第891話 重力場発生装置


 すぐ近くに保管庫があり、そこまで案内してくれることになった。すると、どこからともなく微かな重低音を響かせながら超小型のドローンが飛んでくるのが見えた。手のひらに収まるほどの小さな機体で、完全なキューブ状をしている。機体表面には発光体が埋め込まれていて、動きに応じて柔らかな光を放っているのが見えた。


 そのドローンにはホログラム投影機が搭載されていて、滑らかに飛行しながらルインの姿を投影していた。青白い光で形作られた青年のホログラムは、まるで我々を先導するように歩いていく。彼は姿勢を正し、腰で両手を組んだ軍人然とした態度で歩いていた。


 保管庫に到着すると、鋼鉄製の厚い扉が音を立てずに開き、煌々とした照明で内部が照らし出されていく。これまでの広々とした空間と比べれば、こぢんまりとした場所だったが、必要なものはすべて揃っているように見えた。


 室内には無数の棚が整然と並び、そこに収められたコンテナボックスはホロラベルで識別できるようになっていた。大量の物資が隙間なく詰め込まれているにもかかわらず秩序が保たれているのは、さすが旧文明の施設といった印象を受ける。


 ルインは振り返ると、自分自身の仕事に満足しているような微笑みを浮かべた。

『すぐに〈枯葉剤〉を用意させましょう』青年の声は自信に満ちていた。『それから、必要なモノがあれば自由に使っていただいて構いません。閣下のために新しい義手と強化外骨格も用意していますが――』


 そこで青年は言葉を切り、微妙に表情を曇らせた。そして私をじっと見つめたあと、小さく息を吐き出す仕草をしてみせた。


『……いえ、失礼しました。残念ながら、この倉庫には閣下が身につけている装備よりも優れたモノはないようですね。〈ハガネ〉が試験的に特殊部隊に支給されているという噂は耳にしていましたが、どうやら本当のことだったみたいですね』


 その声色には、あからさまな落胆が滲んでいた。彼は本当に残念そうな様子で首を横に振ったが、すぐに気を取り直し、別の提案をしてくれた。どうしても役に立ちたい――というより、奉仕したいように見えた。


『代わりに、重火器と補給用の追加鋼材を用意しました。これらの装備があれば、作戦の成功率は格段に向上するでしょう』


 棚の奥から運ばれてきたのは、頑丈なケースに収められた重火器と、弾倉として規格統一された補給用鋼材だった。重火器は〈ガトリングレーザー〉で、すでに見慣れたモノだったが、その堅牢な作りは信頼に足るものだった。


「ひとつ、質問してもいいか?」

『ええ、どうぞ』


「〈ハガネ〉について何か知っているような口振りだったけど、試験的に支給されたことは軍内部でも知られていたのか?」


 青年は眉を寄せたあと、どこか困ったような表情を見せた。

『軍内部では、つねに多くの噂が飛び交っていました。とくに〝不死の子供たち〟は、その特異性も相まって、よく噂の的にされていました。しかし部隊同様、〈ハガネ〉の存在も秘匿されていたので、知る者はそう多くありません。実際のところ、私が〈ハガネ〉のことを知っていたのも〈技術局〉の〈データベース〉に接続されていたからです』


 その〈データベース〉から切り離されてしまった現在では、もはや〈ハガネ〉の詳細な情報は手に入らないのだろう。〈技術局〉の〈データベース〉に接続できれば、どれほどの情報が手に入るのだろうか。


「ありがとう」

 いずれにせよ、我々のために尽力してくれたことに感謝していた。これから対峙する敵――〈霧の悪夢フォギーナイトメア〉と呼ばれる植物を駆除するには、彼の手助けが必要になる。


 テンタシオンと協力して必要な物資を集め、侵略的外来生物〈霧の悪夢〉を駆除するための準備を進めていると、不意に低い駆動音が聞こえてきた。視線を向けると、人型の給仕ロボットが滑らかな動きでこちらに向かってくるのが見えた。整然とした動きと洗練されたデザインから察するに、おそらく〈マンドロイド〉と呼ばれる機体だろう。


 その機械人形は頑丈そうなケースを運んでくると、滑らかな動作でテーブルの上にケースを置き、電子錠を解除してケースを開く。


 ケースの中から姿をあらわしたのは、一見すると擲弾発射器グレネードランチャーに似た火器だった。その銃身――あるいは砲身は通常の火器よりも明らかに太く、重量感がある。その砲口部分には電子機器による加工が施されていて、特殊な用途を想定して設計されたことが窺えた。


 そのとなりには、弾頭部分が不透明な液体で満たされた擲弾が整然と収められているのが見えた。その光沢のある表面と慎重に封印された構造からも、この弾薬がただの爆発物ではないことが伝わってくる。


『これが、〈霧の悪夢〉専用に設計された擲弾発射器です。弾頭には私が製造した〈枯葉剤〉が封入されていて、炸裂することで広範囲に散布することが可能になっています。従来の銃火器では手に負えない状況でも、これなら効率的に駆除できるでしょう』


 青年がマンドロイドに指示を出すと、端末からホログラムの操作手順が投影される。説明を聞きながら弾倉を装填する。これまで扱ってきた銃器と大きな違いはなく、直感的に操作することができた。標的の捕捉も、視界に表示されるインターフェースによって半自動的に示される仕組みになっているので、誤射の心配はほとんどないだろう。


『擲弾発射器を使用するさいには周囲の環境に注意してください』

 装備を確認し、火器の重量を確かめながら最終点検を終える。ケースを閉じ、補給用の追加弾薬を専用のマガジンポーチに収納する。


 保管庫を後にしようと足を踏み出したとき、ふいに背後から物音が聞こえた。振り返ると、別のマンドロイドが近づいてくるのが見えた。その滑らかな動きはどこか気品すら感じさせ、手に持った小さな長方形の箱に自然と視線が引き付けられる。その奇妙な箱は、テーブルにそっと置かれる。


 箱の表面は宝石のように黒く輝いている。光を受けるたびに精緻な模様が浮かび上がり、それが彫刻なのか、それとも素材自体の特性なのか見分けがつかない。黒曜石で作られた高価な装飾品に見えた。


 その装置については、ルインが説明してくれる。

『局所的に任意の重力場を発生させる装置です。旧文明の驚異的な技術により、周囲の空間に影響を与えることが可能になっています。噂が本当なら、閣下のタクティカルスーツ――〈ハガネ〉に統合することで、戦闘において圧倒的な優位性を獲得できます』


 目の前に無造作に置かれた〈重力場発生装置〉は、旧文明の貴重な遺物だったが、この保管庫には同様の遺物が多数保管されているようだった。


『試してみますか?』青年の問いに無言でうなずき、慎重にその装置を手に取る。手のひらにのせると、〈ハガネ〉の義手を介して感触が伝わる。表面は滑らかで、触れた瞬間から微弱な振動が感じられ、まるで装置そのものが生きているかのように感じられた。


「カグヤ、手伝ってくれるか」

『了解、そのまま手に持ってて』


 企業の警告が表示されたあと、装置の表面がゆっくりと変化していくのが見えた。黒曜石めいた硬い物質が、まるで液体に変わるかのように滑らかに溶け出し、徐々に〈ハガネ〉の義手と混ざり合うのが見えた。その動きは不気味なほど有機的で、装置が〈ハガネ〉に〝取り込まれていく〟感覚が手に伝わる。


 その装置が跡形もなく取り込まれると、インターフェースに赤い警告文が表示されるようになる。


〈システム統合中……〉

〈一時的な機能制限が発生します……〉


 統合状況を示すバーが緩やかに進むのが見えた。

『慣れるのに少し時間が必要ですが――』青年が続ける。『重力場を利用しての移動や攻撃に慣れてしまえば、戦闘の幅が格段に広がるはずです』


 これでまたひとつ〈霧の悪夢〉に立ち向かうための手札が増えた。どのような能力が使えるようになったのかは分からないけれど、これからの戦いに必要になるだろう。深呼吸して気持ちを切り替えたあと、テンタシオンに声をかけて保管庫の出口に向かう。

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