第876話 生体兵器
フルフェイスマスクを装着すると、フェイスシールドに兵器の選択項目が瞬時に投射される。その中から迷わず〈ガトリングレーザー〉を選択すると、目の前の空間に青白い光の粒子があらわれ、瞬時に武器を形成していく。それを手に取ると、ずっしりとした重量感と冷たい金属質な感触が伝わる。
迫り来る〈異星生物〉の群れに銃身を向けてトリガーを引き絞ると、高出力のレーザーが発射され、異形の肉体を焼き貫いていく。
レーザーの直撃を受けた不定形の〈異星生物〉は沸騰し爆発するように四散し、甲殻類じみた生物は手足が切断され、奇妙な触手が宙を舞う。それでも異形の生物群は不気味な体液を撒き散らしながら執拗に突撃してくる。
敵の反応に戸惑いを覚えるが、そもそも侵入者を撃退するためのプログラムなのだから、痛みの概念が設定されていないのだろう。〈異星生物〉の群れは致命傷になるような攻撃を受けても前進を続け、むしろ戦意を増したかのような突撃してくる。
ガトリングレーザーの〈小型核融合電池〉から蒸気が立ち昇り、連続使用に耐えられなくなった銃身が赤熱するまで射撃を繰り返し、迫りくる異形の群れを破壊していく。無数の警告がフェイスシールドを赤く染め、異常加熱を示す警報が鳴り響くようになると、ガトリングを敵に向かって投げ捨てる。
すぐに次の武器を選択しようとしたその時だった。強化外骨格に身を包んだ研究員が猛然と突進してきた。いつもの癖で〈ハガネ〉の硬化機能を使おうとするが、そこで〈ハガネ〉を装備していなかったことを思い出す。
この〈仮想空間〉では、独自のネットワークに登録されている兵器しか再現できず、〈ハガネ〉のような〈秘匿兵器〉は登録されていなかった。
すぐに腰を落として防御の構えを取ると、重厚な外骨格に覆われた研究員の突撃を正面から受ける。次の瞬間、凄まじい衝撃が全身を貫いて、そのまま後方に
どうやら、この〈仮想空間〉では現実と同じように痛覚が再現されているらしい。苦痛に歯を食いしばり、それでも何とか立ち上がる。すぐに〈仮想空間〉をモニターしていたカグヤと連絡を取ろうとするが、彼女からの応答はない。
カグヤとの接続も完全に切断されているようだ。ふと前方に視線を向けたると、さらに多くの〈異星生物〉が虚空から湧き出るように押し寄せてくるのが見えた。
その群れの中には、明らかに戦闘用に設定された個体が混じっていた。どこか有機的な装甲を身につけていて、背中から伸びる無数の腕には〈プラズマ兵器〉らしき銃器が握られている。その兵器から特有の音が聞こえ、直感的に避けるべき攻撃だと悟る。
身を守るため軍用バリケードを選択し、前方に展開していく。現実ではありえない速度で高密度のバリケードが形成されていき、遮蔽物として次々に配置される。
その直後、
兵器選択の項目に視線を走らせ戦闘車両の項目を見つけると、ミツビシ製の自律戦車を選択する。つぎの瞬間、異形の群れの上方に小さな光の粒子が浮かび上がり、それが寄り集まるようにして動くのが見えた。それは車両の輪郭を浮かび上がらせながら、異形の群れの上方で完全自律型の多脚車両〈ツチグモ〉を形成していく。
瞬く間に形成された〈ツチグモ〉は、まるで獲物に飛び掛かる蜘蛛のように、〈異星生物〉の群れの中心に投下され、全方向に向けて攻撃を開始する。車体の重量で異形の生物は踏み潰され、発射された銃弾が気色悪い体液と肉片を撒き散らしていく。圧倒的な破壊力を目の当たりにしながら、追加のバリケードを形成して攻撃に備える。
本来であれば、大型の多脚戦車〈サスカッチ〉を呼び出して、圧倒的な火力で目の前の敵を殲滅したかった。けれど選択項目が〈不可〉の表記になっていた。データの容量制限か何かで選択できないようになっていた。おそらくディフェンスAIが意図的に妨害しているのだろう。
カグヤの支援がなければ、この〈仮想空間〉に武器を持ち込むことすら不可能だったのかもしれない。
大型機動兵器の選択肢もことごとく潰されていたので、やむを得ずガトリングレーザーを選択し、それを手に取って戦闘を継続する。
赤い閃光が発射されるたびに、〈異星生物〉の体表や装甲が切断され、熱された金属の焼ける臭いと、腐臭が混じる蒸気が空気を満たしていく。肉片や内臓が次々に破裂し、無数の触手が切断されて宙を舞う。
すぐ近くでプラズマ兵器が炸裂したのは、その凄惨な破壊を眺めているときだった。背後で大気を震わせるプラズマの炸裂する轟音が聞こえたかと思うと、視界は激しい光と熱で真っ白に染められ、次の瞬間、無重力の中に放り出されたかのように身体が宙を舞っていた。
地面に叩きつけられ、衝撃で視界がグラグラと揺れる。〈異星生物〉の死骸の真上に落下したようだ。気色悪い体液に濡れ、肩にはグロテスクな内臓が引っかかっていて、それを払い落とす必要があった。全身がべっとりと血液に染まっている。身体の節々が痛みを訴えるなか、周囲の惨状に目を向けた。
視線の先では、〈ツチグモ〉が〈異星生物〉の波に呑まれ、次々と破壊されていく様子が見られた。甲殻類を思わせる生物のハサミが叩きつけられると、装甲ごと車体が押し潰され、脚部が吹き飛んでいく。砲身には無数の触手が絡みつき、鋼鉄が紙のように歪んでいくのが見える。
射撃による抵抗を試みるも、車両は呻き声のような動作音を響かせるだけで、やがて異形の群れのなかに完全に沈み込んでいった。そして〈異星生物〉を巻き添えにしながら爆散していく光景を、ただ呆然と見つめたまま立ち尽くす。
新たな車両を呼び出そうとしたが、ディフェンスAIがさらに攻勢を強めているのか、先ほどまで使用可能だった兵器のオプションが次々に制限され、画面が警告の赤で埋め尽くされていく。このままでは形勢が悪くなるばかりだ。すぐに手を打たなければいけない。
ふと何か硬いものを踏みつけた感触に気づいて視線を落とす。肉片の中に異様な兵器が転がっていた。おそらく、〈異星生物〉が使用していた――文字通り生きた兵器〈
恐る恐る手に取ると、濡れた甲殻の隙間からヌメリのある内臓めいた器官が触手のように腕に絡みつく。つぎの瞬間、鋭い爪が腕に突き刺さり、まるで寄生生物のように腕と融合しようとするのが見えた。
その耐えがたい痛みに思わず声が漏れ、地面に両膝をつける。脈打つような鈍痛が腕から全身に広がり、冷や汗をかいて身体が震える。
手に握っていた異形の兵器は、やがてハンドガンのような形状に変化していったが、途中で無数の触手が周囲に伸びて、辺りに散らばる異形の死骸に絡みつき、まるで生物を食らうようにして内部に取り込んでいくのが見えた。
臓器や骨片が吸収されるたびに、異様な咀嚼音が聞こえ、それが次第に兵器の内部でドロドロと溜まっていくのが薄い膜を通して見えた。どうやら、この奇怪な行為で弾薬のようなものを補充しているらしい。視覚と聴覚を侵されるような光景に生理的嫌悪感が湧き上がるが、今はどうにかしてこの兵器を使うほかなかった。
しばらくして内臓めいた器官は甲殻の奥に引き込まれ、銃身の先端が形状を変化させていく。すると硬質な筒から剥き出しの男性器を思わせるグロテスクな器官が伸びて、粘液質の体液を滴らせていく。なるほど、射撃の準備ができたのだろう。
得体の知れない兵器を解析していた研究員たちの苦労が理解できるような気がした。ともあれ、目の前に敵が迫っている。奇怪な兵器をしっかりと握りしめ、銃口を群れの先頭に向けると、まるで生き物のように兵器が反応して微かに脈動するのが分かった。
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