第849話 侵食〈義体〉
四方から迫り来る〈エスカ〉に対して
『このままだと逃げ場がなくなる!』ペパーミントの声が緊張の色を帯びる。
レーザーガンの鋭い発射音が響き渡るが、迫り来る脅威を殲滅させるには火力が足りない。それに加え、足元からは
断続的に射撃が続けられるなか、カグヤの偵察ドローンが機械人形を伴って包囲を突破しようとする。状況を打開するため、植物に埋もれるようにして機能停止していた〈セキュリティタレット〉を見つけ、起動させるつもりなのだろう。彼女のドローンと機械人形は次々と撃ち込まれる種子を回避しながら暗闇の向こうに消えていく。
その場に残された我々は、迫り来る〈エスカ〉の群れを押し返すのに必死だった。敵は人型の〈エスカ〉だけでなく、音もなく忍び寄る蔓や種子を発射する植物を巧みに操りながら攻撃してきていた。もはや個々の植物ではなく、格納庫を占拠していた植物全体との戦闘に突入していた。
鞭のようにしなる蔓は素早く、機械人形の装甲すらも破壊する力で締め上げようとするため、ソレに掴まってしまう前に対処する必要があった。ハンドガンだけでなく、〈ショルダーキャノン〉も使い〈貫通弾〉を撃ち込んで対処していくが、やはり処理が追いつかない。次々と姿を見せる〈エスカ〉は我々を捕らえるため、じわじわと包囲網を狭めてくる。
すると、どこからともなく合成音声による警告音が聞こえてくる、カグヤが警備システムを起動したのだろう。植物に埋もれていたすべてのタレットが起動するまでには、まだそれなりの時間が必要だったが、すでに数基のタレットが起動に成功しているようだった。
暗闇のなか、植物の根に覆われていた機械の
冷たい金属の外装が青紫の光を反射し、その輪郭が暗闇の中に浮かび上がる。天井や壁から新たな砲塔がせり出すたびに、モーター音の低い唸りが不気味に響く。それはゆっくりと砲塔を回転させると、標的の索敵を開始する。
そしてカグヤによってタグ付けされていた標的を発見すると、容赦のない射撃を開始する。凄まじい射撃音が大気を震わせると、戦闘車両すらも破壊できるほどの火力で攻撃が行われ、侵略的外来生物でもある未知の植物を瞬く間に排除していく。
植物の茎が弾け、青紫に燃えていた花弁は爆散し、〈エスカ〉の奇怪な身体はズタズタに破壊されていく。砲塔は回転しながら精密な射撃を繰り返し、我々を包囲する植物を破壊していった。
その攻撃に植物も反応し、天井や壁から出現したタレットに向かって種子を発射するようになる。その攻撃は正確で、数百メートルほどの距離があるにも
カグヤはすぐさま種子を発射する植物を探し出し、次々とタグ付けしていく。タレットの砲塔は標的を追尾するかのように回転し、目標に向かって迅速に射撃を開始する。
激しい攻撃によって銃身が熱を帯び、赤熱しながら煙を吐き出すようになると、すぐに代りのタレットが展開して攻撃を継続する。そうして無機質な機械が唸り、雷鳴のような射撃音が空間を震わせるたびに、圧倒的な火力で脅威は次々と排除されていく。
タレットが遠方で唸り声を上げ、徹底的に脅威を排除していくなか我々は包囲を突破するため、目の前の脅威を優先的に排除していく。
あちこちで火災が発生し、黒煙が立ち昇っていくのが見えた。しかし天井に設置されていた巨大なファンブレードが高速回転している
セキュリティタレットの活躍もあり、ヒマワリ畑から何とか脱出することができたが、その過程でまた二体の機械人形を失ってしまった。一体は私を庇うようにして種子に貫かれ大破し、もう一体は蔓に捕らわれ暗闇に沈み込む深淵に引きずり込まれていった。
ヒマワリ畑から抜け出た瞬間、辺りを包み込む空気が少しだけ軽くなったように感じられた。しかし奇妙な植物は我々を執拗に追いかけていて、攻撃の手を緩めることはなかった。
植物の追跡を
テンタシオンはすぐさま機械人形に指示を出すと、障害になっている植物を排除していく。アームに組み込まれていた鋭利なブレードとレーザーガンを使い分けながら、壁に張り付いた蔓や根を切り裂いていく。その間、我々はその作業をただ眺めているわけにはいかなかった。
背後を振り返ると、我々を追跡していた〈エスカ〉の姿が見えた。下半身からは無数の根が伸びていて、腕を伸ばすようにして我々を捕えようとする。
ハンドガンを構えると、猛然と接近してくる脅威を確実に排除していく。〈エスカ〉の動きは明らかに鈍っていた。ヒマワリ畑を出たことでその動きが鈍化しているのだろう。しかしそれでも油断はできない。
機械人形たちが障害になっていた植物を排除すると、ペパーミントはコンソールパネルにケーブルを接続してシステムを立ち上げる。画面に数字の羅列が映し出されたかと思うと、つぎの瞬間にはエレベーターの扉が音もなく開く。つめたく暗い空間のなか、エレベーター内の青白い照明が周囲を照らし出す。
我々は迷うことなくエレベーターに駆け込む。扉が完全に閉じるまでのわずかな間、まるで時間が引き伸ばされるような感覚がして、思わず息を詰まらせる。
エレベーターの扉が閉じると同時に、ホッとして息をついたが、すぐにペパーミントの異変に気がつく。
彼女は苦しげな表情を浮かべながら、防護服の接合部を乱暴に引き剥がしていく。その動作は焦りに満ちていて、防護服に対する苛立ちが感じられるようだった。脇腹を押さえる彼女の指の隙間からは、人工血液だと思われる白い体液が流れ出ていた。
ペパーミントは息を詰めながら、腰のナイフを引き抜くと、自らの脇腹に深々と刺し込む。グシャリと人工皮膚と内臓が切り裂かれる音が聞こえ、閉ざされたエレベーター内の空気を重たくしていく。痛覚操作によって痛みは感じていないはずだったが、彼女の顔は苦痛に歪み、目の端が震えていた。
それでも彼女は一切の躊躇を見せなかった。ナイフの刃が体内を掻き分けるたびに、彼女の身体が微かに震える。そのナイフをさらに奥深くまで押し込み、腹部に潜んでいた異物を探り当てた。
どうやら植物の種子が食い込んでいたようだ。パックリと開いた腹部からは、わずかに青紫色の蔓のようなものが脈打ちながら顔を覗かせていた。それはすでに発芽していて、〈コムラサキ〉の生体部品を栄養素にしながら体内で根を伸ばし始めていたのだ。
ペパーミントは息を荒げながら主根を掴み、力を込めて引き抜いていく。だが、それは簡単な作業ではなかった。根は人工筋肉や繊細な神経繊維に絡みつき、体内に寄生するようにしっかりと固定されていた。
それが引き抜かれていくたびに、根が彼女の体内で微かな破裂音を立てる。痛みを感じているのなら、身体の内側から引き裂かれるような激痛に襲われていたのだろう。根が人工臓器を損傷させ、体液が溢れ出していく。ペパーミントは声を上げず、ただ黙々とその作業を続ける。
主根の除去が終わると、彼女の表情が和らぐのが見えたが、戦いはまだ終わっていなかった。体内に残された根が完全に取り除かれるまで、彼女はナイフを振るい続けた。
おそらく蔓に絡まれたときには、もう彼女の防護服はダメになっていたのだろう。義体は完全に汚染されてしまっていた。人工皮膚の表面は腐っていて、皮下装甲は腐食したように光沢が失われていた。植物の侵蝕は驚くほど速く、戦闘の最中、彼女の義体は徐々に蝕まれていて、それを防ぐ術は存在しなかった。
体内の植物を完全に取り除くことができたとしても、義体は長く持たない。彼女もそのことを理解しているのだろう。ペパーミントの表情には悔しさがにじみ出ていた。
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