第885話 ピッキングロボット


 無数の棚に投影されていたホログラムのタグが、暗闇のなかで揺らめくのが見えた。そのタグに表示された情報を見ながら目的の弾薬を探そうとしたけど、〈兵站局〉の倉庫はあまりにも広く、このままではいつまでたっても見つからないだろうと早々に諦めた。そこで周囲を見回して、近くにいた〈ピッキングロボット〉に声をかける。


 昆虫を彷彿とさせる小型の自律機械は、カゴを背負った丸みのある胴体を持ち、細い多脚を軽やかに動かしながら近づいてきた。機械的な動きにもかかわらず、どこか愛嬌を感じさせる動作だった。こちらの指示を理解すると『了解した!』とでも言うように、本体を少し傾けてうなずく仕草を見せる。その姿に、ほんの少し緊張が和らぐのを感じた。


 ピッキングロボットは背中のカゴを揺らすことなく、先導するように薄暗い通路を進む。高さ数十メートルにも及ぶ棚が両脇にそびえ、その中を進む小さなピッキングロボットとの対比を眺めていると、まるで豆の木を登って巨人の城に忍び込んだジャックのような気分になる。この場所に広がる無機質な静けさは、どこか非現実的な感覚を抱かせた。


 やがて目的の棚にたどり着くと、ピッキングロボットはスムーズな動作で棚に向かって跳び付くと、そのまま多脚を器用に動かしながら指定の弾薬が保管されていた位置までカタカタと移動していく。その後、慎重かつ素早い動きで弾薬箱を掴むと、カゴの中に丁寧に収めていく。


 その棚には、見渡す限り――種類ごとに弾薬や小型ミサイル、それに〈超小型核融合電池〉がぎっしりと詰まっていた。小国との戦争なら、すぐにでも始められそうなほどの量だ。もちろん、それはあくまで比喩だが、この膨大な物資を見ていると色々と想像せずにはいられない。


 あるいは、兵器の製造拠点は宇宙にあるのかもしれない。その宇宙の何処にある施設から運ばれてきた大量の物資が、この宇宙港に一時的に保管されていたのだろう。


 ピッキングロボットが弾薬を運んでくると、テンタシオンは弾薬が底を突いていた武装コンテナを次々と切り離し、新たに運ばれてきた小型コンテナを器用に換装していく。その動きは滑らかで、まるで何度も繰り返されてきた儀式のように洗練されていた。弾薬が補充されていくからなのか、心なしか上機嫌に見えた。


 そこに別の自律機械が音もなくやってくると、足元に転がっていた武装コンテナを回収していく。その一連の流れは、倉庫という巨大な生態系の一部を見ているようでもあった。すべての機械に存在理由があり、物資を消費する人間も倉庫の一部として組み込まれているかのような不思議な感覚に囚われた。


 その空の武装コンテナをどこに運んでいくのか気になったので、自律機械のあとをつけて観察することにした。倉庫内の物資の管理は完璧に見えたが、その中で不要になった資材がどのように処理されているのか興味を引かれた。


 弾薬を補充していたテンタシオンに声を掛けたあと、峡谷のように無数の棚が聳える通路に入っていく。資材を分解し、再利用するための〈リサイクルボックス〉のような装置があるのだろうか? そんな疑問を抱きつつ、小さな掃除ロボットの後ろを歩いていく。


 薄暗い棚の間を抜ける。ホログラムで投影されたタグがぼんやりと浮かび上がり、足音すら掻き消すような静寂が辺りを包み込む。狭く入り組んだ棚の迷路を抜けると、視界が開けていく。


 そこには無数の車両が整然と並べられていた。建設用の重機に多脚車両、そして戦闘車両まで、あらゆる種類の車両が保管されている光景は圧巻だった。それぞれがしっかりと整備されていて、保存のために施された〈ナノスキン〉の膜が薄く輝いているのが見えた。


 照明を反射してキラキラと輝く〈ナノスキン〉の膜は、車両の劣化や汚染を防ぐだけでなく、長期保存を可能にする旧文明の技術なのだろう。保管されている車両の多くは、時間に囚われることなくその姿を留めている。この倉庫では、設備だけでなく物資も徹底的に管理されていることが分かる。


 掃除ロボットは四角い枠で縁取られたエリアの前で停止する。床からは赤いラインが投影されていて、立ち入りを禁止する警告も表示されていた。つぎの瞬間、そのラインに沿って床につなぎ目があらわれて、複雑な変形機構が作動し始める。そして生物が口を開くかのように、床の一部がスムーズに沈み込みながら開いていく。


 その下には地底世界に続くような巨大な穴が広がっていた。掃除ロボットは縦穴の縁に近づくと、軽やかな動きで空の武装コンテナを投下していく。落下時の音は聞こえてこなかったが、代わりに低く唸るような機械音が聞こえてくる。分解作業が始まっているのかもしれない。


 おそらく、これが倉庫内に設置された〈リサイクルシステム〉なのだろう。この装置なら不要になった資材を分解し、再利用可能な状態に効率よく再構築することができるのだろう。車両すらもそのまま装置に投じることができそうだった。


 倉庫全体が生きたシステムのように動いているのを感じながら、〈リサイクルシステム〉の冷たく機械的な効率性に、旧文明の技術の圧倒的な先進性を再認識する。その一方で、この完全に制御された空間には、どこか息苦しさを覚えずにはいられない。あるいは、それは贅沢な考えなのかもしれない。


 これだけのシステムが〈廃墟の街〉にあれば、人々の生活は豊かになったのかもしれないが、そのシステムが新たな火種になることも目に見えていた。


 薄暗い倉庫の一角、通路の奥で動く影が目にとまる。ぼんやりとしたホログラムの明滅が機械人形の輪郭を照らし出している。作業用の多関節アームを備えた無骨な機体が、倉庫のメンテナンス作業を行っているようだった。静かな倉庫内で響く金属の摩擦音と、低いモーター音が存在を際立たせている。


 好奇心が頭をもたげ、自然とそのあとを追うことにした。作業用ドロイドは一定の速度で進み、迷いなく薄暗い通路を進んでいく。精密にプログラムされたかのような動きだったが、実際にシステムに沿って動いているのだろう。棚の間を抜けると視界が開けて、保管棚の終点に到着したことが分かった。


 そこに設置されていたのは、地下に続く巨大な斜行エレベーターだった。鋼鉄製のフレームで無骨に組まれていて、堅牢な設計を思わせる。


 エレベーターの床は分厚いプラットフォームになっていて、大型機材や物資の運搬にも対応できる構造だと分かる。一般的なエレベーターのように壁や天井がないのは、人が乗ることを想定していないからなのだろう。必要最低限の安全性のみを確保しているように見えた。


 近づくと制限区域への立ち入りを制限する赤いラインと警告が投影される。どうやら、このエレベーターは機密指定された物資の保管エリアに通じているようだ。警告の向こう側では、人工知能と機械人形による厳重な管理が行われているのだろう。


 装備や物資が隔離されている理由は明白だった。そこに保管されているのは浮遊島で研究、解析されていた〈異星生物〉の技術に関連するモノなのだろう。


 ペパーミントと連絡を取り状況を共有したあと、テンタシオンと合流して制限区域を調べることにした。彼がやってくるまでの時間を利用して、エレベーターの周囲に異常がないか確認していく。余計な問題に巻き込まれることは避けなければいけない。


 テンタシオンがやってくると、エレベーターのプラットフォームに足を踏み入れる。すぐ近くにコンソールパネルが設置されていたので、何処からともなく飛んできたカグヤのドローンに操作してもらう。


 しばらくすると、ID確認のためのスキャンが行われる。いつものようにレーザーが照射され、全身を走査されていく。軍の権限を保有していたので、とくに問題も起きずにシステムが認証完了を示した。


 プラットフォームが低く唸る音とともにゆっくりと動き始める。エレベーターは滑らかな動作で斜面を降下していく。視界の端には、倉庫の暗がりと赤い警告灯が後退していく様子が見えた。

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