第869話 シールド技術〈データパッド〉


 探索を進めていると、となりの部屋を調べていたカグヤの声が内耳に聞こえた。

『技術者が個人的に使っていた古い型の〈パーソナルコンピュータ〉を見つけたかもしれない。それでね、その端末はネットワーク上から切り離されていたから、ローカルに保存されたファイルがそのままの状態で残っている可能性があるんだ』


 その報告に一瞬、胸が高鳴る。もしもコンピュータに次世代核融合技術に関する情報が残されていれば、技術者たちが極秘に進めていた研究の全貌が明らかになるかもしれない。私は足早にとなりの部屋に向かうことにした。


 廊下を抜けて部屋に入ると、壁際に積まれていたコンテナボックスが移動していて、その奥に小さな空間があるのが見えた。カグヤがテンタシオンに頼んで邪魔になるものを退けてもらったのだろう。


 その狭い空間には、白いデスクと大きな装置が設置されていた。それは他の電子機器と比べても異質な存在感を放っていて、むき出しの金属フレームと回路基板、それに装飾のない制御パネルが備わった無骨な筐体だった。


 コンピュータの周囲には絡まり合ったケーブルが散らばり、ひとつひとつが他の機器に向かって伸びている様子は、まるで血管のようにも見えた。コンピュータは旧式のモノなのか、色あせた金属部分が酸化による変色でところどころ茶色くなっている。筐体の表面に触れると、ザラザラとした感触がした。


 その狭い空間でカグヤの操作するドローンは慎重に調査を進めていた。機体から伸びるフラットケーブルが端末の接続ポートに挿入されていて、端末が反応して小さな電子音を鳴らしていた。それはどこか懐かしく、ノイズを含んだレトロな機械音で、技術者が個人的に改造し増設した装置なのだと想像できた。


 部屋全体から微かなイオン臭が感じられる。電力で熱を持った金属と塩化ビニルの臭いが漂い、静寂の中で機械の低い動作音だけが響く。デスクチェアの背には擦り傷が残されていて、技術者が長い時間をこの部屋で過ごしてきたことがうかがえた。


 やがて装置に備えられていたモニターが低い音を立て、目を覚ましたように装置全体が微かに振動するのが分かった。暗い画面に淡い緑色の光が灯り、ちらつきながら数字の羅列が流れていくと〈エデン〉のロゴが画面に映し出され、ОSが起動していく様子が確認できた。理由は分からなかったか、それはどこか懐かしい感情を呼び起こす。


『ねぇ、レイ。厄介な〈ディフェンスAI〉が仕込まれてるみたい』

「セキュリティは解除できそうか?」


『……ちょっと面倒だけど、なんとかなると思う』

 カグヤの言葉のあと、画面上に無数のコマンドが打ち込まれていくのが見えた。


 彼女がセキュリティ解除のために作業している間、私は研究施設で手に入れていたデータパッドを調べることにした。取得していたデータを表示すると、シールド技術の項目を選択し、そこに記録されていた詳細な情報を読み進めていく。


 どうやらこれは、ある研究員の手による技術解析に関するレポートのようだ。レポートは短いけれど、簡潔な表現の中に、慎重に選び抜かれた言葉が並んでいた。



〈小惑星帯■■で鹵獲された遺物について〉

>記録時期――Sep.16, ■■35/標準日時


 研究対象:小惑星帯■■にて回収された、〈異星生物〉由来のシールド技術。


 報告によれば、これらの装備品の技術解析は難航しており、我々の技術ではその全貌を解明するには至っていないようだ。しかしここにきてひとつの重要な発見が、我々の研究を一歩前進させることになった。アラン・キヨサキ少尉が鹵獲していた装備品の中に、通常では目にしない古い型の装置が含まれていたのだ。


 多くの遺物を鹵獲していたのだから、それ自体はとくに重大な発見とは言えなかったが、これまでの鹵獲品との大きな相違点が確認できた。それは、装置の内部構造の一部が人類の技術で〝調査可能〟であったことだ。


 一見すると古びた腕輪にしか見えないソレは、砂に埋もれ長い年月を経た金属のように錆びつき、ところどころ表面の塗装も剥がれ、異星の文字らしき刻印が微かに読み取れる程度だった。しかし厳重な管理のもと通電すると、微かな振動と共に内部で微弱な磁場が発生することが確認できた。


 最初はそれが何を意味するのか理解できなかったが、どうやら戦場で兵士たちが目にしていた携行可能な〈エネルギーシールド〉の一種であることが分かった。


 これまでの〈シールド発生装置〉といえば、巨大な発電装置や大型のバッテリーを必要とするのが一般的で、当然ながら携行可能な装置を製造はすることは困難だった。しかし少尉が鹵獲した未知の装置は信じられないことに、持ち運びが可能であるどころか、適度な電圧をかけることで安定的な磁界を発生・維持する仕組みを備えていた。


 つまり、この装置は小型ながらも特定の範囲に限り、物理的な干渉を防ぐ障壁を持続的に展開できる可能性を持っていたのだ。


 技術者が検証したところ、装置の内部――電源装置に、特殊な結晶体が埋め込まれていることが確認できた。それは透過性の高い黒い結晶で、その鉱物は地球上で確認されていないものであり、加えてこれが磁界の生成と深く関わっていることが分かった。


 興味深いことにこの結晶体は高度に応答性があり、電圧をかけることで即座に反応し、周囲の電場と共振することで磁場を発生させることができた。この構造は従来の電磁シールドとは一線を画しており、まさに〈異星技術〉の産物であると言えるだろう。


 技術解析班による仮説では、結晶の振動数を調整することでシールドの強度を制御できる可能性がある。しかしその未知の技術があまりに異質であり、操作を誤ると過剰な反応を引き起こす恐れがあるため、慎重に検証を進めることが必要とされた。


 また結晶内部の分子構造には未だ謎が多く、構造を模倣するのは現在のところ不可能であるが、もしこれを再現できれば、非常に高度な防御技術の確立が見込まれるだろう。


 解析チームは回収された〈シールド発生装置〉の内部構造の解析を継続しているものの、依然としてそのすべての機能と用途の特定には至っていない。とくに〈周波数変調器〉と〈シグナルフィルター〉、それに〈パワーレギュレーター〉と推測される各種部品については、いくつかの用途仮説が立てられているが、まだ明確な結論は得られていない。


 これらのコンポーネントは高精度に調整され、従来の方法で電力が供給されずに動作するため、通常の解析手法では詳細な挙動を把握することが極めて困難だった。


 初期段階の実験において確認できたのは、〈周波数変調器〉の機能がシールドの強度と反応速度に直結しているという点だ。これにより、シールドが衝撃などの物理変化に反応し、干渉を排除する際にその強度が一時的に上昇することが確認できた。


 しかしあらゆる環境下で適切な周波数を維持するためには、つねに高精度の調整が求められ、現段階の人類の技術では〈人工知能〉なくして、これを手動で制御することは不可能に近い。


 つぎにシグナルフィルターについてだが、これはおそらく外部からの特定の波長の電磁波や、物理的な衝撃を検知、遮断するためのものであると推測される。この機能によりシールドはただの防壁ではなく、環境に応じた適応能力を持っている可能性があるが、解明にはまだ時間がかかりそうだ。


 物理的な振動を制御するこの技術は、現在我々が使用するシールド技術とは大きく異なり、異星の技術がいかに洗練されたものであるかを如実に物語っている。


 希望が見えてきたが、それと同時に厳しい現実も見えてきた。テストを繰り返すたびに、我々の技術がこの装置に追いついていないことが明確になる。現在の我々の発電システムでは、このシールド装置が必要とするエネルギーの半分すら供給できないことが判明した。


 これは、想定以上のエネルギーを必要とする――あるいは必要としない――構造であり、装置が適切に動作するためには、安定した電力を供給できる電源が必要となることを示していた。


 この問題を解決する手段として、次世代の核融合電池の開発が進められている。試作段階にある核融合電池は、持続的に大容量の電力を供給できる設計を目指しており、もしこれが実現すれば、装置に供給される電力の問題は一気に解決するかもしれない。


 異星文明のシールド技術と人類のエネルギー技術を融合することで、今まで以上に画期的な成果をもたらすことが期待されている。



 レポートの結びに、「この発見が研究の突破口となることを期待する」と記されていた。技術者たちの期待感が報告に滲み出ているようだったが、同時に、この技術に触れる危険性も理解していたようだ。


 人類にはまだ遠い異星技術の再現――それは、人類がどこまで行っても追いつけない何かを示唆するものであり、その事実がじわりと胸に重くのしかかってくるようだった。

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