第861話 メインシステム起動
全天周囲モニターに複数の情報が表示されるようになると、車体が微かに震えるのを感じた。リアクターが稼働し、正常にエネルギーが供給されているのだろう。長い間眠りについていた
『メインシステムの起動を確認、多脚にも異常は見られない』ペパーミントの声が車内に響き渡る。『異常なほど保存状態が良かったみたい。もう、いつでも出発できるよ』
それは嬉しい報告だったが、良いことばかりではなかった。施設のデータベースに記録されていた情報の多くは、浮遊島が放棄されたときに消去されてしまっていた。もちろん、リアクターに関する情報も残されていなかった。期待していただけに失望も大きかった。けれどペパーミントは諦めていなかった。
我々が発見していた情報端末のように、個人所有の端末なら、次世代のエネルギー研究に関する報告書や研究成果を記したレポートが見つけられるかもしれない。そう考えたペパーミントは施設だけでなく、浮遊島のデータベースにも接続する。
『どれほど混乱していたのかは分からないけれど、当時、住人の多くは着の身着のまま島を脱出してしまった。荷物をまとめている時間なんてなかったから、彼らの住居はそのままの状態で残された。もし、そこで端末を見つけることができれば……』
本来、機密情報を取り扱う情報端末は厳重に管理され、データが消去されるようになっていた。しかし世界的なシステム障害で〈データベース〉との接続が切断されてしまったことで、リモートでのデータ消去が行われなかった端末も存在した。もしも作業員や研究員の端末を見つけることができれば、必要な情報を手に入れられるかもしれない。
ペパーミントは社員名簿や住人票を取得すると、カグヤと協力しながら研究に携わっていた技術者を探すことにした。いずれの情報も施設の管理システムから消去されていたが、格納庫内に残されていた監督官の端末で必要な名簿を見つけることができた。彼女たちは研究員や作業員に目星をつけると、彼らの住所が記録されたリストを作成していく。
目的地が居住区画に決まると、車両の操作に意識を集中することにした。とは言っても、人工知能が思考電位を読み取りながら操縦をサポートしてくれるので、必要以上に緊張したり不安になったりすることもない。
思考するだけで無数の脚が滑らかに動き、巨大な車両が格納庫内をゆっくり進むのが見えた。自分自身の手足を動かすときのように、ほとんど無意識的に巨大な車両を操縦できるので、コクピットシートに座っていると機械と一体化したような感覚を抱く。
やがて格納庫の出入り口に設置された大型稼働扉が見えてくる。〈制限区域のため、関係者以外立ち入り禁止〉のホログラムが投影されるようになり、それらの警告が赤い光を放ちながら迫ってくるように見えた。
ペパーミントは遠隔操作で環境センサーを起動すると、周囲の汚染レベルを測定し、コンテナターミナルの汚染状況を確認していく。すでに格納庫内の変異体は殲滅していたので心配する必要はなかったが、施設内が汚染してしまうことを防がなければいけなかった。
幸いなことに施設を囲む防壁はシールドの薄膜で保護されていたので、胞子が侵入するのはほぼ不可能だった。異常がないことを確認すると、ペパーミントはシステムに扉の開放を指示する。直後、鈍い金属音とともに扉の内部機構がゆっくりと動き出し、巨大な扉が開放されていくのが見えた。
すると霧に包まれたコンテナターミナルが見えるようになる。霧は冷たく、どこか不吉な予感を漂わせながらわだかまっている。入場ゲートに続く道路にはゴミひとつなく、近くに設けられていた広大な空間には無数のコンテナが積み重なっているのが見えた。
ウェンディゴは霧のなかを――まるで分厚い被膜に覆われるように進みながら入場ゲートに近づく。すると周囲の空気が一変した。甲高いビープ音のあと、入場ゲート付近に配置された複数の戦闘車両が動き出し、警備用の機械人形が手足を展開させながら立ち上がるのが見えた。
管理システムによって味方だと識別されていたことは知っていたが、旧文明の兵器に取り囲まれると嫌でも緊張してしまう。圧倒的な火力の前では、どれほど装甲が厚くても意味がないと知っているからなのだろう。
ウェンディゴの接近に反応したのか、無数の小型ドローンが飛んでくるのが見えた。拳大の小さな機体は重力場を発生させながら飛行しているため、まるで空を滑るように、自由自在な軌道で飛ぶことができた。それらの機体はレーザーを照射しながら車体をスキャンしていく。
それが終わると短いビープ音を鳴らし、円を描くように空を飛びながらゲートに戻っていく。数機のドローンは車体上部に立っていたテンタシオンに反応していたが、やがてゲートに戻っていく。すると道路を塞ぐように待機していた多脚戦車も、ゆっくりと移動して道をあけていくのが見えた。
ゲートの上方に設置されていた攻撃タレットもゲート内に収納され、地面に並んでいたセントリーガンも地中に沈み込むようにして収納されていく。最後に、厚みのある鉄板式のバリケードが駆動音を立てながら下がり、路面に収納されていくのが見えた。通行を制限していた障害物が消え去ると、進むべき道がようやく開けた。
テンタシオンが車内に入り、充電装置を備えた所定の座席に落ち着くのを確認したあと、居住区画に向けて出発する。
相変わらず霧が地表を包み、視界はどこまでも薄暗い白に覆われていた。霧に反射した照明は、ぼんやりと光の筋を描きながら前方を照らしている。視界は最悪だったが、周囲の状況が分かるように建物や障害物は青色の輪郭線で強調されていたので、霧の中でもスムーズに移動することができた。
植物に埋もれたコンテナヤードに差し掛かると、警告音が聞こえ、こちらに接近する異形の姿が拡大表示される。
その変異体はヒグマのような姿をしていたが、下半身にはタコの触腕――あるいは触手を彷彿とさせる粘液に濡れた脚が生えていた。その異形の化け物は、それら無数の脚で地面を
その巨大な化け物がこちらに近づくにつれ、体表にびっしりと付着していた胞子がバラ撒かれるのが見えた。まるで悪夢だ。胞子が拡散しないようにコンテナヤードを壁で囲っていたが、すでに破壊されたのかもしれない。このままでは危険と判断し、すぐに変異体に対処することにした。
過剰な火力であることを理解しつつも、〈
つぎの瞬間、大気を震わせるような鈍い射撃音と共に、凄まじい速度で金属の塊が射出される。閃光が走り周辺一帯の霧が青白い光で照らされたと感じた瞬間には、すでに飛翔体は化け物に命中していて、ソレは跡形もなく消滅してしまっていた。
凄まじい衝撃波が周囲の空気をかき乱し、化け物の背後にあったコンテナに直撃し、爆発音を轟かせながら吹き飛ばすのが見えた。破壊の余波で辺りに胞子が拡散し、衝撃波に乗って渦を巻くように舞い上がるのが見えた。
機械人形が設置してくれていた〈シールド発生装置〉のおかげで、それらの胞子が広範囲に亘って拡散することは防げたようだが、このまま植物が浮遊島に広がれば、さらに恐ろしい状況になるかもしれない。リアクターに関する情報を手に入れたら、コンテナターミナルの植物にも対処しなければいけないだろう。
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