第892話 魔境〈コンテナターミナル〉
我々はルインの案内で専用通路を通り、地下の〈隔離区画〉から地上のコンテナターミナルに向かうことになった。通路は傷ひとつない金属製の壁面パネルに覆われ、足元では青色のガイドライトが点滅し進むべき方向を示してくれていた。
人工知能によって直接支援されているからなのか、他のシステムに妨害されることなくスムーズに移動することできた。さすがに技術者が
エレベーターを使い地上に出ると、〈兵站局〉の倉庫で〈ウェンディゴ〉を整備していたペパーミントと合流する。彼女は、すでに整備を終えていた火器の最終チェックを行っていた。〈ウェンディゴ〉の背面には対植物用だと思われる重火器と、小型ミサイルを発射するコンテナが多数搭載されていた。
『準備完了よ。指示があればすぐに動ける』
彼女が操る旧式の作業用ロボットは、〈マンドロイド〉のように器用に動けるわけではないけれど、とくに問題はなかったようだ。彼女の自信満々の態度は頼もしさすら感じられて、これから挑む危険な任務の緊張感を和らげてくれた。
侵略的外来生物〈
液体金属で頭部を覆いフルフェイスマスクを装着すると、ルインから受信する情報を視線の先に表示する。環境センサーのステータスを確認したあと、胞子からの感染を防ぐために完全な密閉状態が保たれているのか確かめる。それが終わると、コンテナターミナルを隔離するために築かれていたバリケードを越えることにする。
そこで我々が目にしたのは、これまでと異なる異様な光景だった。短い期間でここまで変化するとは予想していなかった。積み上げられた輸送コンテナの多くは植物に侵食され、奇妙な花やツル植物に覆われていた。
すぐに環境センサーを確認すると、亜熱帯のジャングルを思わせる光景のなかに刺激臭を伴った腐臭と、甘い蜜の香りが充満していることが分かる。獲物を誘き寄せるためのものなのかもしれない。輸送コンテナの向こうに視線を向けると、青紫色の燐光が霧の中で揺れ、植物が放つ淡い光が辺りを不気味に照らしているのが見えた。
コンテナの多くは粘液と菌糸に覆われ、腐食が進んだ形跡が確認できた。その中には、植物に取り込まれ低木のように変化した機械人形やドローンの残骸も見られた。かろうじて腕や脚の形状が残っていて、それがかつて動いていたことを感じさせるだけだった。
さらに驚くべき光景は、コンテナの間に
足元の泥沼には、人擬きの死骸が部分的に露出している。知らず知らずに小さな波紋が広がり、表面の菌糸がこちらに向かって細かく揺れ動くのが見える。
『ただの植物の群生地じゃないから、気をつけてね』
ペパーミントの声が内耳に聞こえる。ちなみに、彼女が操る機体は〈ウェンディゴ〉に搭乗していて安全だった。
視界の隅で緩やかに進行していたバーがついに満たされると、〈システム統合完了〉の文字が表示される。それと同時に、一時的に制限されていた〈ハガネ〉の機能も使用可能になる。すべての警告が消えると、インターフェースに〈重力場発生装置〉に関する機能の項目が追加されるのが分かった。
それでも具体的な機能はいまひとつ分からない。〈重力場操作〉と記された項目を選択すると、高所からの落下時に局所的な重力場を形成し、着地の衝撃をほぼ完全に無効化できること。また、ブーツ底部に重力場を生成することで、水面や垂直の壁面すら移動可能になるという記述があった。
可愛らしいキャラクターによるアニメーションでの説明だったので、非常に分かり易かったが、そこで示されている用途以外にも応用できるように思えた。例えば、局所的に重力を反転させて物体を引き寄せることや、重力場を集中させて敵の動きを鈍らせるといった戦術も考えられるだろう。
『……相当な可能性を秘めているみたいだね』
カグヤが言うように柔軟な思考と工夫があれば、これからの戦いで切り札になり得る能力でもあった。
拡張現実で表示されていた項目を確認していると、ルインの声が内耳に聞こえた。
『閣下、近くに宇宙港の管制塔があります。まずはそこまで移動しましょう』
なるほど、と納得しながら周囲の状況を一瞥する。高所から〈枯葉剤〉を散布するほうが、効果的に広範囲をカバーできるのは明らかだった。コンテナターミナルの密集した植物の中で戦いながら散布するよりも、遙かに効率的で安全だった。
「了解。すぐに移動を開始する」
そう口にすると同時に、群生地に向かって一歩踏み出した。植物に異常が見られたのは、ちょうどその時だった。
くるぶしまで浸かっていた浅い汚染水に波紋が広がるのが見えた。その微かな振動が周囲の植物の気を引いたのだろう。密集していた青紫色の花弁を持つ植物が一斉に動くのが見えた。ぐるりと花弁が動く様子は、まるで鎌首をもたげる蛇のようだった。
花弁から撃ち出される種子は重火器のような発射音を立て、人の目には捉えきれないほどの速さで飛来する。まるで銃弾のようだ。直感的に危険を察知すると、〈ハガネ〉のシールドを展開して攻撃を防ぐ。インターフェースに表示されたシールドの稼働率が急上昇していくのが見えた。
「やはり振動に反応しているな……」
その間にも種子がシールドに当たり、ハニカム構造の模様を浮かび上がらせている。人の背丈ほどある花は異常な攻撃性を持ち、侵入者を排除するために特別に進化したことが分かる。
多脚車両が地面を踏みしめるたび、振動が伝わり、微かな地鳴りが耳に届く。すぐに〈ウェンディゴ〉の脚の間に入り込むと、周囲から種子の雨を浴びせられる。まるで無数の銃弾が空間を切り裂いて飛び交っているかのようだ。その勢いは凄まじく、射線上にあったコンクリート片が砕け散る様子が目に入る。
しかし〈ウェンディゴ〉のシールドは堅固だった。青白く光るシールドの膜に直撃した種子は、触れると同時に波紋を広げ、音もなく弾けて消える。小さな花火が炸裂するような美しさすら感じられ、その光景に一瞬だけ見入ってしまう。けれど、どれほど綺麗な光景だったとしても、それが命を脅かすものであることに変わりはない。
多脚車両は力強く前進を続ける。巨大な脚で周囲の植物を薙ぎ払いながら進路を切り開いていく。重機関銃による射撃も行われ、障害になる多くの植物が粉砕されていく。
目的の管制塔が視界に入ってきた。宇宙港に隣接しているためか、思っていたよりも近い場所に位置していた。それでも周囲を覆う植物群が妨害し、近づくのは容易ではない。
タクティカルスーツのインターフェースに視線を落とし、〈重力場生成機能〉を起動する。視覚的なインジケーターが操作の完了を示すと同時に、足元がふわりと軽くなるのが感じられた。軽く膝を曲げて反動をつけたあと、垂直にそそり立つコンテナに向かって一気に跳躍する。まだ慣れないが、吸い付くように壁面に張り付くことができた。
重力場による安定感は予想以上で、まるで平地を歩いているような感触だ。そのまま壁面を駆け上がる。風を切る音と、背後で種子が炸裂する音が聞こえるなか、管制塔を目指して駆けていく。
植物群が異様な動きを見せ始めると、人の背丈を越えるキノコの群生地から、ヒグマにも似た巨大な体躯を持つ異形の変異体があらわれる。ミズタコを思わせる無数の脚に支えられながら、コンテナに飛び付いて滑るように迫ってくる。
植物が飼い慣らしている
甲高い音とともに放たれた弾丸は変異体の身体に直撃し、その巨体を難なく吹き飛ばす。地面に落下した化け物は、だらりと触手を垂らしながら動かなくなる。が、すぐに別の個体が迫ってくる。それを無視して再び管制塔に視線を向ける。振り返る時間はない。植物と異形の生物たちが支配する魔境を抜け、目的地に向かって突き進む。
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