第853話 試験場
長く終わりの見えない廊下を進むたびに、白い巨人めいた変異体に遭遇することになった。施設内はどこも安全とは言い難く、廊下の曲がり角や暗がりから不意にあらわれる脅威に対して、我々は神経をすり減らしながら探索を続けることになった。
テンタシオンは周囲の索敵を続け、脅威を確認するたび接近される前に〈荷電粒子砲〉で対処していた。眩い閃光を受けた白い巨人は、すさまじいエネルギーに耐えることができず、蒸発するかのように一瞬で消滅していく。
けれど施設に与える被害を避けることができず、被害が予想以上に広がってしまう。変異体を消滅させるたびに、壁面パネルや床面が融解していく。副次的な被害だと気にしないようにしていたが、やがて研究室内の貴重な機材や遺物が巻き添えになり、管理システムから警告を受けるようになると無視することもできなくなった。
これ以上の被害は避けるため、テンタシオンは出力を調整して攻撃することになった。しかし出力を落とした攻撃では変異体を完全に消滅させることはできず、その場に残された変異体の一部――たとえば手足から侵略的植物が発芽するようになる。
まるで腐った倒木から菌類が広がっていくように、無数の根と蔓が周囲に広がり、瞬く間に天井や壁を覆っていく。植物の成長速度は異常に早く、そのまま放置すれば研究室フロアだけでなく、施設全体を侵食してしまうのも時間の問題だった。
未知の植物の発芽を防ぐには、変異体の肉体を完全に消滅させなければならないため、テンタシオンは再び高出力での射撃を余儀なくされた。もちろん、侵食を食い止めるため発芽した植物もろとも変異体の死骸は処分された。
攻撃に巻き込まれた研究室は無残だった。壁に設置された金属パネルは融解し、機材の大半は原形をとどめていなかった。破壊された状態から元通りに復元することは不可能だろう。しかし壁面パネルさえ交換できれば、施設としての体裁を整えることはできるかもしれない。それに意味があるとは思えなかったが。
いずれにせよ、テンタシオンの長距離射撃による敵撃破は功を奏した。脅威の出現を未然に察知し、瞬く間に撃破することで我々は深刻な被害を受けることなく探索を続けることができた。その過程でいくつかの研究室を調べ、貴重な情報が記録されているかもしれない情報端末も複数回収することができた。
研究室フロアの探索を終え、ペパーミントと合流するため移動していると〈兵站局・性能試験場〉の文字が刻印された扉を見つける。カグヤに確認すると、評価用のプロトタイプが送られる場所だと分かった。
広大な試験場に足を踏み入れると、まず目に飛び込んできたのは、ずらりと並んだ戦闘車両だった。軍用規格の
異星技術のリバースエンジニアリングが行われていた場所では、分解された装置の部品が散乱し、工具が乱雑に置かれている。分解の途中で放棄された車両を見ていると、今にも作業員たちが休憩から戻ってくるような印象さえ受けた。
変異体の出現に警戒しながら奥に進むと、解体途中の多脚戦車が目に入った。鋼鉄の骨組みがむき出しになり、装甲内部の機構から無数のケーブルが伸びているのが見えた。人工筋肉が使用された脚部はバラバラに分解され、整然と置かれた部品の山が不気味な静けさの中で威圧感を放っていた。
その戦車に近づくと、車両の制御システムが搭載されたコアが露出しているのが見えた。正多面体の黒曜石を思わせる異様な装置は、明らかに人類の技術を超えた異星の痕跡を思わせたが、見慣れた部品が巧みに組み合わされていて、戦闘車両に搭載するために最適化されていることが分かる。
それらの車両の装甲には、試験用と思われる様々なコードや記号が刻印されている。実験による損傷や凹みがあちこちに残り、修復の痕跡もハッキリと見て取れる。動体検知で自動投影されたホロスクリーンには、車両に搭載された装置の挙動を解析するためのデータが表示されたままになっていて、いくつかのテストが未完了であることが示されていた。
次世代の迷彩技術に関する試験だけでなく、シールド層が改良された複合装甲の実験結果、次世代核融合技術に関する記述も確認できたので、カグヤに頼んでデータをダウンロードしてもらう。施設内のほぼすべての記録が消去されているなか、評価段階の貴重なデータが残されていた理由は分からなかった。
異星の技術によって再現された装置や、未知の兵器を搭載した新型戦闘車両があるかもしれない。期待に胸を膨らませながら車両を見て回ったが、それらしき装置や兵器は見つけられなかった。人類の技術者によって再設計され既存の技術に組み込まれているため、外見だけではその痕跡を見つけることができなかったのかもしれない。
格納庫につづく隔壁のパネルに手を伸ばし、〈接触接続〉で開放しようとしていると、すぐ背後から女性の声が聞こえた。動きを止めて振り返ると、損傷した足を引き摺るようにして歩いてくるペパーミントの〈コムラサキ〉が見えた。
彼女の目は輝き、興奮した表情が浮かんでいる。彼女は技術者でもあるため、未知のテクノロジーに対する探究心が抑えられなかったのかもしれない。
「どうしてここに?」
不安と疑問が入り混じった声が口をついて出た。こんな危険な場所に、わずか数体の
けれどペパーミントは綺麗な顔で微笑んでみせた。まるで、私の懸念など意に介していないような、どこか能天気で自信に満ちた表情だ。普段の冷静沈着な彼女には見られない態度だ。
「映像だけじゃ物足りなかったの」
彼女の手にはデータパッドが握られていて、カグヤの偵察ドローンからリアルタイムで映像やデータを受信していることが分かる。けれどそれでも満足できなかったのだろう。未知の技術、とくに異星のものとなれば、彼女の好奇心は抑えきれないほど膨れ上がっていた。
「無事だったのが奇跡だよ」
少し苛立った口調になったが、彼女は肩をすくめて気にも留めない。
「大丈夫。護衛のラプトルがいれば、そう簡単にやられたりしない。それに、レイと一緒にいたほうが安心でしょ?」
どこか媚びたような口調で言うが、その目はすでに次の興味の対象に向けられていた。彼女にとって義体が破壊されることよりも、これから目にする未知の技術こそ優先すべき重要なことだったのかもしれない。
「やれやれ」
思わずため息をついてしまう。事前に連絡してくれても良かったのに――そう思うが、もう過ぎたことだ。彼女を叱ったところで何も変わらない。それに、ここまで来てしまった以上、共に行動するしかない。
義体とはいえ、危機感のないペパーミントに注意を促したあと、再び隔壁のコンソールパネルに向き直る。しばらくすると鋼鉄製の隔壁が開放され、複雑な展開機構で開いていく。その隔壁の向こうでは、リアクターに関する情報や未知の技術に触れられるチャンスがあるかもしれないが、同時にさらなる危険も潜んでいるかもしれない。
カグヤにドローンでの偵察を頼むと、予期せぬ襲撃にも対応できる場所まで移動し、入手していた複数の端末を確認することにした。
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