第846話 換気装置〈修理〉


 巨大なファンブレードに絡みついた厄介な植物の根を手早く取り除くため、〈兵站局〉のコンテナから入手していた光線銃レーザーガンを使うことにした。形状こそハンドガンに似ていたが、白色の外装に先進的で無駄のないデザインは、火器と言うより一種の工具を思わせた。


 そのレーザーガンのトリガーを引くと、ファンブレードに絡みついていた植物に向かって赤い閃光が照射される。熱線が直撃した箇所は、瞬く間に蒸気を上げながら切断されていく。すると、まるで苦痛を感じているかのように、植物の根がのた打ち回るのが見えた。だが躊躇ためらうことなく熱線を照射し続け、しつこく絡みつく根を次々と焼き切っていく。


 植物が焼き焦げる臭いは感じられないが、〈ハガネ〉の防護服に備わるセンサーは、大気に充満する成分の微妙な変化を検知し、警告表示で危険性を知らせてくれた。


 一方、ペパーミントは植物に邪魔されることなく装置の修理を進めていた。シャフト内に設けられたメンテナンス用の制御装置は、長年の汚染によって主要部品が劣化していたが、彼女は〈ナノファブリケーター〉を駆使しながら新しい部品を作成し、次々と故障していたモノと交換し修理作業を順調に進めていた。


 自律型の支援ユニットも活用していたので、手の届かない狭い場所の修理や溶接作業が必要なときにも、手を止めることなく、指示を与えながら作業を進めることができた。その支援ユニットは蜘蛛にも似た多脚の小さな機械で、六本の脚を器用に使いながら回路基板やケーブルの隙間に入り込みながら作業していた。


 制御装置の修理が完了すると、彼女はファンモーターにつながる回転機構の修理に取り掛かる。機械人形に協力してもらいながら大きな外装を外し、故障していた部品を新しいモノと交換し、それが完璧に噛み合うように調整していく。


 すべての作業が完了すると、ブレードの回転に巻き込まれないように我々は安全な場所まで移動する。


『再起動するね』

 ペパーミントが手元の情報端末を操作して制御装置の再起動シーケンスを実行すると、ファンブレードがわずかに震え、ゆっくりと回転していくのが見えた。それは徐々に速度を上げ、ついに安定した回転を取り戻していく。


 ファンの動きが速くなるにつれ、シャフト内に充満していた煙と汚染物質を含んだ毒ガスがシャフトの奥へと吸い込まれていくのが見えた。換気シャフトの先に備えられた高度なスクラバー装置が、汚染物質を徹底的に処理する。そこでは吸着、水洗浄、薬液中和といった複雑なプロセスを経て、浄化され無害化した空気を地上に送り出していく。


 特殊な吸着剤を備えたフィルターも備えているため、施設内に循環する空気が汚染されることはない。この一連の作業によって、危険な胞子が拡散するのを防ぐことができた。本来、換気装置には備わっていなかった高度な除染機能も確認できた。


 おそらく旧文明の技術者たちが追加していた機能なのだろう。そしてそれらの作業がなければ、これほど安易に未知の汚染物質に対処できなかったのかもしれない。結局、治安部隊は任務を遂行することができなかったが、植物に対処するために技術者たちが手を尽くしてくれていたことが分かった。


 ファンブレードの回転音が耳障りになるころには、シャフト内の環境も安定していた。その場にいた全員がひとまず安堵の息をついた。けれど地下通路全体を換気するには、他の装置も修理する必要があった。


 地図で修理が必要な換気装置の位置を確認したあと、我々は植物に侵食された通路に戻る。すると目の前の光景に微かな違和感を覚える。先ほどまで通路に漂っていた蒸気や毒ガスが少し薄くなったような気がしたのだ。


 視界が広がり、壁や構造物の輪郭がハッキリと見えるようになっていた。だが、これも希望的観測できしないのかもしれない――すぐに〈ハガネ〉に備わるセンサーで周辺一帯の環境情報を確認する。


 しかしセンサーが取得していたデータは、ほとんど変化がないことを示していた。ガス濃度の数値は極わずかに下がってはいたものの、視界が改善された理由としては不十分だった。やはり換気装置をひとつ修理しただけでは、汚染状況に劇的な変化をもたらすことはできないのだろう。


「先を急ごう」

 気を引き締め直すと、別の換気装置が確認できた場所に向かう。拡張現実によって表示された矢印が進行方向を指し示していたが、人の背丈よりも高い植物が繁茂しているため移動も楽ではない。それでも矢印に従いながら、我々は慎重に歩を進めた。


 地面をう根や、天井から垂れ下がる蔓の息遣いが、防護服越しにも伝わってくるようだった。もちろん、それも錯覚でしかないのかもしれないが、ますます不気味さを増していくようでもあった。


 足元に注意して歩いていると、滑りやすくなっている箇所があることに気づいた。粘液にまみれた植物の根が絡み合い、踏み込めばすぐに足を取られてしまいそうだった。


 先に進むたび、植物の密度は増していく。道を遮るように絡み合う根があれば、容赦なく焼き切って進む。この辺りはまだ汚染が酷くないとはいえ、油断は禁物だった。ここでは、得体の知れない植物が何を仕掛けてくるか分からない。


 それはどこか、〈混沌の領域〉を旅しているときに感じた感覚にも似ていたのかもしれない。目に見えない圧力に苛まれ、幻覚めいた恐怖に絶えず精神を蝕まれていく。


 やがて換気シャフトの入り口が見えてくるが、金網はじれた蔓に覆われていた。その蔓は――非常に奇怪なことだったが――まるで意思を持っているかのように、侵入者である我々に襲い掛かる。


 だが幸いにも脅威度は低い。これまでの経験から、この蔓は防御本能を持たないことが分かっていたので、安全な場所からレーザーガンを使い簡単に切断することができた。熱線が放たれるたびに、煙が立ち蔓が焼き切られ地面に落ちていく。


 けれどシャフト内はさらに厄介な場所になっていた。より密度の高い植物が生い茂っていて、太い根や蔓が大型のファンブレードに絡みついている。それらを完全に取り除く作業は容易ではなく、ブレードだけでなく回転機構の中に入り込んだ植物まで見逃さないようにしなければならなかった。作業は思った以上に時間がかかり、疲労が蓄積していく。


 故障していた換気装置の半数を修理し終わるころには、ようやく通路の環境が改善されたことを実感できるようになる。センサーの数値もそれが正しいと示していて、大気中の汚染物質が減少したことが分かる。だが、まだ作業は完了していない。残りの装置を修理しなければ、地下通路の汚染を完全に抑えることはできない。


 換気装置を修理しながら着々と目的地に近づくと、これまでとは異なる光景を目にすることになる。そこでは、ただの蔓や根だけではなく、より危険な植物が生息していた。地面に転がる大きな種子が突然割れて高温の蒸気が噴出したかと思うと、別の植物が種を高速で撃ち出してくる。それは機械人形ラプトルたちの装甲を凹ませるほどの衝撃力を持っていた。


 進むたびに障害が増え、道が狭まっていく。焦りを感じるが、慎重さを失うわけにはいかない。次に何が襲ってくるか分からない状況で、我々は周囲を警戒しながら進んでいく。


 最後の換気装置があるシャフトの入り口にたどり着いたときには、我々は精神的にも疲労していた。だが、ここでの油断は許されない。緊張の糸を張り詰めていく。


 シャフト内に足を踏み入れると、通路とは比較にならないほど危険な植物で満ちていた。まるで我々を待ち構えていたかのように、あちこちから触手のような蔓が伸びて、種子を飛ばす植物が容赦なく攻撃してくる。停止していたファンブレードには、すでにいくつもの植物の根が絡みついていて、その周囲にも種を飛ばす植物が繁茂していた。


 これまでの経験から、これらの植物が如何に精密な射撃がしてくるのかを知っていたので、迂闊に動けなかった。案の定、故障していた換気装置に近づこうとするたび、植物が反応し猛然と攻撃してくる。射出された鋭い種は機械人形の装甲に直撃し、悲鳴にも似た鋭い音を立てる。


 それでも何とか植物に対処していると、どこからともなく伸びてきた太い蔓が一体の機械人形を捕らえるのが見えた。その蔓は驚異的な力で機体を絞り上げ、装甲の軋む音が響いたかと思うと、あっという間に潰されてしまう。


 その惨状に息を呑む間もなく、別の蔓が足元から忍び寄り、さらに天井からも新たな蔓が近づいてきていることに気がつく。まるで思考するように、植物は我々の隙を狙って攻撃を仕掛けてきた。


 しかし攻撃を予測していたペパーミントは、あらかじめ〈ナノファブリケーター〉を使い鋼鉄製の柵を作り出していた。我々の周囲に形成されていた無数の柵が障壁になり、蔓の攻撃を防いでくれるようになる。彼女の機転と、製造装置の可能性に胸が高鳴るが、今は植物の駆除に専念する。


 テンタシオンたちも障壁を上手く利用しながら植物を切断していく。次々に燃え上がる植物の所為で煙が充満し、視界が悪くなるが、ようやく換気装置が見えてくる。


 またしても機械人形を失ってしまったが、これで最後の制御装置の修理が可能になった。我々はすぐに装置の修理に取り掛かる。汚染された空間のなか、状況はまだまだ厳しかったが、目的の場所まであと一歩というところまで来ていた。

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