第877話 地中貫通爆弾


 異形の〈生体兵器〉から発射された飛翔体は、小指の爪ほどの小さなサイズにもかかわらず、大口径の弾薬を使用する対物火器、あるいは〈貫通弾〉のような圧倒的な破壊力を備えていた。


 空気圧で発射されるような、独特な発射音とともに射出される飛翔体は甲殻類めいた〈異星生物〉の堅固な外骨格を、まるで紙のように何の抵抗も感じさせず貫通していく。殻が砕け、体液が飛び散り、その背後にいた複数の〈異星生物〉も連鎖するように崩れ落ちていった。


 発射された飛翔体が敵を貫くたびに、目の前で肉片やら甲殻が宙に舞いながら次々と破壊されていく光景は壮絶で、その異常なまでの破壊力に驚愕すら覚える。


 飛翔体が発射されるさいには、〈生体兵器〉からは湿った蒸気が噴き出し、それに合わせて腕に食い込んでいた爪や内臓のような器官が、さらに深く侵食していくのが感じられた。そのさい、神経を直接刺激するような鋭い痛みがじわじわと腕全体に広がっていく。


 内臓が体内に潜り込むような気色悪い感触に吐き気を催すが、その感覚に構っている余裕はなかった。一瞬でも手を止めれば、次々と迫りくる異形の群れにたちまち呑み込まれてしまうだろう。


 この〈仮想空間〉での死が何を意味するのか、まだハッキリとは理解できていなかったが、現実世界で目覚めるような甘いものではないのだろう。


 単なるシステムエラーとして認識され、即座に現実に引き戻されるのであればいいが、この敵意に満ちた空間から簡単に逃れられるとは到底思えない。だからこそ、ここで倒れるわけにはいかなかった。自らの存在が一瞬の油断で消される恐怖が、戦いの最中にも頭に過るが、それを振り払うようにして射撃を続ける。


 その間にも、虚空から新たな群れが出現して迫ってくる。やがて発射可能な飛翔体が減少すると、〈生体兵器〉は周囲の死骸に向かって自ら触手を伸ばし、〈異星生物〉の内臓やら骨片を次々と吸収していった。


 内臓めいた器官がうごめくたびにズルズルと粘液質な音が聞こえ、次々と死骸が取り込まれ、まるでイモムシの身体のように触手が伸縮していく。その異様な光景に思わず顔をしかめてしまうが、弾薬補充の間にも射撃は継続していた。


 そこで、自分の腕と〈生体兵器〉の境界が曖昧になっていることに気づく。まるで兵器そのものが肉体に融合していくかのように、太い血管じみた器官が皮膚の内側で脈動し、腕全体に痛みの感覚が伝わってくる。〈ハガネ〉の義手なら、その痛みも制御できたのかもしれないが、この空間では痛みに耐えるほかない。


 いずれにせよ〈生体兵器〉の破壊力は圧倒的で、飛翔体が命中するたびに〈異星生物〉の殻は粉砕され、無数の手足が宙を舞い、肉片と体液を撒き散らしながら死んでいった。


 しかしそれでも敵の数は一向に減る気配がなかった。リスポーン、あるいはリポップで知られた〈仮想空間〉独特の現象なのだろう。敵は虚空から湧き出るかのように出現しては、視界を埋め尽くしていく。どれだけ敵を倒しても、その背後からさらに数え切れないほどの異形が押し寄せ、研究所が化け物で埋め尽くされていく。


 この襲撃の背後にディフェンスAIが存在していることは間違いない。技術者によって構築された〈仮想空間〉にいる限り、敵対的な人工知能に監視されることになる。絶えず生成され続ける〈異星生物〉の群れは、その敵意のあらわれなのだろう。もはや勝ち目はなく、許されているのは些細な抵抗だけなのかもしれない。


 研究所全体が異形の生物で満ち、数千体に膨れ上がった群れが迫ってくる。無数の眼球や触手が一斉にこちらを捉え、外骨格を軋ませ、触手を伸ばしながら攻撃の準備を整えているのが見える。恐怖と絶望に呑み込まれてしまいそうになったとき、フェイスシールドに無数の警告が表示されるのが見えた。


 その直後、頭上で大気が破裂するような轟音が響いて、まるで隕石のように炎をまとった何かが落下してくるのが見えた。


 その火炎の軌跡は〈異星生物〉の群れの中心に落下していく。衝突の瞬間、爆音と共に凄まじい閃光が周囲を焼き尽くしていく。視界が光に染まり、爆風が耳を裂くような轟音と共に身体を震わせる。耳鳴りがして思考がかき乱される中、少しずつ視界が戻ってくると、爆心地にできた小さなクレーターの中央に人影が立っているのが見えた。


 黒煙の中から浮かび上がったのは、強化外骨格と堅固な装甲に包まれた戦士の輪郭だった。〝宇宙の戦士〟を思わせる姿を見た瞬間、それがペパーミントの〈アバター〉だと分かった。


 彼女の周囲に光が発生したかと思うと、次々と自律戦車ツチグモが出現する。光の粒子が形を成して瞬く間に多脚車両を形成し、彼女を囲むように配置され、待ち構えていたかのように周囲の〈異星生物〉に対して一斉に砲火を浴びせる。無数の砲弾と閃光が炸裂し、化け物の群れは次々と粉砕され、飛び散る内臓やら体液で周囲が黒く染まっていく。


 彼女自身も両手にガトリングレーザーを出現させると、軽々と持ち上げ、即座に射撃態勢を整える。ガトリングが咆哮し、無数のレーザーが放たれては敵を薙ぎ払っていく。赤色の閃光が大気を切り裂き、敵の身体を次々と切断していく。〈異星生物〉はその場に崩れ落ち、不定形の生物は沸騰し爆散していく。


 その混乱のなか、ようやくペパーミントと合流すると、どうして妨害されることなく武器を呼び出せるのかたずねた。すると彼女は得意げな表情を浮かべながら、ちらりとこちらを見やる。


 どうやら〈電脳空間〉に没入するために利用しているデバイスが関係しているようだ。彼女はウェンディゴのシステムを経由して、この〈仮想空間〉に接続している。軍用車両の強固なセキュリティシステムが、彼女の操作をサポートしている。


 たとえ〈仮想空間〉を支配するディフェンスAIといえども、軍用ネットワークに侵入し、彼女の操作を妨害することはできなかった。


「相手もバカじゃないみたいだけどね」

 ウェンディゴを攻撃するため、現実世界では警備用の機械人形や多脚車両が派遣され、すでに戦闘が開始されているようだ。


 それからペパーミントは、手のひらに収まるほどのグレネード型のデバイスを手に取る。その内部には複雑な機構が詰まっているのか、表面に淡い光が走っている。彼女はスイッチを押し込んだと、足元に向かって放り投げる。つぎの瞬間、デバイスは甲高い音を立てながら割れ、そこから半透明のハニカム構造のシールドを展開する。


 半球形のドームが我々の周囲を包み込むと、無数の小さな六角形が重なり合い、強固なシールドを形成していくのが確認できた。


「私のそばから離れないでね」

 まだ状況が掴めていなかったが、彼女の言葉に従うことにした。すると突然、轟音とともに巨大な飛翔体が天井を貫通するようにして視界に飛び込んできた。


 一瞬のことだったが、フェイスシールドに投射された情報が正しければ、それは地中貫通型の大型爆弾だった。ウェンディゴの攻撃支援なのだろう。さすが〈仮想空間〉だ。適切なデータさえあれば、この世界ではあらゆる望みが叶うようだ。


 つぎの瞬間、フェイスマスクの偏光シールド越しにも見えるほどの眩い閃光に包まれ、視界が真っ白に染まる。思わず目を閉じたが、それでも網膜に焼き付くほどの光で視界が染まる。続いて耳をつんざくような轟音に襲われ、爆発の衝撃が周囲の空気を一気に押し出し、熱風がシールドに叩きつけられる。


 投下地点から相当な距離があったが、ペパーミントが用意したシールドがなければ、我々は一瞬で蒸発していたのかもしれない。その強烈な衝撃波に耐えている間にも、足元の地面がグラグラと揺れ、立っているのがやっとの状態だった。


 シールドの外側では、凄まじい衝撃波と熱波があらゆるものを瞬時に呑み込み、研究所内のすべてが破壊され、〈異星生物〉も瞬く間に消滅していった。体液も甲殻も、なにもかも跡形もなく蒸発し、触手や外骨格の破片が塵と化してしまう。空間が一瞬にして真空状態となり、その反動で生じる吸引が瓦礫を呑み込んでいく。


 爆発の衝撃で地面に巨大なクレーターが形成されたが、我々が立っている場所には半球状の足場が残されることになった。しばらくして顔をあげると、天井は消滅していて、青空に向かって立ち昇るキノコ雲が見えた。

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