は霧の中を滑るようにさらに接近してくる。その動きには一切の躊躇がなく、獲物を確実に仕留めることだけを目的とした殺意が感じられた。

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