第865話 個人装備
ライフルのストックを肩に引き寄せると、かつて治安部隊に所属していたと思われる人擬きに数発の銃弾を撃ち込む。金属質の小気味いい銃声が廊下に響き渡り、弾丸は標的に向かって真直ぐに飛んでいくが、突如隊員の目の前に発生したシールドに阻まれてしまう。
ハニカム状に展開された薄膜が弾丸の軌道を
「やっぱりダメか……」
このままでは埒が明かない。周囲に副次的な被害を出してしまうかもしれないが、〈貫通弾〉を使って脅威を排除することにした。人擬きは異変に気がついているようだったが、まだ距離があるからなのか、狂ったように襲い掛かってくることもない。
ショルダーキャノンを形成して人擬きに砲口を向けると、タグ付けされた標的に向かって〈貫通弾〉を撃ち込む。甲高い金属音を響かせながら発射された質量のある飛翔体は、しかしシールドに捕えられる。
その瞬間、ハニカム構造の薄膜が振動しながら運動エネルギーを吸収したように見えたが、さすがに耐えられなかったのか、そのまま飛翔体はシールドを貫通して人擬きに直撃する。
頭部が破裂するように吹き飛ぶと、残された身体も凄まじい衝撃波に耐えきれず、渦を巻くように捩じれながらズタズタに引き裂かれていく。やはり人擬き相手に〈貫通弾〉は威力がありすぎるようだ。
廊下に血液と半ば腐敗した肉片が散乱する光景に、思わず苦い表情を浮かべる。確かに脅威は排除できたが、回収しようとしていた携行式の〈シールド生成装置〉もその衝撃で破壊してしまった。
するとテンタシオンが静かに前に出る。彼は背後に控えていた機械人形たちに指示を与えると、接近してくる人擬きに対して一斉に攻撃させる。暴徒鎮圧用のゴム弾が連射され、続いて安全装置が解除された高出力のレーザーが撃ち込まれる。すでに敵が装備しているシールドで無効化されていることは分かっていたが、攻撃は継続して行われた。
テンタシオンの判断は間違っていなかった。すべての攻撃が無駄に思えたが、小型化されたバッテリーにも限界があるはずだった。彼はシールドのバッテリーを消耗させるためだけに攻撃させたのだろう。やがてシールドが連続攻撃に耐えられなくなり、虫食いのように欠落していくと、とうとうゴム弾が隊員に命中するようになる。
テンタシオンはその瞬間を逃すことなく、人擬きに銃弾を撃ち込んでいく。わずかに人間の面影が残されていた頭部に着弾すると、腐りかけた果実のように爆散するのが見えた。
「さすがだな」
脅威を排除したあと、人擬きが身につけていた装備を手早く回収することにした。襲撃に警戒しつつ、まずは目当ての〈シールド発生装置〉を確認する。幸い機械人形の攻撃は正確無比で、装置に損傷は見られなかった。
ついでに人擬きが手にしていたレーザーライフルも回収することにした。腕が腐りかけていた
ライフルを手に取ると、ずっしりとした重量感が手に馴染む。隊員が所持していた予備の電池も見逃さずに回収する。電池のケースは無傷で、まだ充分なエネルギー残量があることが確認できた。
最後に、隊員が背負っていた金属質のバックパックの状態も確認する。これも奇跡的に無傷だった。バックパックは攻撃支援用のドローンを携行するための装置で、〈廃墟の街〉では見られない代物だった。手早く隊員の背中から装置を外す。それらの装備は
隊員のユーティリティポーチに入っていた情報端末を回収していると、廊下の先から物音が聞こえてきた。
「ほかにも人擬きがいるかもしれない、すぐに移動したほうがいいな……」
すでに脅威は排除していたが、肌にまとわりつく嫌な緊張感はぬぐい切れなかった。
『了解、つぎの部屋をマークするね』
カグヤの声が内耳に聞こえると、その感覚も徐々に薄れていく。
彼女の言葉に応えるように、拡張現実で表示されていた地図に新たな情報が追加されていく。技術者の部屋まで誘導してくれる矢印が浮かび上がると、我々は死体のそばを離れる。焼却することも考えたが、フロアの換気装置が万全な状態なのか分からなかったので、そのまま放置することにした。有難いことに胞子の感染も確認できなかった。
「行こう、テンタシオン」
ライフルを構えると、静まり返った廊下を歩いて目的の部屋に向かう。淡い照明に照らされた廊下は寒々しく、窓もないため世界そのものから隔絶された空間に迷い込んだような気持になる。
すぐに目的の部屋の前に到着したが、先行していたカグヤのドローンが閉ざされた扉を見つめているのが見えた。その扉は他の部屋のモノと見た目は同じだったが、スキャンのためのレーザーを照射して何かを調べているようだった。
「また問題か?」
『いつものトラブルだよ』
彼女の言葉に肩をすくめたあと、生体認証で扉を開放しようと試みる。半透明の認証パネルに手をかざすと、淡い緑色の光が手のひらをスキャンし、微かな電子音が鳴る。けれど扉は動かない。眉間にしわを寄せ、もう一度認証を試みるが結果は同じだった。コマンドが無効化されているのか、何をやっても扉を開くことができなかった。
どうやらセキュリティに独自の変更が加えられているようだ。
『無断で変更したみたいだから、管理システムからの操作も受け付けない』
予想外の事態に遭遇することは日常茶飯事だが、目の前の扉が開かないとなると計画そのものが狂ってしまう。カグヤのドローンにセキュリティの解除を任せることにした。彼女は扉に備えられたコンソールにケーブルを挿し、システムに直接アクセスを試みる。その間、入手していたデータパッドを取り出し、記録されていた情報を調べることにした。
奇妙な視線を感じたのは、ちょうどそのときだった。
「……なんだ?」
長い廊下の先に目を向けると、そこに立ち尽くす人影が見えた。ソレはまるで幽霊のように音もなくあらわれて、照明が届かない場所にひっそりと立っていた。遠くにいるためその姿はハッキリしないが、異様に背が高く、手足が不自然に細長いことが分かる。治安部隊に所属していた隊員だと思うが、独特の雰囲気を持つ人擬きだった。
『身体の一部をサイバネティクスで強化してるのかも』と、ペパーミントの声が聞こえる。『反応を見てみましょう。何発か銃弾を撃ち込んでみて』
ライフルを肩に引きつけると、弾薬を〈徹甲弾〉に切り替える。皮下装甲も貫通できるので、サイボーグでも確実に仕留められるだろう。長い廊下の先、拡張現実で輪郭が強調された標的に銃口を向け、頭部に照準を合わせる。
けれど発射された弾丸は、人擬きの頭部に直撃する寸前で軌道が逸れてしまう。どうやら〈シールド発生装置〉は、個人装備として隊員全員に支給されていたようだ。浮遊島の治安維持を任されられるくらいの組織だったので、それなりに優遇されていたのだろう。
その人擬きがこちらに向かって腕を伸ばすのが見えた。視線の先を拡大表示すると、前腕が変形し、細長い砲身が突き出ているのが見えた。どうやら小型ロケット弾を発射するランチャーを義手に組み込んでいたようだ。閃光のあと、凄まじい速度で飛翔体が飛んでくるのが見えた。
テンタシオンは素早く反応すると、〈アサルトロイド〉たちに飛翔体の迎撃を命じる。直後、飛翔体は眩い閃光を発しながら爆散する。狭い廊下に黒煙が立ち込めるが、タグ付けされた標的の輪郭は見えていたので、そのまま数発の銃弾を撃ち込みながら機械人形の背後に身を隠す。
戦闘になると分かっていたのだから、〈ナノファブリケーター〉を使って事前に障害物を作っておくべきだったが、今さら後悔しても遅いのだろう。
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