第860話 惑星陥落〈データパッド〉


 大型多脚車両ウェンディゴのコクピットは驚くほど清潔な状態が保たれていたが、ほとんど手が付けられず、まるで〝工場から出荷されたばかり〟といった様子だった。ペパーミントのドロイドが指し示したコンソールは、金属の骨組みと炭素繊維のパネルで組まれていて、徹底的に無駄を排除した合理的な作りになっていた。


 操縦桿やスロットルレバー、足元にはフットペダルが設置されているが、おそらくAIエージェントがほとんどの操縦を支援してくれるため、コクピットシートに座って思考するだけで簡単に動かすことができるのだろう。


 そのコンソールパネルには小さなモニターが埋め込まれていて、各種センサーから受信する情報や、リアクターから供給されているエネルギーがグラフや数値で表示されていた。全天周囲モニターにも周囲の地形がリアルタイムで表示されているだけでなく、環境情報から兵装の状況までひと目で把握できるようになっていた。


 人間工学に基づいて設計されたコクピットシートは、使用者の体重や体格に応じて形状が変化するようになっていて、身体を固定し衝撃から保護するようになっていた。そのシートは微かな光沢を放つ合成繊維で覆われていて、衝撃吸収機能を備えていることが分かる。


 そのコクピットの後方には、数人分の座席が対面式に設置されているのが見えた。各座席には外部の映像と周辺地図を表示するためのホログラム投影機も備えていて、小隊の状況を把握できるように設計されている。座席の脇には小さな収納スペースが設けられていて、ライフルなどの必要な装備がすぐ手に取れるようになっている。


 ペパーミントがゴムチューブに覆われた腕を動かして、コクピットシートに座るよう促すと、〈ハガネ〉のタクティカルスーツを解除してからシートに身体を沈めた。背中がしっかりと支えられ、足先はペダルに固定されるが、まったく窮屈さを感じさせない。シートベルトも身体に合わせて自動で締まる仕組みになっていて、快適さは失われない。


『ウェンディゴのシステムに接続するから、〈接触接続〉での生体認証をお願い』

 ノイズ混じりの合成音声が聞こえると、ドロイドの胴体下部に設置されていたソケットからケーブルが飛び出るのが見えた。そのケーブルを伸ばしてコンソールに挿し込んだあと、〈接触接続〉を行う。パネルの一部が明滅し、起動シークエンスが開始され、モニターが情報で満たされていく。


『施設のデータベースに接続して、リアクターに関する情報がないか調べてみるよ』

 彼女が必要な情報を検索している間、地下の貯水池で変異体から入手していた端末を調べることにした。


 さすがにデータパッドは故障していて起動しなかったが、〈接触接続〉でいくつかのファイルを取得することができた。その中で特に目を引いたのは、戦火に包まれた惑星に関する記事だった。ファイルを開くと、冷たく現実的な言葉が並ぶ記事が表示される。



 ■■惑星を襲った異星艦隊、■■■が陥落――都市は熔けたガラスと金属の湖に

>記録時期――Mar.07, ■■35/標準日時


 平和な惑星■■が、異星艦隊の一方的な攻撃によって壊滅的な被害を受けたことが明らかになった。信頼できる匿名の情報筋によると、死傷者数は五千万人を超え、さらに増加する見込みだ。植民惑星に対するこれほど大規模な攻撃は、歴史的にも類を見ない残虐行為として記録されることは間違いない。


 真っ先に攻撃を受けたのは、惑星の首都でもある■■■。人口六百万人を擁する都市圏は異星艦隊の襲来により、わずか数時間で焼け野原と化してしまった。攻撃直後に救援活動を行った軍関係者が残した通信記録によると、都市の中心部は〝熔けたガラスと金属の煮えたぎる湖〟のように変わり果てたと、その惨状について語った。


 救援部隊の到着が遅れたことも、被害を拡大させた一因なのだろう。襲撃のあと、植民惑星や軍艦隊との通信は途絶え、現在もその復旧の目処は立っていない。


 惑星■■の宇宙港は完全に機能不全に陥り、離着陸が不可能な状態が続いている。通信を試みた艦隊からは、「信号が届かない」との報告が相次いでいて、軍当局は事態の全容をつかむことすらできていない。


「我々は、またしても植民惑星に暮らす同胞と無垢な子どもたちを――想像を絶する残虐な虐殺によって奪われてしまったのです」と、軍広報官は感情のない表情で語った。


 また軍広報官は、この攻撃が意図されたものであり、武装されていない植民惑星が標的にされたことに強い怒りを示し、残虐極まりない攻撃を許すわけにはいかない、と決意を表明した。しかし現状では対抗策はほとんどなく、異星艦隊の再襲来の可能性すら示唆されている。


〈今後の対応については、未だ具体的な計画は打ち出されていない〉

 惑星■■の遺族たちは、親しい者の安否を確認する術もなく、ただ絶望と恐怖に苛まれながら日々を過ごしている。



 ため息をつくと、思わずファイルを閉じてしまう。このデータパッドに保存されていた情報は、まさに虐殺の記録だった。人類と敵対する〈異星生物〉の攻撃に対して、植民惑星がどれほど無力な存在であったか、その残酷な事実が淡々と書かれていた。


 この端末を所持していた変異体が、これらの情報を優先的に収集していた理由は分からないが、もしかしたら攻撃を受けた植民惑星に親族がいたのかもしれない。



 失われた命と膨大な数のID情報――人類の痕跡を消し去ろうとする異星艦隊の謎

>記録時期――Mar.14, ■■35/標準日時


〈あの日、空が暗黒に覆われたとき、我々の未来もまた暗黒に覆われてしまった〉

 この終わりなき戦争は、もはや全人類にとって他人事ではなくなっているのかもしれない。圧倒的な戦力差と技術力を持つ〈異星生物〉によって、惑星■■の住民の命は永遠に奪われ、その痕跡すら消滅してしまった。


 異星艦隊の攻撃によって何もかもが奪われ、理解さえも置き去りにされた。残るのはただ、終わりのない悲しみと膨大な記録情報のみである。この戦争が続く限り、数千万、いや……数億のID情報が、無機質なデジタル記録として残り続けることになるのだろう。


 だが、疑問がひとつ残されている。異星艦隊が人類の痕跡すら抹消するほど徹底的に惑星を攻撃した理由だ。それは単なる侵略や資源の略奪を超えた攻撃だった。なぜ彼らは、ここまで徹底的に惑星を壊滅し、地上のあらゆるものを焼き払ったのだろうか?


〈軍の極秘研究施設が狙われた?〉

 匿名の情報筋によれば、植民惑星■■には、軍が長年隠し続けてきた〈検閲済み〉に関する極秘の研究施設が存在していたという。しかし惑星が焼き尽くされた今、その存在を確認する術は存在しない。惑星と共に消えた極秘情報は、異星艦隊の意図を解き明かす鍵だったのかもしれないが、それも我々の手から遠く失われてしまった。


 巨大企業メガコーポが軍事支援を発表、惑星■■に向かう艦隊に向けて物資提供へ

>記録時期――Mar.27, ■■35/標準日時


 複数の巨大企業は、異星生物の攻撃により壊滅的な打撃を受けた植民惑星■■に対する支援計画を正式に発表した。これにより救援に向かう艦隊には最新の装備や医療物資、緊急物資が提供される予定だという。企業は、迅速な物資輸送によって生存者の救助と防衛能力の向上を目指していると語る。


 だが、この企業による支援の背景には〈暗黒空間ダークバース〉でささやかれる〝噂〟が関係しているのかもしれない。浮遊島〈デジマ〉に対する大規模テロ事件の記憶もまだ新しいが、反異星主義団体〈人類解放党〉と、これらの巨大企業との間に公にできない関係があるという。


 サイバネティクス技術や先進的な兵器が密かに横流しされ、武装勢力に渡っているとの疑惑は根強い。


 ある匿名の軍関係者は次のように述べている。

「企業は人類に敵対的な異星生物に対する戦争で名を上げたいのかもしれないが、その一方で、一部の物資が行方不明になっている事実も軽視できない状況だ。たとえ企業が〝紛失〟と称していても、その物資が〈人類解放党〉などの武力勢力の手に渡っている事実は変わらないのだから」


 利益追求のための非公式な取引が絡んでいる可能性がある。巨大企業は慈善事業を行うことで、表向きには社会貢献の意思を示しているが、それらの活動が武装勢力の資金源になっていることも否定できないだろう。そしてそれは宇宙での人類の立場を、より複雑なものにしている。


 この戦争は、異星生物との戦いだけではなく、企業の利益、政治的意図、そして地球外勢力との駆け引きが交差する複雑な戦争となっている。


 企業の支援が実際にどのような影響をもたらすのか、惑星■■に送られた物資がどこに行き、誰の手に渡るのか――それは今後の社会のあり方を大きく左右する要素となるだろう。疑念が晴れるまでは、誰もがこの支援の本当の意図を計りかねている。



 企業名や支援の詳細が次々と表示される。見覚えのあるロゴや、サイバネティクスのリストが表示され、戦争の裏に潜む暗い影が透けて見えるようだった。企業が支援を口実に何を企んでいたのか、それは今となっては誰にも分からないが、その結果を知ることは出来るかもしれない。

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