第857話 研究員〈データパッド〉


 ひっそりと静まり返った格納庫を見回したあと、戦闘の巻き添えになって倒壊していた足場のそばまで歩いていく。どうやら足場の骨組みとして利用されていた鉄骨にも、旧文明の鋼材が使われていたようだ。何かに利用できるかもしれない。


 ペパーミントの作業が終わるまでの間、周囲の安全を確保するため、手早くバリケードを設置することにした。テンタシオンと協力しながら、あちこちに散乱していた資材や崩れた足場の骨組みを回収すると、〈ナノファブリケーター〉で簡易的なバリケードを作製していく。


 それらの障壁は変異体の侵入経路を意識した配置になっていて、思わぬ襲撃にも耐えられるように工夫していく。ある程度の時間を稼ぐため、接近する標的を自動的に攻撃するセントリーガンも配置する。


 それらの兵器は〈ナノファブリケーター〉で作製したものではなく、格納庫内の資材置き場で見つけた〈兵站局〉の備品だった。重々しい銃身を備えたそのセントリーガンを慎重に運び、要所に設置していく。


 起動確認のための赤いランプが点滅するようになると、微かに振動しながら首を振るようになる。ある程度の安全が確保できると、研究室で手に入れていたデータパッドを確認することにした。


 故障していなかった数少ない端末のひとつだったが、何らかの機密情報が含まれている可能性が高い。凹凸のない滑らかな端末に触れ、〈接触接続〉でデータパッドを起動させる。


 するとホロスクリーンが投影される。そこには〈生体認証に関する注意事項〉が表示されていたが、それを無視して強引にアクセスする。セキュリティプロトコルが自動的に突破されていくのを見ている間、短い警告音が内耳に聞こえていたが、気にせず作業を続行し、ついに記憶領域に侵入することができた。


 半透明のホロスクリーンには膨大なデータが次々と表示されていく。そこには〈異星生物〉に関連する情報が大量に保存されていた。武器の解析や構造の記録、そしてその兵器を所有していた〈非人間知性体〉の戦闘能力に関する詳細な情報も記録されていた。


 しかし機密レベルが高いため、通常のアクセス権限では情報を閲覧することができなかった。そこで艦長権限を使うことにした。宇宙軍に所属し、最前線での戦闘指揮を任されていた艦長のアクセス権限なら、〈異星生物〉に関する機密情報にもアクセスできるだろう。


 閲覧許可に関する通知音のあと、いくつかのファイルが展開されていく。これまで目にしたことのない奇怪な生物の身体構造図や、その生物の異様な身体能力と恐るべき生態が確認できるようになる。ページをめくるようにデータを次々と読み込み、それらの膨大な情報をダウンロードしていく。


 残念ながら我々が手に入れたかった情報は含まれていなかった。しかしこの施設で異星の技術を研究していたことは間違いないので、リアクターに関する情報や技術的な解析、動力システムに関する記録が残されたデータパッドも残されているかもしれない。それが見つかれば、リアクターを修理する方法も見つかるかもしれない。


 視線をあげると、大型多脚車両ウェンディゴのシステムを掌握するため、懸命に作業を続けていたペパーミントの姿が見えた。相変わらず旧式の作業用ドロイドを操作していたが、とくに手助けは必要ないみたいだった。


 取得していたファイルを確認していくと、ある研究員の報告書が記録されていたファイルを見つける。ホロスクリーンに映し出された文章は、研究員の手で慎重に綴られていた。音声記録ではなく、あえて手書きで記録した理由は分からない。しかしそれは、生真面目な筆致でありながら、彼が抱いていた不安と驚愕が行間から滲み出ているようでもあった。



〈小惑星帯■■で鹵獲された遺物について〉

>記録時期――Dec.02, ■■34/標準日時


 小惑星帯での戦闘は我々の予想を超える激戦だった。(報道されていないが、〈ネットランナー〉が活動する〈暗黒空間ダークバース〉に没入ジャック・インすれば、いくらでも情報は手に入るだろう)


 アラン・キヨサキ少尉は、移乗攻撃を専門とした新設部隊の指揮官に抜擢され、■■星系における調査艦隊の最前線に配属されていた。艦隊が破滅的な殲滅戦に突入したのは、惑星軌道上の防衛ラインが崩壊し、〈異星生物〉の侵略が本格化していた時期だった。


 キヨサキ少尉が率いる小隊は、わずかな数の移乗艇で敵戦艦に潜入し、貴重な物資を確保するという過酷な任務を与えられた。


 敵戦艦に潜入したキヨサキ少尉は、そこで容赦ない攻撃を受けることになる。

 報告書には、キヨサキ少尉の部隊が如何にして〈異星生物〉と戦い、敵を殲滅したのかが詳細に描写されていた。暗く狭い通路、放射能漏れの恐れがある空間で緊張を強いられるなか、部隊は敵の激しい反撃にも屈せず艦内の制圧を続けた。


 そこでキヨサキ少尉は他の隊員と共に敵装備の一部を発見すると、移乗艇に詰め込めるだけ詰め込んでいった。それらの装備は明らかに人類のモノとは異なる形状で、曲線的なデザインや未知の合金で構成されていた。目的の物資を確保すると、彼らは敵の増援が到着する前に敵戦艦を脱出、激しい追跡を受けながらも移乗艇での撤退を試みた。


(だが、追撃は苛烈だった)と、赤字で書かれていた。

 脱出の途中、〈異星生物〉の追跡部隊により部隊は激しい攻撃に晒され、キヨサキ少尉は半数以上の部下を失うことになった。彼らの移乗艇は幾度となく被弾し、味方駆逐艦が敵の包囲網を突破し助けにやってこなければ全滅していたかもしれない。そうして持ち帰った装備は、(まさに驚愕に値する)ものだった。


(それらの兵器を最初に目にしたとき、わたしは……いや、誰もが、新たな技術革新の入り口に立ったことを確信していた)


 しかし技術解析は難航を極めた。ライフルに相当する兵器の分解を試みたが、途端に研究チームは壁に突き当たることになった。構造があまりにも異質だったのだ。人類が培ってきた技術体系では、その内部機構を理解することは、ほぼ不可能だった。外装の素材から内部の配置まで、すべてが従来の理論からかけ離れていた。


(いくつかの装置はブラックボックス化されていた……)

 これが最も大きな問題だった。何度も解析を試みたが、重要な機構にはアクセスできず、解明の手がかりすら得られなかった。


 その機構は〈異星生物〉特有の防御策が施されていて、強引に分解しようとすると自爆するようプログラムされていた。(なんと愚かなことを……)


 何度かの解析失敗の末に、半径三メートル以内にあるものすべてを消滅させる爆発が起きた。研究チームの数名が重傷を負い、本土の病院に搬送される事態となった。


(再生医療を必要としたので、数名の研究員がホンコンとチバ・シティのクリニックに移ることになった。日本にいる娘に彼らの様子を見てきてもらうことにした。彼女なら冷静に状況を判断できるだろう……)


(異星生物の技術を理解するには、人類はあまりに無知だったのかもしれない……)

 人類の武器であれば、内部構造をひと目見れば――たとえ部分的だったとしても、その仕組みが理解できた。しかし〈異星生物〉の技術に関しては、それがまったく通用しなかった。理論的にも、技術的にも、彼らの兵器は説明不能だった。機構を見れば何かが分かるはずだという前提すら、崩れ去ってしまう。


(どのようにして、これほどまでに高度な技術を手に入れたのだろうか?)

 研究員の問いかけは、まるで人類全体に向けられているようだった。


>記録時期――Jan.19, ■■35/標準日時


 結局、まだ答えは見つかっていない。〈異星生物〉の技術は、我々の理解を遥かに超えており、その解析を行うにはまだ多くの時間と〝犠牲〟が必要なのかもしれない。


(昨夜、娘から連絡があった。どうやら研究員のひとりが亡くなってしまったようだ。まだ名前は聞いていない。事実を受け止めるための時間が少しだけ必要だった……)



 ホロスクリーンに表示されたファイルを展開すると、ワイヤーフレームで描かれた精密なモデルが浮かび上がる。立体的に表示されたことで、より異質な兵器に感じられた。どこか有機的ですらある兵器が、人類の製造したモノではないことは一目瞭然だった。


 レーザライフル、あるいはプラズマライフルに区分される兵器の外装には、滑らかで曲線的な金属が使われていた。しかし〈異星生物〉独特の合金で構成されているため、物理的な強度や耐久性は人類のものを遥かに凌駕していたと記録されている。洗練されていて無駄のない設計に見えるが、それがかえって奇妙な印象を与えた。


 その兵器のモデルが分解されていくのが見えた。角張った銃身、青色に発光するエネルギー供給装置、黒曜石を思わせる制御機構、未知の発射メカニズム――それぞれが目の前で回転しながら立体的に表示され、より細かい部分まで確認できるようになった。けれど分解された状態であっても、その構造を理解することはできなかった。



〈制御機構と発射メカニズムについて〉

>記録時期――Jan.30, ■■35/標準日時


(引き金や制御部は、兵器内部の機構とつながっていない!?)

 研究員の注意書きには、人々の困惑が記されていた。


 その兵器には引き金らしきモノは存在するが、それが実際に何かを制御している形跡は確認できない。慎重に兵器を分解し内部構造をいくら調べても、外部の引き金がどのようにして、エネルギー発射体を生成する機構とつながっているのか確認できない。


(物理的にも電気的にも接続は皆無……何かの冗談だろうか?)

 引き金部分と内部構造との間の空間を注意深く追う。だが接続を示す配線も、回路も、エネルギー伝達のための管すら存在していない。まるで何か目に見えない力が、引き金を引いた瞬間にエネルギーを発生させているかのようだ。


 この技術の根幹が一体何なのか、人類の理解では到底説明がつかない。人類の武器であれば、電気的な信号や機械的な動作で発射の準備を整え、弾薬やエネルギーを供給する。しかし、この兵器にはそのどちらも存在しない。広大な空間を一瞬で消滅させるほどの膨大なエネルギーがどこから供給され、どのようにして放出されるのかは完全に謎だった。


(彼らの技術と比べれば、我々のソレはあまりにも未熟だ……)

 人類が築いてきた技術は、彼らのものに比べれば、まるで子どもの遊び道具のようだ。〈異星生物〉の兵器は、根本的に別次元の技術体系に基づいている。


 物理法則を無視するかのような設計、視覚的にも理解できない内部構造――これらすべてが、どれほどの技術的格差が存在するかを物語っている。ただ分かっているのは、表面の形状と、それを使用したさいの効果だけであり、その本質に触れることはまだできていないということだった。



 偵察ドローンの接近を確認すると、目の前のホロスクリーンを閉じて、深く息を吸い込んだ。排水に利用されていた深い溝のなかを調べていたドローンが、そこで何かを見つけたようだ。

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