第855話 特殊弾薬
暗がりから迫りくる変異体は、今にも倒れてしまいそうな巨木のように、フラフラと身体を左右に揺らしながら不規則に歩いていた。その異様な挙動に加え、変異した筋肉や異形の身体構造が、こちらの射撃精度を著しく妨げ、照準を合わせることすら困難にしていた。
カグヤの偵察ドローンとテンタシオンの機体から打ち上げられていたドローンを使い、あらかじめ予想される変異体の動きを計算、予測して射撃を行うことにした。
ゴツゴツした骨や薄い皮膚を通して見える筋肉の動きを確認し、その後の連続的な動きを予測していく。すると不規則な動きを見せていた変異体に重なるように、拡張現実で表示された〝幻影〟が見えるようになる。
それは拡張現実によって視界に投影された変異体の〝未来の姿〟でもある。時間を先取りしたかのように、変異体の不規則な動きを正確に再現し視覚化してくれるため、射撃の精度を格段に上げてくれた。
あるいは、ある種の〝未来視〟でもあるのかもしれない。しかしそれは超自然的な能力によるモノではなく、人工知能が膨大なデータを取得し、様々なアルゴリズムに基づいて分析、学習した成果だった。
その拡張現実で表示された変異体に向かって銃弾を撃ち込む。銃口から放たれた数発の特殊弾薬は、正確に変異体の太腿に食い込んでいく。そして間を置かず、弾丸に組み込まれていた機構が作動し炸裂する。鈍い破裂音のあと、爆発した弾丸から強靭なワイヤーが飛び出し、地面に向かって勢いよく突き刺さるのが見えた。
地面に食い込んだ無数のワイヤーは、蜘蛛の糸のように細くしなやかで、驚くほどの強靭性を備えていた。実際のところ、それは鋼鉄の数倍もの強度を誇り、化け物の暴力的な力でも容易に断ち切れないようになっていた。〈
極細のワイヤーが地面に突き刺さり、網で捕獲した獣のように変異体を拘束していく。醜い化け物は足を引き千切る勢いで暴れるが、あらゆる方向に伸びた強靭なワイヤーは変異体の動きを封じ込めていく。
その間にも射撃を続け、特殊弾薬が体内で炸裂し、無数のワイヤーで変異体を拘束していく。白い巨人を思わせる人擬きは、わずかに身を震わせながらも、しだいに抵抗する力を失っていく。
動きを止めることができた、と思う間もなく、化け物の体内から異常な量の液体が漏れ出すのが見えた。動きを止めたはずの化け物の中で、何かが
変異体の身体にできた肉の裂け目から、奇怪な植物の根がじわじわと伸びていくのが見えた。根は四方に広がり、傷ついた変異体の身体そのものをのみ込むように繁殖していく。その光景はひどくグロテスクで、変異体が動くたびに根が絡みつき、締め上げるように食い込んでいくのが見えた。
化け物は抗おうとして身をよじるが、その抵抗も虚しく、まるで茨に絡め取られるように植物に覆われ姿が見えなくなっていく。
そして変化が起きる。複数の根の先端からは小さな芽が顔を出し、瞬く間に成長して蔓となり、変異体の全身を包み込んでいく。その蔓は次々と蕾をつけ、花のように開花していく。その花は見たこともない奇怪で肉厚の花弁を持ち、何かを吐き出そうとするかのように筒状の器官が震えるのが見えた。花粉の放出が行われる兆しだと直感的に理解した。
不穏な気配に鳥肌が立つと、すぐに別の変異体の相手をしていたテンタシオンと連絡を取り、〈荷電粒子砲〉で植物ごと処理してくれるように頼んだ。格納庫内に被害が出てしまうかもしれないが、今は植物の繁殖を止めることを優先しなければいけなかった。その間、次々と迫りくる変異体に対処することにした。
化け物は四足歩行する獣のように、地面を蹴り上げながら疾走してくる。一瞬でも油断すれば、我々は確実に餌食にされるだろう。
『敵の接近を確認!』
カグヤのドローンから受信する情報によって、障害物を透かして赤色の線で縁取られた変異体の輪郭が見えた。
思わず舌打ちすると、ライフルのストックを肩に引きつけ、そのまま先頭の変異体に狙いを定めて引き金をひいた。小気味いい金属音を立てながらフルオートで弾丸が撃ち出されていく。動きの読めない化け物に対抗するため、ドローンのデータが視界にオーバーレイされていたので照準を誤ることはなかった。
銃口から放たれた特殊弾薬は、正確に化け物の醜い身体に食い込み、次々と炸裂していく。間を置かず無数のワイヤーが飛び出し、変異体の四肢に絡みついていく。
そのまま転倒する化け物もいれば、あちこちに組まれた足場や地面に食い込んだワイヤーに絡まり動きを止めるものもいた。しかし多くの変異体は怯むどころか、ワイヤーを引き千切ろうとして激しく暴れる。張り詰めたワイヤーが軋む音を聞きながら、化け物の頭部に銃弾を撃ち込んでいく。それでも人擬きの動きが止まることはなかった。
そこにテンタシオンがやってきて、〈荷電量子砲〉を撃ち込んでいく。眩い閃光が格納庫内の薄闇を照らし出すたびに、変異体が消滅していくのが見えた。が、その間にも別の変異体が姿を見せ、猛然と迫ってくる。この状況を切り抜けるためには、より効率的に脅威を排除する手段が必要だった。
変異体が猛然と突進してくる。目を血走らせ、鋭い牙をむき出しにして、身体から突き出した無数の蔓を触手のように振り回している。私はライフルを構え、拡張現実で示された変異体に向かって弾丸を撃ち込んでいく。特殊弾薬が命中し、目の前の変異体が動きを止めたときだった。全身にゾッとする悪寒が走った。
――背後だ。
気づくのが遅かった。背後の暗がりからもう一体の化け物が忍び寄ってきていたのだ。異常な速度で接近していた化け物は、私が足場にしていた鉄骨の骨組みに体当たりする。直後、足場が大きく揺れたかと思うと、鋼鉄製の支柱が折れ、金属が軋む音とともに足場が崩れていく。
「クソっ!」
即座に義手に内蔵されていたワイヤーロープを射出する。崩れ落ちる足場の残骸をかすめるように飛び出したワイヤーは、機体保持用のクレーンに巻き付き、その勢いで私は宙に飛び出す。振り子のように揺れるなか、崩れた足場に埋もれる変異体の姿が見えた。異様に長い腕を振り回し、無理やり鉄骨を押しのけようとしている。
別の足場に着地すると、すぐに変異体に向かって銃口を向けた。放たれた弾丸は変異体の頭部に命中し、その身体は一瞬びくりと震えた。しかし、それだけでは足りない。すぐにショルダーキャノンから〈貫通弾〉を撃ち込む。それは人擬きの巨体を貫き、上半身が爆発四散する。だが、それは間違いだった。
飛び散った肉片が地面に散らばるや否や、再び奇怪な植物がその場所に芽を出し、四方に根を伸ばしていく。その根は地面を這い、瞬く間に成長していく。厄介な植物に侵食される前に対処しなければいけない。弾薬を〈火炎放射〉に切り替えると、飛び散った肉片を焼き払っていく。
だが、その炎が新たな問題を引き起こした。突然、警報が鳴り響き、赤い光が視界を染める。管理システムが火災を検知したのだ。視界に複数の警告表示が浮かび上がり、避難経路を表示していく。
その警告表示を消しながら、眼前に迫りくる変異体に意識を集中させた。炎の熱気と騒がしい警報が聞こえるなか、フルオートで特殊弾薬を撃ち込んでいく。空間全体が殺気に満ち、わずかなミスが命取りになりかねない緊迫感が容赦なく襲いかかってくる。
と、そのときだった。耳をつんざくような轟音が大気を揺るがした。爆風に襲われ、まるで世界そのものが震えたかのような衝撃が辺りに広がる。
背後を振り返ると、すぐそこまで迫ってきていた変異体が跡形もなく消え失せ、辺り一帯に粉塵が立ち込めているのが見えた。地面は大きく
背後の巨大な影に目をやると、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます