第883話 システムダウン
建物の外に足を踏み出すと、焼け付くような空気が頬を撫で、あちこちで黒煙が立ち昇っているのが見えた。すぐに〈ハガネ〉のマスクを装着して頭部を保護すると、視界に複数のドローンが小さな黒点として浮かび上がる。
どうやら、こちらに向かって急速に接近してきているようだ。シンプルで無駄のない構造――おそらく、標的に突進して自爆するタイプの徘徊型兵器なのだろう。
嫌な緊張感に襲われるが焦る必要はない。呼吸を整え、ライフルのストックを肩に引き寄せる。視界に戦術インターフェースが展開され、動く標的が次々とタグ付けされていく。複数の標的を確認すると、弾薬を〈自動追尾弾〉に切り替えて引き金を引く。
小気味いい射撃音とともにフルオートで発射された銃弾が複数のドローンを捉え、空中で爆発していくのが見えた。それでも数機のドローンが弾幕をくぐり抜け、さらに接近してくるのが見えた。
迎撃するために銃口を向けるが、その瞬間、大気を震わせる重機関銃の轟音が背後から響き渡る。銃弾の嵐がドローンを捉え、接近していた敵は爆散しながら金属片となって四方に飛び散る。爆発の閃光が視界を染めるなか背後を振り返ると、ペパーミントが遠隔操作する〈ウェンディゴ〉が姿を見せる。
支援に来たつもりが、完全に助けられたみたいだ。軽く片手をあげて感謝を示しつつ、即座に目の前の脅威に意識を切り替える。車両の残骸を乗り越えるようにして複数の多脚車両が接近してくるのが見えた。機関銃と小型ミサイルコンテナを搭載した〈ツチグモ〉だ。
すぐに〈ショルダーキャノン〉を形成すると、接近する複数の車両を攻撃目標に設定する。その直後、金属を打ち合わせたような甲高い音とともに〈貫通弾〉が発射され、青白い光の尾を引きながら標的に向かって真っ直ぐ飛んでいく。
しかし敵車両は〈シールド発生装置〉を搭載していたのだろう。衝撃が空気を震わせると同時に、車両の周囲にフィールドが形成され、淡い波紋が広がるのが見えた。けれど同時に撃ち込まれた数発の〈貫通弾〉には耐えられなかった。弾丸はシールドの膜を突き破りながら車体に直撃、そのまま装甲を貫通して内部に食い込む。
直後、車両は膨張し爆発、そのままシールド内で凄まじい爆炎に呑み込まれていく。シールドが消失するまでに、ほんのわずかなタイムラグがある所為なのだろう。衝撃波や熱波は周囲に広がることなく、そのまま車両を包み込んでいく。やがてシールドの膜が消失すると、立ち昇る黒煙の間から破壊された車両が確認できるようになる。
ディフェンスAIが執拗に派遣していた治安部隊が、この戦いを苛烈なものにしていた。〈ウェンディゴ〉と合流できたものの、状況が劇的に改善されるわけでもなかった。
複数の多脚車両が我々の周囲を取り囲み、上空には徘徊型兵器の群れが旋回していた。幸いなことに、人擬きの群れに襲われることはなかった。ゾンビめいた群れは建物内にとどまり、外に出てくることがなかった。これはコンシェルジュの干渉によるものだろう。建物が封鎖され、人擬きの群れは元々の場所に――隔離区画へと誘導されていた。
コンシェルジュが敵対しなかったことに安堵しつつも、目の前の脅威に対処していく。増援の勢いは止むことを知らず、次々と敵が押し寄せる。このままでは持久戦に陥り、いずれ取り返しのつかない状態になるかもしれない。
『正直、このディフェンスAIにはウンザリだよ』
カグヤはAIの中枢に攻撃を仕掛けるため、システム内に無数のウイルスを放出、敵の処理能力を限界まで引き下げていく。ディフェンスAIは彼女からの一方的な攻撃を防ぎつつ、カグヤの居場所を走査しながら攻撃の痕跡を辿ろうとするが、防壁迷路に誘い込まれ身動きがとれなくなる。
『汚染警報?』
順調だと思われていた攻撃は、しかしディフェンスAIが処理能力を複数のシステムに分散させたことで停滞してしまう。逆探知警報を検知すると、対逆探措置を実行し、敵のウイルスに対処していく。軍の衛星ラインを経由しているため、カグヤの圧倒的優位性が続いているものの、システムダウンまでには時間がかかりそうだった。
その状況を理解しているのか、それとも単純に戦闘を楽しんでいるだけなのかは分からないが、テンタシオンは〈荷電粒子砲〉で敵車両を破壊しながら時間を稼いでいく。
機体が熱を持ち白い蒸気が立ち昇るようになると、機体に搭載されていた武器コンテナを次々と展開し、兵器の残弾が尽きるまで攻撃を行う。重火器が唸りを上げ、敵の装甲を撃ち抜き、金属片の雨を撒き散らしていく。しかしどれだけ撃ち倒しても、次々と新たな機械人形が派遣されてくる。敵は消耗戦を仕掛けているのだろう。
すぐにこの場を離れ、より安全な地点に退避する必要があったが、敵に囲まれた現状ではそのまま撤退することも困難だった。
破壊された車両が燃え上がり、黒煙が立ち昇っていくなか、敵の大型多脚戦車がこちらに接近してくるのが見えた。おそらく宇宙港に配備されていた〈サスカッチ〉なのだろう。その鋼鉄の塊は、圧倒的な威圧感を漂わせ地面を震わせながら迫ってくる。車両上部に搭載された砲身が動き〈荷電粒子砲〉の青白い電光をまとっていくのが見えた。
さすがに〈ウェンディゴ〉のシールドでも、〈荷電粒子砲〉の直撃は防げないかもしれない。すぐに対処しなければならないだろう。
頭上を見回したあと、義手のグラップリングフックを展開し、ワイヤーを射出して高所に移動する。着地と同時に数機の自爆ドローンが迫ってくるが、テンタシオンが迎撃してくれる。手をあげて感謝したあと、眼下に広がる戦場を見渡す。敵の車両や機械人形がひしめき合っている。
多脚車両の接近を確認すると、〈ショルダーキャノン〉から〈貫通弾〉を撃ち込んで接近する多脚車両を攻撃する。鋼鉄の足が吹き飛び、機体がバランスを崩して機械人形に激突する。その爆発の余波が周囲の砂塵やら機械の残骸を巻き上げ、一瞬視界が曇る。しかし〈サスカッチ〉が纏う青白い電光は見えていた。
攻撃まで猶予がないだろう。上空では自爆ドローンが旋回を続けていて、すぐにでも頭上に降ってきそうだった。
ハンドガンを手にすると、素早く専用の弾倉を装填した。インターフェースに表示された項目から〈狙撃形態〉を選択すると、銃身の形状が変化していくのが確認できた。銃身は細長い角筒に延長され、ピストルグリップと一体化して手首まで挿入して握る形に変化していく。
保安システムの干渉を警戒したが、建物の外だったからなのか攻撃が制限されることはなかった。狙撃形態に変形した兵器を構えると、自動的に視界が拡大表示され、赤くハイライトされた〈サスカッチ〉に照準が合う。〈荷電粒子砲〉の砲身が視界内に収まると、エネルギーが集束していく様子がハッキリと確認できるようになる。
そのまま伏撃ちの姿勢を取ると、銃身の先端に向かって青白い光が走るのが見えた。その光の筋を繋ぎ目にしながら銃身が複数のパーツに分解していくと、互いの重力場に干渉するようにして、銃身内部から発せられる電光で繋がり一定の距離を保ったまま浮かび上がる。
その銃身内部にはプラズマ状の球体が鈍い光を放って浮かんでいたが、すべての可視光を吸収し閉じ込めたかのような漆黒の球体に変化しながら状態が安定していく。
射撃の準備が整うと、息を止めて引き金を引いた。その瞬間、浮かんでいたパーツが組み合わさり細長い銃身を形成するのが見えた。兵器から発射された飛翔体は、音速を超える衝撃波を伴い標的に向かって突き進み、瞬時に戦車を貫く。次の瞬間、発射寸前だった〈荷電粒子砲〉が異常を起こし、エネルギーの逆流が車体全体を襲う。
凄まじい轟音が響き渡り、融解し液状化した戦車の一部が空高く舞い上がりながら周囲に飛び散る。周囲の空気は熱を帯び、瞬間的に発生した膨大なエネルギーが衝撃波と熱波を伴いながらあらゆるものを破壊していくのが見えた。
『システムダウン!』
カグヤの声が聞こえると同時に、迫ってきていた戦闘車両が動きを止めるのが見えた。それを合図にするようにして、我々は〈ウェンディゴ〉に乗り込み、その場から離脱した。
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