第852話 記事〈データパッド〉


 テンタシオンが〈荷電粒子砲〉で変異体を消滅させたあと、私は室内を見回し、まだ調べていなかった情報端末を拾い集めていく。室内はひどく荒らされていて、人擬きが暴れたと思われる痕跡も残されていた。床には端末が幾つも転がっていて、そのほとんどは外部からの衝撃で歪んで壊れてしまっていた。


 原形を保っていた端末を手に取りひとつひとつ確認していくが、そもそも電源すら入らない状態だった。何度か起動を試みるも、結局ほとんどの端末は反応せず、ただのガラクタと化していた。けれど運命は我々に味方してくれていたようだ。作業台に置かれていた複数のデータパッドが、まだ使える状態だと分かったのだ。


 データパッドを手に取り状態を確かめていく。ホロスクリーン投影型の画面は破損していたが、〈接触接続〉によって内部データにアクセスすることができた。カグヤに手伝ってもらいながら、思考だけでデータパッドを操作し記憶領域に侵入する。そこで見つけたファイルは予想以上に興味深いものだった。


 浮遊島〈デジマ〉が混乱におちいっている最中に書かれた記事なのだろう。展開されたファイルには、未知のウィルスに感染した人々が次々と人擬きに変異していく様子が記されていて、その描写は恐ろしくもあり、どこか見慣れた光景でもあった。さらに読み進めると、宇宙港のコンテナターミナルで起きた大規模な事故に関する記事が確認できた。


 事故の詳細は曖昧だったが、そこで何が重大な事件が起きていることを示唆する断片的な情報が記されていた。未知のウィルスや変異体の出現、それに宇宙港での事故――これらの要素は一見無関係に思えるが、目に見えない糸によってつながっている可能性があった。その糸を辿たどることができれば、〈デジマ〉で何が起きたのか分かるかもしれない。


「カグヤ、いくつかの記事を見せてくれ」



 宇宙港での自爆テロ――反異星主義団体の若者が実行か?

>記録時期――Sep.23, ■■3■/標準日時


〈現地特派員レポート〉

 先日、浮遊島で起きた四度目の大規模テロ事件の全貌が明らかになった。事件は宇宙港を含むコンテナターミナルを狙った自爆テロであり、犯人は反異星主義団体に所属する十七歳の学生、〈■■■〉であることが判明した。


 調査によると、〈■〉容疑者は違法に改造された〈ナノファブリケーター〉を使用して爆弾を製造していた。製造過程は、〈デジマ〉の監視システムを掻い潜る高度なもので、彼が如何にしてその技術を習得したのかは依然として謎に包まれている。(容疑者の背後に〈統治局〉の関与が示唆されているが、陰謀論の域を出ない)


 綿密に犯行の準備が行われ、容疑者はターミナル内に従業員として潜伏していたセクトの構成員の手引きによって着陸ターミナルや輸送コンテナに複数の爆弾を設置、その後、自らも爆弾を所持し、現場で自爆したとみられている。(監視カメラの映像を入手することはできなかった)


〈爆発の規模と被害〉

 浮遊島〈デジマ〉で発生した今回のテロは、過去に例を見ないほど大規模なものであった。爆発はターミナル内で連鎖的に発生し、その結果、付近の地上構造物だけでなく、地下施設にも甚大な被害が及んだ。


 市街地においても、いくつかの建物が倒壊し、その衝撃波は広範囲に渡って感じられた。現場付近にいた目撃者の証言によれば、市街地でさえ、爆発の轟音とともに地面が揺れ、まるで地震のようだったと語っている。


 犠牲者は浮遊島の視察に訪れていた軍関係者や、研究施設で働く研究員の家族を含めて推定2,300人に上り、その中には三歳と五歳の子供も含まれていた。また、さらに900人が負傷しており、多くは重傷を負っているものとみられる。死傷者の正確な数は不明だが、今後も増加が予想されている。(非人間知性体(異星人)の死傷者は公表されていない!)


〈広がる精神的被害と汚染〉

 さらに、爆発によって広範囲に拡散した汚染物質が深刻な問題となっている。浮遊島内の環境センサーは異常値を記録しており、とくに重金属や有害ガスの濃度が基準値を大幅に上回っていることが確認された。これにより、市街地全域で避難命令が発令され、多くの住民が一時的に本土に避難を余儀なくされた。


 現在、除染作業が急ピッチで進められているが、作業は難航している。専門家は、この作業には数か月から数年を要する可能性があると指摘しており、その間に健康被害が広がる懸念が強まっている。(企業の圧力だろうか、異星の除染技術はどうして使われない?)


〈背景と今後の見通し〉

 今回の連続爆破テロが発生した背景には、浮遊島における異星技術の利用とそれに伴う反発があると見られている。反異星主義団体は、異星技術が地球人類の文化や経済に与える影響に対する強い不信感を抱いており、その反社会的な思想が若者たちを過激な行動に駆り立てているのかもしれない。


 浮遊島当局は、事件の再発防止と犯行グループの徹底的な摘発を表明しているが、今回の事件がもたらした衝撃と影響は、今後も長く島内に暗い影を落とすことになるだろう。



 反異星主義団体〈人類解放党〉が犯行声明――〈デジマ〉を襲った恐怖と怒り!

>記録時期――Sep.28, ■■3■/標準日時


〈現地特派員レポート〉

 先週、宇宙港のコンテナターミナルで発生した自爆テロの背後にいた反異星主義団体〈人類解放党〉が、ついに犯行声明を発表した。この声明は、浮遊島を含む全域に送信され、同時に島内の主要メディアで報道された。


 声明文には、彼らが〝人類の純潔〟を守るため、異星技術の導入や非人間知性体(異星人)との協力関係に断固反対するという主張が記されていた。しかしその思想は極端であり、彼らが掲げる「人類解放」とは名ばかりのもので、実際には異星人や異なる思想を持つ者を排除するための暴力行為を正当化する未熟な思想に他ならない。


〈ウルシバラ長官の涙の声明〉

 この残忍なテロに対し、新たに任命された〈デジマ〉の安全保障長官キリル・ウルシバラ氏は、記者会見でショックと怒りを隠すことなく、涙を流しながら次のように述べた。


「家族を失い辛い思いをしている人々がいる。しかし私たちは負けません。この卑劣な行為には、彼らが理念として掲げる自由や人類の安寧といったものは一切なく、ただ意見の異なる人々を虐殺し、排除するという思惑しか存在しない。このような蛮行は許されるべきではなく、私たちは全力でテロに立ち向かうつもりだ」


〈合同調査と救助活動の進行〉

 現在、異星人と人類の合同調査グループが結成され、事件の被害状況の確認が進められている。調査は混迷を極め、爆発による汚染物質の拡散や異常なレベルの有害物質が検出されたため、治安維持部隊と合同での被害者救出と隔離作業が慎重に行われている。


 しかし、この過酷な環境の中での活動には限界があり、被害者数は増加の一途をたどっている。また、浮遊島からの避難活動も開始されているが、交通インフラの損壊と汚染により、多くの住民が避難を希望しているにもかかわらず、避難活動は遅れている。


〈統治局の沈黙と企業圧力〉

 この悲劇的な事件に対して、統治局は〈人類解放党〉に関する調査要請を受けているが、慎重な態度を取り続けている。統治局の対応の遅れについては、爆弾製造に使用された〈ナノファブリケーター〉の製造に関与する複数の多国籍企業、とくに〈葦火建設〉や〈エデン〉などの巨大企業メガコーポからの圧力があるとの憶測が流れている。


 これらの企業は犯行組織との関連性を否定しているが、利益を守るために情報の隠蔽を図っている可能性が指摘されている。しかし、このような隠蔽工作が行われているとすれば、それは浮遊島の市民に対する裏切り行為であり、さらなる社会的な混乱を招くことになる恐れがある。



 短い警告音が聞こえると、拡張現実で投影していた記事を消し、すぐに地図を確認する。どうやら変異体が接近してきているようだ。まだ調べていなかった複数の端末を回収すると、廊下で待機していたテンタシオンと合流し、すぐ近くにある別の実験室に向かうことにした。

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