第884話 倉庫〈兵站局〉


 戦線を離脱したあと、そのまま輸送機が待つ公園に向かうのではなく、コンテナターミナルに向こうことにした。


 かつて物流の拠点として機能していた倉庫群には、旧文明の貴重な装置や設備が残されていた。それらの遺物の多くは、荒廃した〈廃墟の街〉では得られない貴重なモノだったので、浮遊島を離れる前に確保しようと考えていたのだ。


 コンテナターミナルは現在、異星の侵略的外来種でもある植物が大繁殖していて、その植物群が吐き出す胞子が霧と混ざり合うように漂っていた。幸いなことに、機械人形たちによって駆除作業が進められていて、胞子の拡散は最小限に抑えられていたので障害になることはないだろう。


 ターミナルに向かう道中、〈異星生物〉の隔離区域に指定されていたエリアに侵入すると、濃い霧が視界を奪い始める。濃い霧の先にあらわれたのは、巨大なアリ塚を思わせる奇妙な構造物群だった。それらの建物の壁面は、まるで泥を積み上げたような奇妙な有機素材で覆われていた。


 表面には無数の細かな隆起があり、生きているかのように脈動しているのが見られた。近くを通るたびに微かな音が――パチパチと薪が爆ぜるような音が聞こえ、実をつけた蓮のように無数の穴が開いた箇所からは、絶えず濃い蒸気が噴出していた。


 建物の高さは大小さまざまで、小型のもので二、三十メートルほどあり、大きなもので百から二百メートルほどの高さがあった。霧の中からぼんやりと浮かび上がる建物の多くは、〈異星生物〉のための居住施設だったのだろう。構造物の多くは異様な存在感を放っていて、人間の設計とは異なる造形や思想が見て取れた。


 他の惑星文明を目にしたことはなかったが、この区画のように、我々が想像すらできない世界が広がっているのだろう。〈ウェンディゴ〉のコクピットから、それらの構造物を仰ぎ見ていると、今もそこに〈異星生物〉がいるような奇妙な錯覚に囚われてしまう。


 けれど感傷に浸っている暇はなかった。やがて霧の向こうに、要塞めいた厳重な警備が敷かれた宇宙港の入場ゲートが見えてくる。


 ゲート周辺には、かつて使用されていたと思われる巨大なコンテナクレーンが立ち並び、その間を埋めるように警備用の自律兵器が配置されているのが見えた。


 普段なら警備用の機械人形を相手に戦いを強いられることになるが、浮遊島を管理する AIシステムは我々のことを敵とみなしていなかった。そのため、ゲートを通過する際には――センサー群は我々を追尾していたが――攻撃の兆候を見せることはなかった。セキュリティが作動しない静けさは、逆に薄気味悪さを感じさせたが、これが普通なのだろう。


 濃密な霧が視界を覆い、白いかすみが静寂とともに辺りを支配していく。我々は宇宙港の巨大なゲートの前で一旦停車し、周囲の様子を確認していく。霧の向こうにぼんやりと浮かび上がる高い壁や無数のセンサー群が、得体の知れない植物に警戒の目を光らせているのが見えた。


 植物の侵食が広がっていないことからも、駆除作業が順調に進んでいることが分かったが、それでも嫌な不安感が頭の片隅をよぎる。


 全天周囲モニターに地図を表示すると、汚染された危険区域の位置を確認する。とくに注意すべきはコンテナの集積所〈コンテナヤード〉だった。無数の海上コンテナが積み重なり、異星の植物や奇妙な捕食者が徘徊している場所でもあり、無闇に接近して刺激することは避けたかった。


 迂回ルートを選び注意深く進む。つねに立ち込めていた霧の所為せいなのだろう、地面に水が張っていて、まるで湖の上を移動しているようだった。晴れていれば、綺麗な光景を目にすることができたのかもしれないが、今は陰鬱な光景が広がっているだけだった。


 時折、霧の中から倒壊したクレーンや破壊された多脚車両や機械人形の残骸が見え、かつてこの場所に多くの物資が運びこまれ、労働者たちで賑わっていたことがうかがえた。


 やがて前方に巨大な倉庫の輪郭が見えてきた。そのスケールの大きさに圧倒されてしまう。色褪せていたが倉庫の隔壁に〈兵站局〉の刻印が確認できた。無人になって久しいが、その堅固な構造体は未だに役割を果たしているようだった。我々は周囲の安全を確認したあと、軍の権限を利用して隔壁を解放する。


 鋼鉄製の巨大な隔壁が鈍い音を立てながらゆっくりと開き始める。霧が倉庫内部に吸い込まれるように流れ込み、その先に広がる光景が徐々に露わになる。


 まるで別世界だった。天井は恐ろしく高く、暗闇のなかに沈み込んでいた。整然と並ぶ無数の棚は広大な空間を碁盤の目のように区切り、それぞれの棚は幾層にも分かれて物資がぎっしりと詰め込まれていた。その計算された配置には、ある種の美しさすら感じさせる。乱雑さの欠片もないその光景には、旧文明の効率性と秩序が凝縮されていた。


 それらの棚には大小さまざまな装備や物資が並んでいる。小さな工具から、大型産業用機械のための部品、さらに未開封の防護スーツや〈国民栄養食〉が詰まったコンテナボックスまで、用途別に整然と整理されている。


 それぞれの棚にはホログラムのタグが浮かび上がり、内容物の一覧や使用可能な状態が鮮明に表示されている。動体検知によって照明が灯り倉庫内を煌々と照らすなか、我々は目標の設備を探すべく、倉庫内に〈ウェンディゴ〉を進める。


 所定の位置に停車させると、車体の重量が地面に伝わり地面が微かに振動する。モニターを確認すると、胞子による汚染や空気中の有害物質、それに異常な放射線値――それらすべてがリアルタイムで監視されて解析が進められているのが見えた。


 すでに隔壁は厳重に閉ざされていたが、倉庫内の安全が完全に確認されるまで車両のハッチは開けられなかった。


『環境情報に異常は見られなかったよ』

 ペパーミントは、それまで遠隔操作していた旧式の〈作業用ドロイド〉から、倉庫内に配備されていた機械人形に再接続する。旧式の無骨な機体と異なり、人体を模して設計された作業ロボットなので、より俊敏に動けるようになるのだろう。


 搭乗員のためのハッチが静かに開くと、冷気を含んだ倉庫内の空気が流れ込んでくる。ペパーミントについていくため慎重に降車すると、足音が広い倉庫にわずかな反響していくのが分かった。振り返ると、〈ウェンディゴ〉のセンサーアームが展開して、倉庫内を走査しているのが確認できた。


 テンタシオンと一緒に巨大な棚の間を歩いていると、〈自動物資収集システム〉と呼ばれる設備の前に立つペパーミントの姿が見えた。そのコンソールパネルに〈データ・チップ〉を挿入すると、端末のディスプレイが明滅し、チップに記録されていた物資のリストと倉庫内の物資の照合が行わる。


 すると複数の小型〈ピッキングロボット〉が棚の間から姿をあらわし、昆虫を思わせる多脚で滑らかに移動し、棚から目的の物資を次々と回収していくのが見えた。小型ドローンも旋回しながら飛び回り、棚の上部や高所に格納された物資を確認し、正確な位置情報をピッキングロボットに送信していく。


 小型の自律機械は実に効率的に作業を進めていた。リストに従って物資を取り出し、床を滑るように移動しながら積み込み用のプラットフォームに運んでいく。その動きには無駄がなく、互いに衝突することもなかった。


 倉庫内は奇妙な静寂に包まれていたが、その間にも機械人形たちが絶え間なく作業を続けていた。耳を澄ませてみると、小さなモーター音やピッキングアームが動くさいに発する金属音が通路の奥から微かに聞こえてくる。


『すべての物資が揃うまで、しばらくここで待機だね』

 ペパーミントはそう言うと、リアクターの製造に必要な物資を確認して、端末に入力していく。


 機械人形たちは効率よく作業を進めていたが、まだまだ時間が掛りそうだったので、戦闘のさいに消費していた弾薬の補充を行うことにした。この倉庫なら、必要なモノはすべて見つけられるだろう。テンタシオンに声を掛けたあと、一緒に弾薬を探すことにした。

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