第844話 造形〈ナノファブリケーター〉
隔壁で通行止めになっていた通路から回収されてきたコンテナボックスが並べられていくと、ペパーミントたちと手分けして中身を調べることにした。〈兵站局〉と刻印された金属製のコンテナは、ひとつひとつが厳重に密閉されていて、システムの許可がなければ開かないようになっていた。
サバイバルキットや防護服、それに簡易的なレーザー兵器が取り出されていく。すでに防護服は入手していたが、〈廃墟の街〉の至るところに汚染された地区があるので、高性能な防護服はいくらあっても困ることはないだろう。すべて回収することにした。〈インシの民〉の腕輪があるので、余計な荷物になることもないだろう。
レーザー兵器は小型で軽量な〈光線銃〉だったが、治安部隊のための装備ということもあり、高出力のレーザーを発射できるようになっていた。霧が立ち込めていたコンテナターミナルと異なり、地下では環境の影響を受けないので役に立つだろう。しかしそれだけの火力では、この先の困難を乗り越えるには不十分だった。
テンタシオンが運んできたコンテナには、白銀のインゴットが重なるように詰め込まれていた。見慣れた旧文明の鋼材は傷ひとつなく、照明を受けて輝いていた。手に取ってみると、ズッシリとした重量感と冷たさが手のひらに伝わる。
「どうして旧文明の鋼材が?」
ペパーミントは小声でつぶやきながら鋼材を手に取る。異常に純度が高く、我々が拠点で精錬しているモノよりも高度な技術で製造されていることが分かる。
そのインゴットの下には、小さな〈クリスタル・チップ〉が同梱されていた。透明度の高い水色のチップを手に取ると、光を反射して表面に細かい回路が刻まれているのが見えた。ペパーミントに手渡すと、彼女はソレを端末のチップソケットに挿し込んで内容を確認する。そこには換気装置に関するファイルがいくつか記録されているようだった。
「これは憶測でしかないけど――」彼女は白骨死体に視線を向けながら言う。「治安部隊の目的は、隔壁の向こう側で繁殖していた植物に対処することだったんだと思う」
「この鋼材を使って、故障した換気装置を修理しようとしていた?」
そう言ってインゴットを手に取ると、ペパーミントはコクリとうなずく。
「これを見て」
彼女の端末から換気装置の一部が立体的に投影されるのが見えた。細部まで設計図を再現していて、どの部品がどのように動作するのかが一目で理解できるようになっていた。立体的に投影されていた装置は青色のワイヤーフレームで描かれていたが、いくつかの箇所は赤色で表示されていた。おそらく、それが故障している箇所なのだろう。
ペパーミントの考えは間違っていないのだろう。その証拠に、換気装置の修理に必要な工具と自律型の支援ユニットが入ったコンテナも見つけることができた。けれど交換部品が入ったコンテナだけは見つけられなかった。地下通路は複雑に入り組んでいるので、我々が見つけていないコンテナボックスが何処かにあるのかもしれない。
『ねぇ、レイ』と、カグヤの声が内耳に聞こえる。
『〈ナノファブリケーター〉を使えば、必要な部品を製造できるんじゃない?』
たしかに展示フロアで見つけていた〈ナノファブリケーター〉があれば、3Dプリンターのように、あらゆるモノを思いのままに造形できるだろう。
さっそく旧文明の驚異的な装置を使い、必要な部品を作ることにした。〈ナノファブリケーター〉は、おそらく〈異星生物〉によって人類にもたらされたオーバーテクノロジーのひとつで、物質を原子レベルから再構築することのできる装置だった。ありとあらゆる素材を瞬時に生み出せるという点で、まさに奇跡の技術と呼ぶにふさわしい代物だった。
ハンドガンにも似た形状の小型製造装置をペパーミントに手渡す。装置は黒くマットな質感の外装に覆われていて、人間の手でも扱えるように設計されていた。人間工学に基づいたデザインなのは、製造のさいに人の手が加わっているからなのかもしれない。いずれにせよ、その装置は洗練されていて、誰でも簡単に操作できるようになっていた。
ペパーミントは手元の装置を一通り調べたあと、まるで弾倉を装填するかのように、グリップ内にカートリッジ型の素材をセットした。
「これで準備できたと思う」
彼女はそう言うと、モールベルトに挿していた端末からケーブルを引き出して、製造装置に接続する。ケーブルの端子は
彼女の操作で装置が起動すると、装置の上部に――ハンドガンで例えれば、銃身の上部に設置されていた金属板からホログラムでインターフェースが投影される。
すでに〈クリスタル・チップ〉から必要なデータをダウンロードしていたのだろう、ペパーミントは、その透明なガラス板にも見えるインターフェースを思考だけで操作して換気装置の項目を選択する。
直後、立体的なワイヤーフレームで再現された部品が次々と浮かび上がるのが見えた。複雑な機構を持つ部品が精密に描写され、作成する前に異常がないか確認できるようになっていた。
適当な部品を選択すると、〈ナノファブリケーター〉が微かに振動し、ハンドガンに似たその装置の銃口部分から青白い光が照射される。その光はゆっくりと扇状に広がっていき、微細な光の粒子によって部品の形を描いていく。
光の粒子が緻密に積み重なり、目に見えない職人の手によって精巧に組み立てられているかのように部品が形成されていく。ソレは細部に至るまで丁寧に作られていて、目に見えるほどの速度で変化し、次第に立体的な形状を形成していった。最初はただの輪郭に過ぎなかったものが、徐々に複雑な部品に変化していく様子は、まさに魔法のようだった。
光が照射され続ける中で形成されていく部品の表面には、金属特有の硬質な輝きが見られるようになり、設計図通りの素材で作られていることが分かる。部品が造形されるまでの時間も驚くほど速く、見る見るうちに複雑な機構が形成されていく。そして造形終了を知らせる短い電子音が聞こえる。
ペパーミントは〈ナノファブリケーター〉が作り出した部品を慎重に手に取った。完成したばかりの部品からは、微かな熱を感じるという。彼女は部品の細部をじっくりと確認し、表面に刻まれた細かいラインや接合部に問題がないか確かめていく。異常は見つけられず、まるで工場から出荷されたばかりの品質だった。
「完璧ね」
彼女は満足げに微笑んだ。それは、新たな技術がもたらす無限の可能性に対しての喜びだったのかもしれない。
換気装置の修理が可能だと分かると、地図を開いて、修理が必要な換気装置の位置を確認していく。地下施設は複雑に入り組んでいて、その多くが未知の植物に侵食されていて、まるで体内に無数の毒針を持つ生物の中にいるようだった。移動経路は限られ、危険な区画を避けて進むのも困難だった。
『ここが難所だね』
カグヤの操作で拡大表示された狭い通路は、あの植物によって完全に塞がれていて、避けて通ることはできなかった。得体の知れないガスを放出している花や、触手のように
「でも、ほかに道はなさそう」
ペパーミントは何でもないかのように言ったが、その声に微かな緊張感が含まれていることが分かった。たとえ義体だったとしても、食虫植物に捕えられた昆虫のように、容赦なく殺されることを恐れているのかもしれない。
もう一度、換気装置の位置を確認しながら移動経路を設定していく。展示フロアで遭遇した変異体が潜んでいる可能性もあるので、絶対に安全な場所なんて存在しないのかもしれないが、隔壁を開放したら後戻りはできないので、あらゆる状況を想定しながら移動経路を決めていく。
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