第854話 装甲戦闘車両


 拡張現実で浮かび上がっていた地図に、タグ付けされた変異体が赤い点で示されていくのが見えた。醜い化け物は目的もなく――半ば腐敗した皮膚を引きずりながら格納庫内を徘徊していた。カグヤの偵察が終わると、我々は情報端末の解析を中断し、さっそく格納庫内を調べることにした。


「準備はいいか?」

 ペパーミントはうなずくと、片腕でしっかりとライフルを構えてみせる。護衛の機械人形ラプトルも彼女のそばにつくと、いつでも攻撃態勢に入れるように準備する。


 薄暗い格納庫に足を踏み入れると、どこからともなく嫌な視線を感じた。そこに潜む脅威が我々の様子をうかがっているようにも感じられたが、その正体はつかめない。悪意や敵意が感じられないので、人擬きが本能的に侵入者の存在に気がついたのかもしれない。


 我々の周囲には作業用の足場が組まれていて、工作機械や大量の資材が並んでいた。それらの資材や加工部品にはほこりがうっすらと積もっていたが、高品質な素材ばかり揃えていたからなのか、鋼材に劣化は確認できなかった。


 暗闇から聞こえる微かな物音に反応して瞬時に身構える。視界の端に表示されていた地図を確認すると、変異体の位置を示す赤い点が接近しているのが見えた。我々がいる場所からは、まだそれなりに距離があることが確認できたが、変異体の動きは予測できないので、すぐにその場から離れることにした。


「行こう」

 暗闇の向こうで見え隠れする脅威に警戒しながら、我々は慎重に歩みを進める。足音が静かな空間に響くたび、緊張感が増していく。変異体に気づかれることなく探索するのは難しいかもしれない。しかし戦闘になれば、多くの変異体を一度に相手しなければいけなくなるだろう。


 しばらくすると、整備を受けていたと思われる無数の車両が見えてくる。それらの戦闘車両に挟まれるようにして、我々が運用している大型戦闘車両と酷似した多脚車両が見えた。装甲板の位置や塗装に違いが見られるが、たしかにそれは〈ウェンディゴ〉だった。車両に近づくにつれ、他の車両との違いがハッキリと確認できるようなる。


 例えば、その戦闘車両からは、どこか生物的な不気味さが感じられた。装甲車を思わせる細長い車体からは、昆虫の脚を彷彿とさせる六本の脚が生えている。昆虫の脚といっても、それは工業的で冷たい金属の集合体であり、機械構造としての頑強さや精密さも感じさせる複雑な機構だった。


 それぞれの脚が複数の関節を持ち、しなやかでありながらも鋭角的な印象を与えていた。その多脚の外装に用いられる複合装甲は、旧文明の特殊な〈鋼材〉が使われ、錆びがなく、驚くほど軽量で、新造品のように滑らかだった。


 その装甲の隙間から見えるのは、高度な技術によって再現された〈人工筋肉〉だ。黒光りするラテックスのような柔軟性を持つ装甲繊維に包まれた器官は、生物の筋肉のように膨張したり収縮したりしながら、車両を正確かつ驚異的な機動力で動かすことができた。


 この〈人工筋肉〉が多脚の異常な可動域を支えている。無数の関節を持つ六本の脚は、しなやかに折りたたむことができ、必要に応じて車体を地面スレスレまで低くすることも可能だった。これにより敵の攻撃を避けることも、狭い場所を通り抜けるさいにも柔軟に対応することができた。


 その動きは生物的でありながらも、機械的な制限のない動きを可能にしていて、生きた兵器のような印象を与える。その多脚に支えられた車体には無駄な装飾は一切ない。側面には簡素だが堅固な搭乗ハッチがあり、後部には黒々としたコンテナが積載されていた。


 コンテナは光を吸い込むような深い黒で、時折、脈動するかのように波紋が広がるのが見えた。このコンテナにも〈空間拡張〉技術が使われているのだろう。重厚感のある外見は、車両全体に威圧的な印象すら与えていた。


 車体自体も異様な存在感を放っていた。周囲の風景をコクピット内の全天周囲モニターに投影する特殊な技術が使われているからなのか、覗き窓の類は存在せず、外部から内部の様子を確認することは不可能だった。これは防弾性能を高めるためでもあり、外部からの攻撃に対して徹底した防御力を誇っていた。


 ソレに加えて、車両の外装には周囲の風景をリアルタイムで投影する〈環境追従型迷彩〉の機能が備わっているため、静止していると、まるで周囲の環境に溶け込んでしまうかのように偽装することができた。その車体の側面に目をやると、車体番号らしきモノが刻まれているのが確認できた。


「ウェンディゴで間違いない。ねぇ、レイ。わたしに少し時間を頂戴」

 ペパーミントはそう言うと、多脚車両に向かって歩いていく。彼女の表情からは、車両に対する純粋な好奇心が見て取れた。損傷した義体で足を引きずるようにして歩いていたが、車両に近づくにつれて徐々に小走りになっていく。


「どうするつもりなんだ?」思わず彼女に質問する。

 ペパーミントは立ち止まって振り返ると、軽く肩をすくめながら答えた。

「このウェンディゴが動かせないか確認したいの。レールガンを搭載した車両が使えるようになれば、わたしたちの探索も楽になるでしょ?」


 たしかに彼女の言う通りだ。巨大な多脚車両を操り、搭載された〈電磁砲レールガン〉を使うことができれば、浮遊島での探索は有利に進められるだろう。この先、さらに危険な区画に足を踏み入れることが予想される以上、移動拠点としての戦闘車両は圧倒的な戦力になる。


 彼女は機械人形に運んでもらっていた工具や機材を使い、車両の複雑な制御システムの調査に取り掛かる。私はしばらくその場にとどまり、彼女が慣れた手つきで車体を調べていく様子を眺めた。


 車体から剥き出しになっていた無数のケーブルやチップセットをチェックし、パネルを開いて小声で何かをつぶやきながら技術的な作業を進める。彼女の細く長い指がコンソールや回路基板に触れるたび、薄暗い格納庫の静寂に微かな音が響き渡る。


 けれど、その静寂も長くは続かない。

『レイ、化け物の接近を確認したよ』

 カグヤの言葉にうなずくと、すぐに戦闘の準備に取り掛かる。

「どうやら時間を稼ぐ必要がありそうだ」


 広大な格納庫に広がる薄暗い空間から、微かな足音が聞こえるようになる。なにか重いものが地面をうような音、水気を含んだ肉体が擦れる音、そして異常なほど不規則な歩調で近づいてくる音が聞こえた。暗がりから接近してくるのは間違いなく変異体だ。すぐに意識を切り替えて、周囲の偵察を行っていたテンタシオンと連絡を取る。


 すでに脅威の接近を察知していたのか、テンタシオンは戦闘態勢に移行していた。金属フレームがわずかに動き、機械的な音が響くと同時に、〈荷電粒子砲〉の動作音が格納庫内に反響する。攻撃の準備が進められる過程で、装甲内に組み込まれていた拳大の小型ドローンが打ち上げられ、上空から周囲を索敵し接近する脅威の位置を正確に把握していく。


 そのドローンから受信していた映像を確認すると、複数の変異体が接近するのが見えた。やはり我々の侵入に気がついていたのだろう。


 ペパーミントに声をかけたあと、すぐ近くに組まれていた足場を使い射角を広く取れる位置まで移動し、息を整えながらライフルを構える。変異体の姿が視界に入ると、動きを止めるため足に照準を合わせていく。白い化け物は緩慢な動作でこちらに向かっている。半ば腐ったような白い皮膚は、薄暗い照明を受けてぬらぬらと光る。


 呼吸を整えながら引き金に指をかけた。緊張感が高まるなか背後に耳を澄ますと、ペパーミントが作業に没頭している音が聞こえる。彼女のためにも時間を稼ぐ必要があった。カグヤとテンタシオンに合図を送ると、脅威の排除を開始した。

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