第856話 掃射
轟音が鳴り響くたびに、青白い閃光が薄暗い格納庫内を照らし出していく。ペパーミントが
その音は格納庫内に響きわたり、暗がりに潜んでいた醜い化け物たちを眠りから起こしていく。物音に反応して背後を振り返ると、白い巨人めいた変異体が奇声をあげながら駆けてくるのが見えた。異様に長い腕を振り回し、ヌラヌラと粘液に濡れた皮膚が照明を反射し、その異様な姿をより一層不気味なものにしていた。
反射的にライフルを肩に引き寄せたが、ウェンディゴの装甲板が車体に沿って滑らかにスライドしていく様子が視界の端に見えた。複雑な機構によって外装が展開していくと、車体内部から重機関銃が姿を見せた。
鋼鉄の蜘蛛が危険な武器を手に入れたような、何か奇妙な威圧感があった。装甲板が元の位置に戻ると、重機関銃による掃射が開始された。圧倒的で無慈悲な攻撃が変異体に襲いかかり、その醜い身体は紙切れのようにズタズタに破壊され、火花とともに肉片が飛び散っていくのが見えた。
格納庫内に放置されていたウェンディゴが、今も武装状態だったことに驚いたが、どうやら機能を停止していた〈弾薬装填機構〉を再起動したようだった。それは我々が使用しているライフルと同様の機構で、旧文明の鋼材さえあればナノマシン技術によって弾薬がほぼ無限に生成されるため、弾薬の劣化や使用期限の概念すら存在しなかった。
重機関銃の連続射撃の間にも、〈電磁砲〉は光を帯び、放たれた閃光が変異体を跡形もなく消し去っていく。視界を遮る粉塵と火花のなか、意識を持つかのように戦闘を続けるウェンディゴの姿は圧巻だった。変異体は――まるで害虫のように、換気シャフトや崩れた足場の下から湧き出てくるが、圧倒的な火力はそのすべてを塵に変えていく。
重機関銃の重々しい射撃音が耳をつんざき、ウェンディゴから放たれる無数の弾丸が変異体に命中し、彼らの肉体をバラバラにしていく。しかし散乱した手足や肉塊を放っておけば、すぐに未知の植物が発芽して根を張ってしまう。格納庫内が植物に埋もれてしまう前に、何か手を打たねばならない。
と、二メートルはあろうかという細長い砲身がゆっくり動くのが見えた。車両の上部に備えられた巨大な砲身は、バラバラになった化け物の残骸に照準を合わせる。その動きは堂々としていて、戦場を支配するかのような存在感を放っていた。
その砲身の周囲に異様な放電が発生し、青白い電光が見えるようになる。車両のリアクターからエネルギーが集中的に供給され、砲身から微かな振動が感じられるようになる。大気そのものが揺れ、砲身の端から青白い火花が飛び散るようになる。
そして次の瞬間――格納庫内に轟音が響き渡り、高密度に圧縮された鋼材が凄まじい速度で撃ち出される。空間を切り裂くような閃光とともに、白熱する発射体が化け物の死骸に直撃する。それは周囲に散乱していた手足やら肉塊を跡形もなく消滅させる。砲撃の余波は地面を震わせ、熱波と衝撃波によって周囲の足場を崩していく。
だが、それでも変異体の動きは止まらない。格納庫の奥深くから次々と新たな個体が出現し、獣めいた動きで猛然と駆けてくる。それに対して、ウェンディゴは重機関銃から弾丸を吐き出し、(電磁砲)で跡形もなく吹き飛ばしていく。
その攻撃でも処理しきれなかった肉塊や植物は、テンタシオンの〈荷電粒子砲〉と火炎放射で処理することにした。粒子砲は化け物の肉塊を蒸発させ、周囲を侵食していた植物の根もろとも消滅させていく。私も変異体の攻撃に警戒しながら死骸に近づくと、植物が発芽する前に火炎放射で焼き払っていく。
炎の熱気がじりじりと伝わり、黒煙が立ち込めて視界を覆う。あちこちで発生していた火災を知らせるため、無数の警告が拡張現実で表示され、避難を促す警報が騒がしく鳴り響くようになる。
カグヤが管理システムにアクセスして消火作業を指示すると、警告表示がひとつずつ消えていく。炎も消火剤を散布する複数のドローンのおかげで鎮火し、優れた換気システムによって徐々に視界が開けていく。
カグヤに協力してもらいながら変異体の殲滅を確認すると、テンタシオンを連れてペパーミントのもとに戻ることにした。しかしそこには醜い変異体に組み付かれ、地面に倒れ込んでいる彼女の姿があった。不自然な姿勢で身体をねじ曲げられ、鋭い爪が背中に深く食い込んでいる。
心臓が一瞬止まるような感覚に襲われたが、すぐにライフルを構えて引き金をひく。発射された特殊弾薬が変異体の胸部に食い込むと、体内で炸裂し、化け物を後方に勢いよく
息つく暇もなく、彼女のもとに駆け寄る。そしてそこで見た光景に、目の前が真っ白になるほどの衝撃を受ける。
彼女の身体は無惨に引き裂かれ、手足は引き千切られた状態で地面に投げ出されていた。裂けた腹部からは人工臓器が露出し、白い血液がゆっくりと床に広がっていくのが見えた。その無残な姿に言葉を失い、彼女の身体を抱き寄せたまま動くことができなかった。
けれど内耳に彼女の声が聞こえると、ふっと意識を引き戻される。そこでやっと冷静になり、ソレがペパーミントの義体に過ぎないことを思い出す。
まだ微かに体温が感じられたが、すでにそのなかにペパーミントの意識は存在しないのだろう。破壊された手足や露出した人工臓器、それらはただの機械部品に変わってしまっていた。
彼女の声が再び内耳に響く。「わたしは大丈夫だよ」と。どこまでも冷静で、感情の揺らぎすら感じられない声が、私を現実に引き戻していく。どうやら彼女の意識は、すでに格納庫内に配備されていた作業用ドロイドに転送されていたらしい。私が抱き寄せていた義体は、ただの〝抜け殻〟にすぎなかった。
気持ちを落ち着かせながら視線を上げると、暗がりからゆっくりと近づいてくる機械人形の姿が見えた。旧式の〈作業用ドロイド〉で、戦闘用の義体とは比べ物にならないほど無骨なフォルムをしていた。
頭部と胴体が一体化したような形状で、足は太く短い。蛇腹状のゴムチューブで覆われた腕は異様に長く、先端には作業用の工具が取り付けられていた。町工場で長年大切に使用されてきた時代遅れの機械といった印象だ。
ペパーミントは、新たな機械の身体で近づいてくる。彼女の動きはどこかぎこちない。機体制御用のソフトウェアが複数インストールされている〈コムラサキ〉とは、やはり使い勝手が違うのだろう。
やがて彼女はウェンディゴの制御パネルに到達すると、作業用ドロイドの長い腕を慎重に伸ばし接続ケーブルを
『ここからは任せて』
ノイズが乗る合成音声でそう言うと、彼女はドロイドの手を器用に動かしながら作業を続ける。見た目の無骨さに反して、その動きは正確で無駄がなかった。
彼女が無事だったことに安心したが、周囲を見回すと、彼女の護衛として残していたラプトルが破壊されているのが見えた。センサーの死角から奇襲を受けたのかもしれない、足元に視線を向けると重いグレーチングの蓋が破壊されているのが確認できた。排水のために設けられていた深い溝を通って接近してきたのだろう。
すでに変異体の殲滅は確認していたが、念のためテンタシオンの偵察ドローンを使って溝を調べることにした。
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